ラッシュ、覚醒する その3
「まずは!」
「その薄汚くボサボサでガチガチの毛と!」
「悪臭を放つ身体を!」
「徹底的に!」
「洗浄します」
「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
腰にタオル一枚だけ巻かれた状態にされた俺は大浴場へと連行され、例のルッツェルのジジイの侍女とかいう女たちに身体を洗われ……いや、これはもう拷問に近いものだった。
いきなり床にへばりつかされた直後に熱いお湯をブッかけられ、何やらセッケンとかいうやたらと泡の出る苦い味のする石を全身にこすりつけられて……
ああ、もうこりゃ拷問だ。つーか生きてて今まで拷問なんてされたことないけど。敵に捕まったところでそいつ殴り殺して速攻で逃げた思い出しかない。けどいまここにいる女どもを殴り殺すわけにはいかないし。いやこれは仕事だ! 耐えろ俺! いや無理!
……でも、俺はただスーレイの奥にいるあいつに会うだけなのに、なんで女にされなきゃいけねーんだ?
「全ッ然汚れが落ちませんね、こうなったら再度!」
こいつらの話を聞いてると、俺の身体はセッケンが泡立たないほど汚れてしまってる……らしい。毛がもふもふのふわふわになるまで洗い続けないと、って。
ってことで、拷問侍女の一人が長い柄の先にブラシがついた掃除用具を持ってきて……ってこれ、床を磨くヤツじゃねえか!? 俺は酒場の床か? 城の石畳か?
「うごわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
力まかせにガシガシと擦られる。気持ちいいけどめちゃくちゃ痛ぇ!!
耳の後ろとか足の裏を思いっきり擦られた時には思わず変な声が出そうになった。ヤバい、意識が……
そういえばチビはどうしたんだろう? とかろうじて目だけ動かして確認すると……
いた。しかも侍女の一人と子供用の小さな浴槽で水遊びして楽しんでるし。ああ……うらやましい。
何回ブラシでこねくり回されたかわからないが、ようやく大浴場から解放された俺は、もう立ち上がる気力すら残されていなかった。
乾かされた自分の身体を見てみると、なんかタンポポの綿毛のように自分の毛がふわふわとしているのが手に取るように分かった。
セッケンという奴のおかげなのかどうかは知らねえが、風にふわりと漂う花の香り。香水みたいなキツいヤツじゃない、すっと心が落ち着いてくるみたいだ。
「次は!」
「女性用の服を!」
「着てもらいます!」
地獄はまだまだ続くみたいだ。
袖や肩に無意味なヒラヒラが付いた真っ白なシャツに、小さなエプロン。さらにひざ下まで届くくらいの長い仕切りのないパンツ……これ、スカートって名前だっけ。
まるで騎士団のように一糸乱れぬかっちりとした動きで、鎧を装着するかの如く侍女連中は俺に服を着させてきた。
「ちょ、ちょっと待った。前に着ていた俺の服は?」
「あのボロ雑巾みたいな服ですか。あれは洗濯して繕ったらお返ししますので」
実にシンプルな答えが返ってきた。もはやボロ雑巾と言われても怒る気もしなかったし。
俺の身体のサイズに悪戦苦闘しながらもようやく服のセッティングは終了した。
しかしこのスカートってやつ……とにかく足元から風が吹き抜けてスースーする。率直に言えば気持ち悪い感覚だ。
「大丈夫です。しばらくしたらそれにも慣れますので」
眉一つ動かすこともなく侍女の一人は答えてきた。
聞くとこの女たち、小さい頃からここに連れてこられてジジイの食事やら服やらベッドの支度やら掃除やらを任されてきているんだそうだ。
「全ては旦那様からの命を受けてのことです。そこには種族や貴賤による分け隔ては一切ありませんので」
合間合間に彼女たちに質問してるんだが、そこかしこにちょっぴりと女の子らしい言葉も見え隠れしていた。
「そうです、歩く際はあまり大股にならずに、つま先から静かに足を下ろしてください」
「飲み込みが早いですよラッシュ様。私たちよりずっと女性らしい立ち居振る舞いになってきました!」
服の次は、女性らしい仕草と話し方のレッスンだ。
生贄に差し出されるタイムリミットは明日の朝まで。もう陽はとうに暮れていた。それでも彼女たちは休むことなく、熱心に俺に教え続けていて……なんかこっちの方が申し訳なく思えてきちゃったり。
そして化粧。
鼻面の傷跡は見ててヤバいとのことで、ものの見事に消されてしまった。
「ラッシュ様ってあまり見ない毛の色ですね」
「そ、そう……かなぁ? ふふっ」
なんかもう思考まで女性っぽくなった気がする。
最後に手足の爪を綺麗に削って整えて、耳には花飾りを付けて、と。
「はい、整いましたわラッシュ様!」
今に据えられた大きな鏡を見ると……
見ると……
「こ、これ俺……じゃない、わたし?」
そこには、俺とは全然違う姿の俺がいた。
「かわいいですね。もうずっとこの格好でいてくれてもいいくらいですよ!」
大成功だったのか、後ろでみんなきゃっきゃと喜んでるし。
しかしこのスカートってやつ、確かに戦いには不向きかも知れないが……
いやそうでもないな、動きやすくて割と良さげ……?
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