小さな村の大きな戦い その5
トガリの母ちゃんは、パンとシチューと交互に食べていた。
「そうよね。あなたの言う通り。パンだけじゃ、シチューだけじゃ全然味が足りないわ……けどこの二つが合わさるとすごく優しい味になるの。とっても不思議。懐かしくて、それでいて心の中が洗われるような」
「母さん! 騙されてはいかん! それはトガリたちの罠だ……ってムググ」
後ろで文句を垂らしているのが親父か。母ちゃんは笑顔で口にパンシチューを突っ込んだ。内心怒っているのだろうか。
「んぐ……ハッ!?」どういうことなんだ? あれほどまでに頑なな態度だったトガリの親父まで、トガリの料理を食った途端、突然がくっとひざから崩れ落ちた。
そのまま何も言わず、一心に、黙々とパンシチューを。
「……パンの香ばしさが全然生かされちゃいない。それにジャガイモまで煮込まれすぎて溶けちまって……相変わらず成長してねえじゃねえかドゥガーリ……」
「父さん……」
「だけど、だけどなんでこんなに胸の奥にまで染み渡るんだ。美味くもねえし不味くもねえ。けどこれはお前なんだ、お前たちなんだ……!」
駆け寄った二人は、そのままぎゅっとトガリの身体を抱きしめた。
「母さん、父さん……!」
「ありがとうドゥガーリ。そして私達の負けよ。どんな高級な料理だって、あなた達の心のこもったものの前では無力だってことをね」
三人のメガネから大粒の涙が滝のようにこぼれ落ちていた。それを見ていた俺もちょっと泣きそうに……ってそうじゃねえ!
「目を覚ませ! 騙されているのはお前たち二人の方だ! リオネングの者どもは我々アラハスを……!」
「イーグ、頼んだよ!」
「よっしゃあ!」イーグはまだまだ文句を垂れまくるクソモグラの口に、奴らが手にしていたパンシチューを詰め込んでいった。
なんなんだこれ、つまりはトガリの料理になにか仕込んでいたってことなのか?
「なるほどな。催眠を解く逆位のスパイスを使ったということか……あのモグラ、なかなか頭が切れるな」
足元でチビが……いや、声はそうだけど口調が違う。またネネルが乗り移ったのか!?
「ラッシュ、お主も勘づいておったろう。アラハスの連中は集団催眠にかかっていたことにな」
それはさっきトガリから聞いてはいたが……一体誰がなんのために?
「仕掛けた者はある程度察しはつく……つまりはここでお主らを足止めする気だったのであろう。しかし……」
「しかし……ってまだ何かあるのか?」
虚な目のチビは、一呼吸置いて大広間にいるたくさんのモグラ共に目をやった。
「あてがわれた料理はごく僅か。催眠を解くにはまだまだ足りなすぎるぞ」
そっか。トガリの親だけじゃなかったんだ……ここにいるクソモグラ共全員にトガリの料理を食わさせなきゃならない。
しかし流石にそれは……
その時ふと、違和感のある匂いが俺の鼻の奥をくすぐった。
さっきの料理の匂いとか、大広間の人いきれとはまた違う。草を燃したような……ってこれ、親方の部屋で頭痛くなるくらい嗅がされた記憶が!
お香だかなんだかよく分からねえけど、とにかく人間が好きな匂いだったっけか。
「ふう、どうやら間に合ったみたいだね」
その声に振り向くと、肩で大きく息をしているルースの姿が。おまえ今までどこに消えてたんだ!
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