兄と妹
元はといえば、俺が殴り飛ばしたこの女。ジャノの首根っこを掴んでここまで連れてこさせたのが始まりだった。
俺たちが休みをとろうと岩陰で焚き火をたいて……そんな矢先にチビがさらわれて。
「男でも連れてきたのか?」って洞窟の奥から彼女の声がした。それが出会いなんだ。
……………………
………………
…………
さて、チビはといえばまだ目を覚ます気配がない。それに昏倒したままの仲間も心配だしなと思って、俺は外の空気を吸いに朝日の差す方向へと足を進めた。
「俺もついてっていい?」と、後ろから軽やかな足取りでジャノの奴がついてきた。
つーかこいつ女だろ? なんで俺なんて物言いするんだか。
「ああ、昔は兄貴とおっ母と三人だけでここで暮らしてたんだ。兄貴強かったからさ、ついしゃべりが似てきちゃったみたいで」
「で、その兄貴ってえのはどうしたんだ?」
ジャノは熱さを増してきた太陽に向かって大きく伸びをした。
暗がりじゃあまり把握できなかったが、こいつ肌が浅黒いんだな。それにやつの母親に似たような真っ黒な髪。それに……
「なにジロジロみてんだ?」
金色に光る丸い瞳。人間にしては珍しいかも知れない。
例えるならば、そう……ジールか?
「すげえキラキラした目してるんだな」
なんか照れ臭そうな、けど迷惑そうな気難しい皺が、彼女の眉間に寄った。
「そうか……な? おっ母もきれいな目だっていつも言ってたけど、俺は好きじゃない。それにこの目はあんまり他の人に見せるんじゃないぞって」
「なんでだ?」
「人間には珍しい瞳なんだってさ。確かに妹と違って、俺だけ夜目が結構効くのはいいんだけどな……つっ」
あいつは突然自分の口の中に指を突っ込んで、なにやらゴソゴソと。直後ぷっと何かを吐き出した。
「くそっ……歯が取れた」
地面に落ちたそれは、紛れもなく人間の奥歯だった。
つまり……俺が殴ったからか?
「おめーが殴ったから取れたンだからな。責任取れよ」
「え……?」ちょっと待て。殴ったのは謝る。
だけど責任っていったい……俺も歯が折れるまで殴られろってことか!?
「いいか、目ェつぶってろ、歯ァ食いしばって覚悟しろよな!」
え、いや、ちょっと……いきなり殴られるのはその!?
……と、マジでヤベえと思い、目を固く閉じたその時だった。
俺の鼻先に、ほんのり暖かく柔らかいものが。
「うげ……おめーの鼻ってすっげーしょっぱいのな」
おいコラ待てよ! まさかお前……俺の鼻先に今、キスしたんじゃねーだろーな!?
「へへっ、まさか本気で殴ると思ってビビったんだろ?」
さっきとは裏腹の悪戯な笑いを浮かべて、ジャノは砂の上で笑い転げていた。
「ありがとな、この歯だけど……この前からすっげえ痛くなってさ。どうやって取ろうか悩んでたところなんだ」
「つまり……俺が殴ったから取れたってことか?」
そういうこと。とジャノは突然、細い身体で俺の腰にタックルを……いや、抱きついてきた。
「これで引き分けってこと。まあいいじゃんか、お礼に鼻にチューしてあげたんだからありがたく思え! けど……」
まるで羽虫のようにジタバタとはしゃぎまくる彼女の足が、止まった。
「おめーの身体って、なんでこんなにくっせーんだ? きちんと水浴びしてんのか? なんか何年も身体洗ってないような臭さ……って痛えええええ!」
悪い、また殴っちまって。
つーかうるせえから黙れ。
うん、こいつは男だ……男でいいんだ。
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