黒き衣の真実 1

衛兵は立ったまま居眠りしていた。だが、正直もうそんなことで俺は驚きもしない。

どうせネネルがまたなんか変な仕掛けを出してきたんだな、それだけだ。不思議とかそんなことはどうだっていい。

……あ、薬草園ってどこだっけ?

確かアレはルースとタージアがマティエの薬を作るために行ったような。めちゃくちゃ離れてるんだよなあそこ。

「どこいくの?」

「離れにある庭だ」そうとしかチビに答えようがなかった。薬草なんて分かるのかなと自問自答しつつ。

「ねねるおねえたんにあいにいく?」

一瞬ギクっときた。またネネルのことか、つーか分かっているのか……?

「会いたいのか?」そう尋ねると、チビは遠くを見つめて「わかんない」だと。よく分からねーな……


獣人の俺ですら肌寒さを感じる通路をひたすらまっすぐと進むと、そうだ……思い出した。檻の中にマティエがいた部屋が。

「なんかへんなにおいがする……」

はぐれないように、俺の尻尾をしっかり握って後ろを歩いていたチビが、突然妙なことを言い始めた。俺はオナラなんかしてねーぞ。

「どんな臭いがするんだ?」

「わかんない、へんなの」

うーん、あまりにも漠然としすぎていて俺にも分からん……が、コイツに分かるくらいなら俺にも、と思い、しゃがんでチビと目線を一緒にした。


ヤバい。

この臭い、下層に澱んでるんだ。だから俺には分からなかったわけだ。

何かが腐った……それしか例えようのない、吐き気すら催しそうな空気だ。

以前トガリが大量に仕入れてきたジャガイモを捌ききれず、食堂の隅に積んでいたのが瞬く間に腐臭を発していた……そうだ、まさにその臭いだ!

しかも部屋に近づくにつれ、だんだんと臭いは強くなってきた。

俺はチビを抱き上げ、急いでラボへと向かった。カギはかかってはいない。この中に大量に腐ったジャガイモが、きっと……!


と思ってラボに入ったはいいが、誰もいない。何もいない。

マティエの一件以来片付けでもしたのだろうか、ほこりを被ったテーブルと椅子が残されているだけだった。

そしてその部屋の奥には……うん、例の薬草園がある。しかしとにかく臭いが凄まじい。まだチビはいいとして、それなりに鼻の効く俺には……ダメ、キツすぎ。

外の空気を一刻でも早く吸わなければ、と俺は大急ぎで庭へと飛び出した。


「なんだ、これ……」

周りから見れば大小様々な雑草が生えている場所にしか見えなかった、ここはそんな場所だった。

だがルースやタージアに言わせれば「ここはいろんな薬になる植物が息づいているんですよ」って。自慢げに、鼻息荒くして俺に説明していた、あの場所。

俺の視界一面に広がるそこにはもう何も生えてはいなかった。

刈り取ったのか? いや違う。まるで干し草のように、足元にはしなびて変色した草があちこちに散らばっていたんだ。

しかも枯れ草同様、土の色がおかしい。

なんていえばいいのか……やや紫がかったような、普通土なんてこんな奇妙な色なんてしないはずだ。

おまけにこの土、釣り上げたばかりの魚の身体みたいにぬるぬるとしている。

足の裏から腐った糸でも引いてるんじゃないかってくらい。もうこんなもん草じゃない、土でもない!


「わかるか、ラッシュ?」

ラボに戻ろうと振り返ったとき、そこに立っていたのは……。

そうだ、この声、この話し方。ネネルだ。

「久しぶりだな……ラッシュ」

やや恥ずかしげにあいつは小声で言ってきた。

「お前の思いは分かっている。この身体はエセリアの面影を残したままだ。だが中身は違う……心苦しいのは百も承知じゃ、だが……」

「そんなの関係ねーさ。さっさと話してくれないか? 俺を呼んだことと、それにこの腐った庭の意味を!」

いら立ちを隠すことなんてできなかった。ネネルの話すことはいつでも謎かけのようで核心に迫っちゃいない。

「妾わらわが庭を腐らせたと思うか?」

「いや、お前はそんな大それたイタズラなんかしないだろ……?」


よくわかったな、とネネルはくすくすと、まるでお姫様稼業が板についたかのような上品な、声を立てない笑いを立てた。


「ならば単刀直入に言わせてもらう」

そんなネネルの顔から、笑みが即座に消えた。

初めて見せる、俺を威嚇するかのような……静かな怒りを俺に向けて言い放った、その言葉。


「この死んだ土……ここだけじゃない、リオネングの土がこのように腐り果ててしまった」

え、つまりトガリが口にしてたメシの危機って、つまり……


「すべての原因は……ラッシュ。お前にある」

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