ナウヴェルとエッザール その2
大の大人なら数日間吐き続けていればそれなりに身体が慣れるだろう。なんていうのは作り話だ。迷信だ。
硬い馬車の床で泥のように眠り続けること一週間余り。全てをナウヴェルに委ねていた。
「ここまで乗り物に弱いやつは初めて見た気がする」と皮肉交じりに言われはしたが、内心一緒に旅ができて心強かったのであろう、ナウヴェルの深い皴の刻まれたその眼もとには、ほんの少し温和さが見えていた。
着いたぞ、と言葉少なに彼が足を下ろしたのその地は、自身の……エッザールの生まれ故郷にも似た、乾いた砂交じりの風が吹きつける街だった。
「あ、ここ……」エッザールがカラカラの喉から声を絞り出す。
「知ってるのか?」
「エズモールの街ですね。かつて私の祖先……マーディウス卿が旅陣の仲間とともに築き上げた……そう」
「職人たちの街」だそうです。とうなずくエッザールの目には、水の枯れた噴水の上に立つシャウズの戦士の像が映っていた。
……………………
………………
…………
「おお、あのマーディウス様のご子息さまでしたか。その緑色に輝く身体を見れば一目瞭然! さあさこちらへ」
この街全部が一つの職人のギルドを構成しているといっても過言ではない。住民ほぼ全員が何かしらを創り、あるいは師を仰いで修行に励んでいる者たちなのだから。
そしてこの街の代表者である人間も、以前は金細工の職人を経た者であった。
応接間で出された香気漂う茶が、エッザールの乾いた身体にみるみる染み込んでゆく。
「こんな何もない街に、いったいどういったご用事がおありで……?」
エッザールは隠すこともなく答えた。いや、それも全てはナウヴェルから言われたことをなぞっただけだが。
ー外にいるサイ族の男。彼の同胞を探して旅をしているーと。
「私も旅のさなかにあの男と知り合ったのですが、どうやら刀工を営んでいるとのことらしく……となるとエズモールの街でそれを聞いてみようと思った次第です」
なるほど……と、テーブルの向かいにいた男は、パイプ煙草の深い紫煙をふわりとくゆらせた。
その眉間には、悩みにも似た深い皴が寄っている。
「ラウリスタ殿……でしたか。確かに彼はここに居ました。しかし……」
「数日前にここを発った。大方そう言いたいのであろう。人間よ」
男の背後の窓がぎしりと軋みを上げる。
「奴は……ワグネル・ラウリスタはこの街のどこかに潜んでいる。しかし何らかの理由で外には出せぬ事情があるのではないか? それとも、もしくは……」
大きく身をかがめたナウヴェルが、彼の心を鋭く見据えたかのような言葉で制した。
手にしたパイプが小さく震えている。やはり何かを隠しているのではないか。と向かいにいたエッザールも感じ取っていた。
「正直にお話しください。なにか話せぬ事情が……!?」エッザールが立ち上がろうとした瞬間、首元に冷たい刃が押し当てられた。
「悪いなトカゲ族さんよ、それ以上は教えられねえんだ」
背後から伸びたその腕は、丸太のように太く、やや毛深い人間の肌だった。
「お、遅かったじゃないかゲイル。今までどこに行ってたんだ」顔中滴り落ちるほどの汗に濡れた男が、狼狽した声を彼に投げかけた。
だがそれに一切答えることもなく、ゲイルという名の人間はまたエッザールに告げた。
「俺も元獣人だ、あまり同胞に手荒なマネはしたくねえ。ここで遭ったことはすべて忘れるか、もしくは……」
「も、もと獣人!? それはいったい……」
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