アスティとパチャの閑話休題

ーその夜、アスティの部屋にパチャがひとり姿を見せた。


「こんばんは、パチャカルーヤさん。いったいどうされたのですか?」

「ディナレ様のもとで告白したいことがあって……牧師さんなら秘密にしてくれるんでしょ?」

「ああ、懺悔のことですね。大丈夫。ここでの話は誰にも話しませんよ」

その言葉に、ずっと固かったパチャの口元にわずかな笑みが浮かんだ。


「告白……っていうか、牧師さんに相談、かな」

「ふむ……どういった内容です? 僕とディナレ様に解決できることなら」

「その、実は……」

一陣の風が、ランプの灯りを激しく揺らす。


「あたし……マシャンヴァルってとこに行って人間になりたいんだ!」


「な、えええええ!?」パチャの口から出た、何度も耳にしたその国の名。

分かっている、自身もラッシュとの戦いで尖兵をその手にかけたことくらい。

仲間であり戦友を殺した、あの憎きマシャンヴァルのことを。

胸の底から沸き立つ黒い感情をぐっと押さえ、アスティはひたすらに落ち着きをもとめた。


「前にここに来た行商人から聞いたんだ、最近マシャンヴァルって国があちこちの国に攻め入ってるって……だけどそこって、あたしたちみたいな獣人を人間の姿にしてくれるんだって、実際何人もの同胞たちがその国に行ってるとも話してくれた、だからあたし……そこで……」


「パチャカルーヤさん、マシャンヴァルは未だ謎に包まれている国です。それにあそこで生み出された兵は恐れというものを知らない、残酷極まりない者たちではびこっているのですよ? そんな危険極まりない国に……なぜ?」


分かってる、と一拍パチャは置いた。

二人の心臓の鼓動が、静かな部屋に響き渡る。


「人間になって、あいつと……フィンと結ばれたいんだ!」

「そうまでして……あなたは!?」

「生まれ育ったこのシャウズの身体が嫌いなわけじゃない。だけどあいつと同じ姿でそばにいたいんだ!」


パチャの艶やかな頬に、ひと筋の涙がこぼれ落ちた。

「フィンは……こんなあたしの胸の内を受け止めてくれたから。兄貴以外誰にも理解してくれなかったあたしを。だから自分もあいつに応えたいんだ!」

「パチャさん。あなたって人は……」


アスティもどう答えていいか分からなかった、彼女の想いは真剣だ。ずっと古臭い慣習にがんじがらめにされていた殻を破った結果、それが家族、いや村での孤立だったこと。そしてその身体すら捨てることでその愛に応えたいことを。そうだ、彼女の願いは本気なんだ。たとえその目的が憎き敵国に行くことであろうとも。


「あいつに想われる存在でい続けたいんだ……だからあたしはマシャンヴァルに行きたい……」

「しかしそれは我々リオネングや他の国々と袂を分かつことを意味しているのですよ。有り体に言うとすれば亡命。私ならば……いや、お兄さんもフィン君もそれを望まないでしょう」

「じゃあ、人間であるアスティ牧師は、獣人であるディナレ様の心の内は分かっているの?」

「え……」

「リオネングの伝承。人間である王子と結ばれるはずだったディナレ様は……獣人である自身の姿をどう思ってたの? それが知りたい! あたしは望むのならこの姿を捨てたい、あいつに振り向かれる存在でありたいの!」

「パチャさん……」



答えの見つからない、長い夜がゆっくりと過ぎていった。

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