イーグの小さな野望
「おっ、目ぇ覚めたかトガリ」
気がつくと、そこは白に統一された小さな部屋だった。
柔らかな花の香りのするシーツに、テーブルに置かれた白磁の高級そうな水差し。
ああそうだ、ここは自分の家じゃない、リオネングの城の中だっけ、とトガリはようやく判断できた。
「まあしょうがねえよな、俺っちだって苗字もらう式の時にはずーっと下向きっぱなしで呼吸なんかできなかったし。立ったまま気絶するのも無理はないさ」
「気絶……してたんだ、僕」
干上がった喉に水を流し込む。
わずかな香気に一瞬驚くが、すくにそれはレモンだと分かった。
すると「左胸におっきな徽章付いてるだろ?」とイーグが自身の胸元を指した
生まれて初めて着たぴちぴちの上着の胸には、金色に輝くバッジが。
「それが大臣のしるしだ、無くすんじゃねえぞ」
言われてようやく思い出せた。確かあの時、シェルニ王子は自分になにか話してて、でもって緊張のあまり……
「王子くすくす笑ってたぞ、なんで僕が近寄るだけでみんな失神するんだ。ってな」
イーグは続けた。自分の場合はギリギリ倒れずに済んだが、もう一人の……薬草師のタージアはトガリ同様、立ったまま失神してたんだとか。それに以前ラッシュのところに立ち寄った時もそうだ。エッザールと二人で失神してたしね、って。
「そりゃそうだよ、王様だって王子様だって僕らとは到底かけ離れた存在なんだもん。近寄って……ましてや話しかけて来られたらそりゃあ緊張するよ」
「そンだけお前には期待してるのさ……っと、そうだ」
イーグは突然、トガリのベッドに腰を下ろしはじめた。
「ちょうどいいや、お前に相談してえことがあるんだ」
困惑するトガリとは裏腹に、イーグはまるで悪巧みでも持ちかけてくるような、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あー……最初に言っとく。別にカネ貸してくれとかこの城ン中に潜入するとかそういうヤバいことじゃないから安心しな。ビジネスだよビジネス」
しかしトガリの表情にはますます困惑の色が。
「いやそうじゃなくって、トガリ。お前のその料理の腕前をさらに外へ広げてみたいんだよ。このリオネングだけじゃ小さすぎる。他の国に行ってもっとお前の名を売ってみたいとは思わねえか?」
「そ、それは僕もいつかはそうしたいとは思ってるけど……」
イーグの鍛え抜かれた手が、パン! とトガリの肩を叩いた。
「そこでだ、トガリ……この俺っちと組まねえか?」
まるでプロポーズするかのようにウインクをトガリへと向けた。
なんなんだいったい。確かにこのイーグって人はラッシュとときおり組んで仕事はしているから悪いやつじゃない。それにパン職人としての腕前も確かだ。なんせ城がお得意さんなんだし。
だからこそ……ちょっぴり怖いんだ。
「でっけえ馬車に道具と材料を積んでいろんなところでレストランを開くんだ! 俺っちが夢にまでみた移動食堂さ。そのためにはトガリ、お前のそのアラハス仕込みの腕が必要なんだ。リオネング王室御用達のハーゼンガーシュのパン屋と組めばもう怖いものなしだ。いいと思わねえか?」
「え、あ……うん……そうだね」
押しに弱いトガリであった。
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