母と娘

夜が明けるころ、俺たちは涼しい洞窟の中にいた。

「ジャノ、いいからこの二人に謝りな」

俺の目の前にいるのは、おそらく黒豹族の女。黒く短い毛並みに小さく丸い耳をしている。

だが身体の至る所に包帯を巻いてるし、顔にはスカーフを付けているしで、ちょっとこちらからは見づらい。

「だーってさぁおっ母。すっげ武器持ってるし強そうだし人間の子ども連れてるし、こいつらぜってー奴隷商人だって思うじゃ……って痛っ!」

さっき俺が殴り飛ばした女……ジャノっていうのか。

「い、いや……謝るのは俺の方だ。ついカッとなっちまって殴り飛ばしちまったんだし」

濡らした布切れで右の頬をずっと冷やしている。思いっきり殴ったからな。結構腫れているみたいだ。


しかしジャノって女……おっ母と呼んでるってことは、こいつもチビみたいに拾われたのかな。

「だからお前は見る目がないんだ。いいかい、私たち獣人はそんなことする連中はいない。それに子どもをずっと抱いてたんだろ。奴隷をそんな優しいことする奴なんているかい? きちんと見たものの状況を把握しろって何度も……」

「見る目がねーのはおっ母も一緒だろ……っていだぁ!」

何度も母親に叩かれまくり。ほんと口の減らない女だな」


「……こういう娘なもんでな。私の方から謝る」

黒豹の彼女が言うには、長女のジャノと、まだ部屋の奥で気絶している双子の女と。そろってここで盗賊まがいのことをしているそうだ。

「以前は私も加わってたんだけどね……まあ盗賊とはいっても、奴隷商人のキャラバンやヤバげな金持ち連中を襲ってちょっとだけ金をもらっていく。そんなこと続けてたうちに、目を病んでしまってね」

顔にかかっていた薄布を外すと……なるほどな。かなり瞳が白く濁っている。

「私の目が見えなくなるうちにいろいろ教えてやらなきゃと思ってるんだが、後ろの二人……マーノとニーナはともかく、長女は全然要領を得ないんだ」

でもな……と、彼女はゆっくりと立ち上がり、向かいにいた俺たちの方へと向かった。

ジール並みに細い脚だが、まだまだ足どりはしっかりとしている。

彼女の黒い鼻が、俺の顔から身体から、まるでなにか隠しているものがあるかのように、フンフンとと匂いを嗅ぎはじめた。

「うん……おびただしいくらいの血と泥の匂い。かなり長い間やってるね、傭兵かい?」

「ああ。ずっとリオネングでやってた。もっとも今は休戦とやらで商売あがったりだけどな」

「リオネングか……懐かしいな。私も一時期あそこで……いや、昔の話はやめておこう」

「おっ母も若い頃は傭兵やってたんだ。けど敵の焼き討ちに遭って身体の半分大火傷しちゃって……いだぁ!」

ジャノ、また叩かれてるし。

「あの……古い火傷は無理かも知れないけど、目の病ならある程度は診て分かるかもしれないよ」

隣にいたルースの言葉に、彼女の白い目が針のように細くなった。

「ありがとうねお連れさん。だけど私には今まで培った感覚もある。目が見えなくても普段の生活には困らないさ」

そうだな、別に不自由してないのならあえて相手のお節介になるようなこともしたくないし。

何よりも……やっぱり身体に大火傷をしたせいか、彼女はちょっと近寄りがたい……いや、あっちの方から近づかせたくない空気があるし。


乱闘に巻き込まれて気疲れしたのか、チビは彼女の腕に包まれて気持ちよさそうに寝ている。

やっぱり母親が恋しいのかな……なんて、ふと俺の力不足を感じてしまった。


「不思議だね。この子もなんか懐かしい匂いがするんだ」

「おっ母、兄貴のこと思い出したの?」

「いや、あいつの匂いじゃない。もっと昔の……かな」


ということはまだまだ拾った子どもがいるのか……しかしこの女、俺以上に大変そうな過去と家庭事情かも知れねえ。

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