王子の勇気

煎じた薬を、タージアはそっと王の口元へと運ぶ。

「い、いいのですか毒見もせずにあの小娘になど」

それを見た側近のブスカンが慌てて止めようとした。

「いいんだ、彼女は信頼できる」

王子は彼女の姿を見て、初めて出会った時のことを思い出していた。

あれは三年くらい前のことだったな……と。

確か、ルースが新たに助手を迎え入れたという話を聞いて、自身も一目その姿を見ようと薬草園まで赴いたんだった。

侍女に嘘をついて一人こっそりと向かった……のだが、そこにはルース一人しかいなかった。


黙々と摘んだ薬草をノートに書き写しているルースに話しかけようとした時だった。

「シェルニ、そこから動かないで」って、彼はしーっと口元に人差し指をあてて言った。

目を凝らすとそこには、薄汚いコートに身を包んだ……

「女の子かい?」

「うん、でもそれ以上は聞かないでくれるかな」

そう、彼女を知ったのはその時。一心不乱に種を蒔いていた彼女。

逆にいえば、それだけしか彼女=タージアを知らなかったのだ。

いつか話しかけよう、けどなにを? と、自身に問答し続けてたまま、月日は去っていった。


そして自分もこっそり調べていた。

彼女が、失われし古代の民であるセルクナ族の末裔であることを……


「きゃっ!」突如、タージアが短い悲鳴が、王子を現実へと引き戻した。

急いで彼女の元へ駆け寄ると、あろうことか王がタージアの腕を掴んでいた。

「エリタール……」王の口にしたそれは、亡き母の名前。

「陛下落ち着いて! 彼女は奥方様ではありません!」

「父上! 手を離してください!」

ブスカンと二人で掴んだ手を離そうとするが、この痩せ衰えた腕のどこにそんな力が残されていたのか、三人がかりでようやく引き剥がすことができた。


「あ、あの、エリタールさんって一体……?」

「そうか、知らないのも無理はない……亡き母上のことだ」

薬のせいで幻覚でも見たのだろうか……いや、まさかなと思い、シェルニはいま一度王の姿を見た。

わかる、さっきまでとは違う。

目に生気が戻ってはいるが、見ているのは我々ではない。となると……


「シェルニよ」王の唇が、彼の名をしっかりと口にした。

「父上、お気づきになられたのですか!?」

目の焦点が定まっていない。おそらくなにも見えてはないのだろう。だが確かに名を呼んだ。

王子としてではなく、息子として。

ぎゅっとその手を握るが、やはり氷のように冷たいまま。

「母さんに……会えた」

「い、いや父上……いまそこに居たのは母上では」

「教えてくれたのだ……あのパデイラの街。全ての元凶が神の者によって討たれたことを」


「え、それは……!?」シェルニが驚くのも無理はない。王にはあの異形の怪物、ダジュレイを倒したことなど一言も告げていなかったのに。

しかも、神の者とは一体……

「私……いや、エリタールも彼奴の死によって重き枷から解き放たれたのだ。もう思い残すことはない」

「そんなことおっしゃらないで下さい! 父上はまだまだ大丈夫です。ともに白髪となるまで、この国を……末永く見ていかなければ!」

「願わくば……」だが王はシェルニの言葉に答えることはなかった。

「お前の良き伴侶を、この目で見ておきたかった……」


「伴侶……」ふとその時、シェルニの視界の隅に彼女が、タージアの姿が飛び込んできた。


そうだ、あのとき……彼女にかけたかった言葉。

この場でそんなことを言っていいものか?

いや、いま言わなければ、自分は一生後悔してしまうに違いない。

勇気を出せ……シェルニ!


「父上、おります……ここに!」

張り裂けそうな胸の鼓動を押さえながら、王子はタージアの手を取り、王のその手に置いた。

「え、王子!?」


「ここにいる薬師タージア、彼女こそが……」

緊張でカラカラに乾いた喉の奥から、その一言は紡がれた。

「私の求めし女性「あの、王子?」」

「ブスカン、今はそれどころでは!」


「この娘、立ったまま失神しておりますが……」

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