チビのひらめき

目が覚めたとき、すでにジールとアスティは部屋にいなかった。

「ああ、トガリがお願いしてたんだ。別に手伝ってもらいたいことがあるんだって」そばにいたルースはあっさりそう返した。食材探しか、俺も別に気にも留めなかったが。


しかし、待ちくたびれたイーグとフィンが変わるがわる話しかけてきたものの「まだ」の一点張りだし……

かくれんぼしてるんじゃないんだし、いい加減ヤバくねえか?


「ずーっとあの調子。あと半日くらいだろ? 用意するにしたって時間がもう……」そばにいたフィンの顔にも徐々に苛立ちが見えてきた。

しかたねえ……な。

チビを抱いたまま、トガリの横にドカッと腰掛けた。

別に俺にだって策があるわけじゃない。とりあえずトガリの手助けにでもなれればな、と思って。

テーブルをのぞき込んだら……びっしりと文字が刻み込まれていた。

硬い石のテーブルに自分の爪で書いていたからか、トガリの人差し指の爪は半分くらいにまですり減っていた。

分かってるさ、今のあいつには何を言っても無駄だってことくらい。だから俺も話さずにいた。

トガリの大きな手がふと、チビの頭を優しく撫でつける。

「トガリなにかんがえてるの?」

「お祝いの料理だよ」

「おいわい……?」初めて聞く言葉か、チビも首を傾げていた。

「んーとそうだな、誰かの誕生日とかでパーっと騒ぐだろ、アレのことだ」

「たんじょうび?」

俺が言ったそばからしくじった。二人とも誕生日なんてやったことがなかったし。

それ見たことか、トガリまでププッと吹き出してたし。

いつもならここで殴って黙らせるとこだけど、またカウンター食らって俺の拳を破壊されたら最悪だし、我慢だ。

「お祝いってね、みんなで嬉しいことがあったときに、友だちとかみんなでそれを楽しむことだよ」

「みんなで?」

「うん、たとえば…………」と言ったままトガリの身体が固まっていた。いい例が見つからなかったなこりゃ。

「じゃあさ、あたいとフィンの結婚を想像して作るってのはどう?」テーブルの向かいでパチャが説いてきた。

「いや、それ……ちょっと恥ずかしくね?」

たまらずパチャの隣でフィンが口をはさんできた。めちゃくちゃ赤面してるしこいつ。

「じゃあ、えっ……と、僕とマティエの、その……」

今度はルースか。まあ確かにこいつもゆくゆくは結婚するんだしな。

「え、ルースさんもう結婚の日取り決められたのですか?」

まるで鋭い嗅覚でも持っているのかと思えるほどの飛びつき方で、今度はロレンタが特攻してきた。ルースはまだだよって必死になってるけど、あの女の食いつきっぷり……いつもの穏やかなシスターとは全然違う。


「ラッシュはどんな食事がいい?」

小さなテーブルでがやがやと討論会が始まった最中、トガリの落ち着き払った声が響いた。

「俺……か?」

唐突に言われて迷った。第一にお祝いなんて一度もされたことなかったと思うし、それに仕事で遠くに行く以外はほぼ毎日トガリがメシを作ってくれる。

そう、こいつの恩恵にずっとあやかっているんだ、俺は。いまさらどれがいいって言われたって、それは無理難題だ。


「おいしくないのじゃなきゃいい」

「「「はぃい?」」」


言ったのは俺じゃない、チビだった。その変な答えにつられて、全員変な声が出ちまったし。

美味しくないのって……それはなんか違うんじゃねえか。つまりは美味いのしかねーし。


「おいしく……ない料理?」

「うん、このまえイーグのつくってくれたパンみたいの」

「いやいや、あの時こしらえたやつは小麦の質が悪くて……」イーグが必死に弁解する。いやあれはしょうがねえだろ。ダジュレイの一件で土地が侵されているんだもんな。

「おいしくない……そうか、その手があったか!」

飛び上がるくらいに大きく立ち上がったトガリは、そのままダッシュで部屋の奥にある石造りの厨房へと向かっていった。

勝てるメニューを見つけたのか!?

トガリのやつ、チビの言葉からヒントを見つけたような……いや、そんなワケねーだろがオイ!


美味しくない。つまり不味い料理で勝負するのか?

トガリ……あいつ一体なに考えてんだ?

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