エピソード0-1 そいつはジェッサという名の剣士だった
ジェッサは黒豹族の剣士だ。
黒く短い毛に全身が包まれていて、目だけは金色に爛々と輝いていたのを今でもはっきり覚えている。
知り合ったのはいつ頃だったろう? それすら思い出せない。つまりはそんだけ長い付き合いだってことさ。
まあ言わなくても分かるだろう、それに今も昔も変わりなくこいつら獣人は迫害されてきた。真面目だけど人が良くて、おまけに俺たち人間よりずっと長生きで力もあるのにもかかわらず、だ。
いや、それが人間の嫉妬を買ったのに違いない。
一度その輪から外れて見てみると、俺たち人間ってえのはほんと醜い心をした生き物だと思えてくる。反吐が出るくらいに。
だからこそ、俺は護りたい思いを募らせてきたんじゃないかなと思うんだ。
本題に戻ろう。
そう、ジェッサのことだ。
あいつに出会うことがなければ、恐らく俺は秘境オルザンの事すら知らずに生き続けできただろう。
現地語で、地平線の先まで続く窪みを指すそうだ。
ジェッサはそのオルザンの近くの村で生まれ育ったらしい。
深い窪み、そこには昼でも日の差さないほどの鬱蒼とした木々に覆われている。
ジェッサの村の掟ではこう言われている。
オルザンは禁忌の地。
絶対に心惹かれるな。
絶対にそこを覗き見るな。
絶対に足を踏み入れるな。
もしそこへ行くと決めたなら、二度とここには帰ってくるな。
なるほど、実にわかりやすい掟だ。
なんでも、かつてこの世界を創り上げた神々が今でもこのオルザンの地で暮らしているからなんだとか。
神と人間は絶対交わってはいけない存在。これもわかりやすい例えだ。
「一人だけ戻ってきた奴がいた」言葉少なにジェッサは俺にそう話してくれた。
「血に彩られた楽園」とだけそいつは話して生き絶えたそうだ。これもジェッサの村の長老の又聞きらしく、詳しい出どころは分からなかったが。
人間の旅人だったらしい。
「まさに赤い血だった。大地には血が流れ、木々は血を流し、美味たる果実からは血が吹き出し、そして湖は血で真っ赤に染まっていたのだ」
なんなんだ、死体でもあちこちに捨てられてるってのか?
「血の染み出した石造りの巨大な神殿があったという話だ。しかしそこには入り口に相当するものが一切存在しなかったという」
「そんなワケわからねーモンが何故神殿だと分かったんだ?」ジェッサに聞き返すと。「形あるものに真実は存在しない、在るのは心のうちの答えだけだ」。
こいつはこうやって答えをはぐらかしてきた。たまに意味不明な、けど教えか格言に似たものをときおり俺に話してくれる。
長老から受け継いだ二千の教え。それがジェッサの答えなんだ。
でもって、その旅人とやらはまたオルザンへと消えていったという話だ。
まるで我々にその楽園の片鱗を伝えるために来たかのように。そこから先は誰も知らない。誰も知ることはなかった。
「ガンデ、何故そんなことを聞くのだ」
愛用の大剣を研ぎつつあいつは聞いてきた。
「見えるぞ、おまえの中に黒い欲望が、燃え盛る炎が」
「ほほお、どんな欲望だ? 言ってみな」
「……オルザンに行きたいのだろう」
おうよ、図星だ。
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