オグードの秘蹟

翌日、まだケガも癒えぬまま俺とエッザールはディナレ教会へと向かった。

理由は……そう、マティエとの問題を探るためだ。


教会へ着くやいなや、エッザールは玄関口で祈りを捧げたり、出会ったばかりのロレンタの手の甲にキスをしたり。そっか、そういやこいつディナレ教だったんだっけか。だからこういう挨拶するんだな。


「われわれ獣人は、みんなディナレ教の信者だとばかり思っていたのですが……」とエッザールは言うが……そうなのか? 俺もトガリも全然そんなこと知らなかったし。


「やはり獣人差別の歴史があるからか、いろいろ迫害を受けた過去もありますし、今でもあまり大っぴらには出したがらない方も結構いますよ」

ロレンタはそう言うが……っていうかロレンタもアスティも人間なんだよな。人間でも信者がいるっていうのも今考えると不思議だな。


ってなわけで俺は例のアレを受けるべく、ロレンタに事情を話した。


「ま、まさか……ラッシュさん、オグードの秘蹟を受けられると!?」

「え、そんな名前なんだ」オグードの秘蹟……ロレンタが言うには、ディナレが逝去して新たに教会を継いだオグードって神父が、彼女の受けた痛みを知りたいがために一度仮死状態となって精神世界が……

すまん。とにかく言ってることがややこしくて途中から寝そうになっちまった。

要は「酒飲んで寝るとなんかある」儀式ってことらしい。でもって用意された酒飲んで寝てろと。

「私もこれは初めて見ました。故郷の教会でも誰も試したことはないので……」エッザールはさりげなく言うが、やっぱり危険なのかな、と思ったり。

「ロレンタとアスティは試したことあるのか?」と聞いてはみたものの、いいえと返される始末。おいおい、だんだん怖くなってきたじゃねえか。

「大丈夫ですって、ラッシュさん強いですし」アスティ、それ全然フォローになってないぞ。


祭壇の奥にある部屋の冷たい石のベッドに案内された俺は、まず最初に小さなコップに入った濃い緑色のコケみたいな液体を差し出された。

そう。これがこの前話してたヤバい酒だ。

息を止めてグイッと一気に飲み込む……酒の味なんて全くしない。っていうかこれ、まんま岩に張り付いてるコケそのまんまの青臭いドロッとした味がする。気持ち悪いがガマンガマン。

左右の手をアスティとエッザールに握ってもらい、石のベッドに横になる。風邪ひきそうなくらい冷たい。

そのまま、誰も何も話さない、とても静かな時間が流れた。


「しばらくすると、五感が肉体から離れていきますが、死んだわけではありません。驚かないでください」

そう言って俺の頭の上で、ロレンタがランプのようなものゆっくりと振り出した。

ランプから湧き出る煙がなんかいい香りだ。お香っていうんだ、っけ……

………………

…………

……

あれ、俺いつの間に寝てた?

ヒセキとかいうのは終わったのか、なんて思いながら起きようとした……ら。

すっげえ身体が軽い。昨日も今日も身体のあちこちが悲鳴を上げていたのに、今は違う。まるでふんわりとした雲のような……


ってオイ! なんで俺の隣に俺が寝てるんだ!!!!!

俺は確かにベッドから立ち上がっているのに、もう一人の俺はまだ寝たまんまだ。

やべえと思って急いでエッザールの手を引こうとしたが……え、感覚がない。それどころか触れることすらできない!

さっき雲のような感覚って言ったが、そうだ、俺自身が煙みたいになっちまっているんだ!

動揺にアスティの身体にも触ることすらできない。俺の手がすり抜けてしまうんだ。


それどころか、部屋中に流れている煙のたなびきもおかしい。ゆっくりと……まるで時間の流れが遅くなったかのようだ。


ーどうやらうまくいったようですね、ラッシュ様。


その声にハッと気づいて前を見ると、ロレンタだ。彼女だけがこのおかしな流れの部屋で、俺を見つめて笑顔を浮かべている。

でも口は動いてない。まるで俺の中からあいつの声が聞こえているかのような、不思議な声だ。


「どうなっちまったんだ、俺……」

ー五感が身体から離れたのです。今のあなたは魂だけの状態……そしてこれからあなたは自身が望んだ時間と場所へと飛んでいくのです。


「えっと、つまりこれで過去に行けるってワケだな」そうです。干渉することはできませんが。とロレンタの声は答えた。

干渉はできない……つまり俺自身が俺の過去を見学するってことか。そこで何かを掴んでこれれば完璧だな。


望んだ時間と場所……か。つまりは以前ロレンタたちと話した、ル=マルデの攻城戦の時の自分も見ることができる……!?


ーラッシュ様がそれを強く望むのならば。


望む……強く思えばいいんだな!


そう思った瞬間、俺の煙のような体はグッと何かに強く引っ張られた。


誰が引っ張ってるんだ……って寝てる俺の身体かよ!


まるで川の激流に流されたかのような感覚が俺の身体を覆い、そのまま一気に気が遠くなっていった。


どこへ連れてかれるんだ……俺……

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