エセリアとシャルゼ

「あの男、突然剣を抜いてに襲いかかってきたの……怖かった……」

ティーカップを持つ彼女の手は、まだ小さく震えていた。


王への報告を終え、マティエとルースが向かった先は、エセリア姫の部屋。

マティエは顛末を知りたかった。自分らを裏切ったあの男が、その後にどういった最期を迎えたのかを。


「あいつは真っ先にラゼル王とシェルニ王子のもとへ報告に向かったんだ。君達が人獣の奇襲を受けたとき、マティエはお前だけでも逃げろって言い残したとね」

「……まるっきり作り話だな。第一シャルゼの奴とは向こうに着くまでほとんど会話すらしなかった。事前に私たち獣人嫌いと聞いていたから、余計にな」


マティエは憤っていた。奴一人の裏切りのせいで、リオネングに危機が訪れるかも知れなかったことに。そしてそれを見抜けなかった自分自身に。


「イーグという男が先に行ってはダメだと伝えたのだが……シャルゼは聞く耳すら持たなかったのだ。挙げ句の果てにあいつの方こそ我々を罠に嵌めようとしてるんじゃないのか……と。まんまとシャルゼについて行ってしまった私の方が愚かだった……」

「そんなに背負わないで、マティエ。確かに多数の命が失われたのは残念だけど、でもその犠牲によってリオネングも、マシューネも友好を保つことができたのだし」

小さな姫の手が、マティエの包帯に包まれた手をぎゅっと握りしめる。

「姫様……」


シャルゼはその後、何を思ったのか姫に謁見を申し出たのだという。

「おかしなことだ、シャルゼは特に姫と面識がそれほどあるわけでもない。それにあいつは獣人嫌いなのもそうだが、生まれもあまりいいところではなかったしな。ここでの評判も、正直それほどとは……」

「ええ、だから念のため外にザイレンを就かせておいたの」


ルースにもこの件に関しては不可解なことだらけだった。

つまりは彼もマシャンヴァルのスパイだったと考えるのが妥当な判断だと言える。しかしその後になぜ、なんの関係もない姫と会いたいと申し出たのだか。しかしその後、彼女に剣を抜いた彼は駆けつけたザイレンにより討たれ、死んでしまった……点と点が全く結びつかないまま。


「姫様、シャルゼのやつは何を話されましたか?」

マティエの言葉に、エセリアの答える言葉は小さくか細かった。


「唐突に……好きだと……」

「え……?」

「私だって困るわ! ずっと見てましたとか、手柄を上げていつかあなたの心を射止めてご覧に入れましょうとか、歯の浮くようなことばかり私に言い寄って……」

「なんという……愚行だ……」マティエは怒りを腹の底でぐっと抑え、部屋の奥の血の染みが付いたままの絨毯を見つめていた。

あそこで愚かなシャルゼの奴は討たれたのか……と。


「無論私は断ったわ。マティエ達がみんな死んだという報告を受けた最中に、いきなりプロポーズをするなんて頭がおかしいんじゃないかって。そうしたら……黙れ、俺は本気だって突然私に剣を抜いて襲いかかってきたから……大声で呼んだの。ザイレンを」

その争いは1分にも満たなかった。

いくらあのラッシュにヘタレ男と言われこそすれ、ザイレンの剣の腕は亡きドール団長に次ぐ腕前を誇っていた。その結果……


「胸を突かれて、シャルゼは死んだわ……あっという間だった」


「シャルゼ……なんという愚かな男」

しばらくの間、部屋は沈黙に包まれた。

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