アスティ奪還

「おい、起きろバカ犬」


「ンあ……誰だよもお……」




 ゴン!




「いでえ! 何するんだちくしょう!」


「俺だバカ犬。目ぇさめたか? さっさと起きて出かけるぞ」


「……へ、朝言ってた仕事っすか?」


「まあ、一応仕事みてえなモンだ、だがワケは聞くな」


「でも、なんでわざわざラザトが……?」




 ゴン! とまたしてもゲンコツが俺の頭に飛んだ。




「だぁあ! なんで殴るんすか⁉︎」


「ワケは聞くなと言っただろ! それに俺を呼び捨てにするんじゃねえ、ラザト親方って呼べ!」


「で、でも、どこへ行ってなにするかくらい聞いてもいいンじゃないっすか? それくらい」




 その言葉に、ラザトは突然ささやき声になって俺に話してきた。


 大丈夫、俺のこんな声にも微動だにせず、チビはすうすう寝息をたてている。




「お前が川で溺れている奴を助けた……アスティのことな」


「え、アスティの事っすか?」


「そうだ、あいつをこれから引き取りに行く」


 俺は直感した。外を見ると、まだ暗い……夜明け前だな。


 なんかウラがあるなと思った。だがこいつのゲンコツがまた炸裂するから、とりあえずは聞かずに着いてくか、と。




 家の裏口から、誰も周りにいないことを確認していざ病院へ。




「礼を言うのを忘れてたな、ありがとよラッシュ。アスティの命を救ってくれて」


 そうだった、アスティはラザトの戦友の息子なんだっけか。


 なんか自分の息子のようにかわいがっていたんだとか。けど親を知らない俺には、そんなこと言われても全くピンと来ねえんだよな……




 さて、本題本題。


 病院の裏口で身を潜めていたときのことだ。


「あいつ、どうもハメられたみてえだ」とラザトは言ったんだ。


 ハメる……? しかし誰がなんであんな奴を?


「軍……いや、このクソな国そのものだ」


 俺同様、ラザトも今回のおかしなことに気が付いていたようだ。俺のギルドライセンス剥奪の件といい、なんかおかしすぎる。


 そんな俺の思っていることを察したのか、ラザトはまた俺に言った。


「思った以上にこの国は腐ってる……まさかここまでとは」ほとんど独り言のような言い方だった。


 しかし腐ってるだのクソだの…この喋り、親方そっくりだな。




 病院の親父とは話を済ませていたらしく、俺はアスティを目立たぬように麻袋に入れ、こっそりと病院を抜け出した。


 とにかく頭の中がハテナだらけだ。アスティの件といい、国がハメたといい……




 家に戻ったときには、もう朝告鳥の鳴き声が聞こえてきていた。


 アスティはまだ頭とか身体に包帯が巻かれていたが、それ以外には特に深刻なケガとかはなかったみたいだ。


 だが、ひどく落ち込んでるみたいで……ちょっとやつれ気味だし、この前会った時とはまるで別人のようだ。


「やっぱり、殺されそうになったんですね、僕……」


 二階の奥にある大きい居間にアスティは運び込まれ、あいつはことの経緯を話してくれた。


「ラッシュさんと別れて、僕は捕虜を連れて報告に行ったんです。そうしたら突然兵長が来て、僕を解雇するって」


「わけわかんねえな……アス坊、その時兵長はなんて理由言ってたんだ?」


「隊長含め部隊がほぼ全滅したことに対する責任……だそうです、それと」


「それと……なんだ?」


「姉……いや、勝手にシスター・ロレンタを連れて行ってしまったことに対する責任を取れと」




 え、ロレンタが同伴したのって正規じゃなかったのか!?


「ラッシュさん、違うんです……今回の目的地がル=マルデだったことにシスターは非常に興味があったみたいで、それで、その……裏でこっそり隊長にお金を渡して、見て見ぬフリを」


けど結果、ロレンタが付いていったことがバレたってことか……しかしそれは確かに違反行為だとしてもだ。アスティのような新米に全責任を負わせるのって、ひどくねえか? しかも即刻解雇っていうのもおかしすぎるし。


「アス坊、どうもお前を生かしちゃおけない奴らがいる……ある程度察しはつくだろうがな」




 アスティは力なくうなづいた、つーかラザトはアスティのことをアス坊って呼ぶんだな。


つまり、先日の仕事が発端だったんだ。


 ゲイルの……そして人ともケモノともつかない奴らに襲われ、俺らのいた部隊は奇襲によって壊滅状態にさせられたこと。


 それしか考えられない……しかし誰が、いったい何のために⁉


「俺も人づてに聞いた話なんでな……リオネング城の中にいるお偉いさん、かなりの数がオコニド……いや、マシャンヴァルに乗っ取られちまってるみてえなんだ」


 しかもそれは、つい最近の話でもないらしい。まだオコニドとの和平が締結する前のことだとか。


「俺たちが思っている以上に、マシャンヴァルってえのはヤバい国だってことだ」


 外に俺たちの姿が見えないように、親方は窓の厚いカーテンを閉めた。




 しかも、この前俺らが行った仕事……オコニドの掃討。あれはほかの場所でもあったらしく、親方が知る限りじゃリオネングの方が苦戦するくらいの被害だったとか。




 そう、それもほとんど聞かされていない。




「軍部がマシャンヴァルにとって代わられている……おそらくアス坊とバカ犬もこれで潰される危険性があったんだが、運良く残ったのはお前たちだけ……さらには出会ったライオン野郎から秘密を聞き出せた。これはマシャンヴァルにとっては誤算だったってことだ」




「そして僕も消されようと……そんな、そんな……!」アスティが悔し涙を流した。そうだろうな、今まで信じていた自分の居場所が、実は敵国に乗っ取られていただなんて、正直あり得ないことだし。




「とりあえず俺の知り合いが何人か軍や城に出入りしている、そこから中身がはっきりするまで、アス坊、お前はここでしばらくいろ」




 そうだな、いずれにせよまたアスティが治って外に出て戻っても、もしかしたらコイツ自体の籍が亡くなったことで消えているかもしれないし。


「こいつぁ、アス坊やバカ犬が考えてた以上に深刻かもしれねえな……」




 あ、そうそう。アスティのこの大ケガのことなんだが……


「いえ、僕が先輩と飲んでた時にはこんなケガしてなかったです、そこからは全然記憶になくって」


「だよな……俺もアスティ起こすときには一切ケガしてなかったし、いったい誰が……」


「つーかおいバカ犬。アス坊をどうやって蘇生させた?」


 俺はアスティを川で発見したことを事細かに説明した。


 もちろん、親方に教えてもらった例の胸を押す方法をだ。


「お前、どれくらいのバカ力でアス坊の胸を押した?」


「そりゃもう全力でやったさ、昔親方に教えてもらった通り、胸の鼓動が元通りになるまでとにかく押し続けろって」


 その言葉に、アスティの顔がだんだん青ざめてきた。 


「……起こすとき、顔を叩いたか?」


「ああ、気つけに何度かパンパンと」


「ラッシュさん……じゃあ、つまり、このケガは……」




 え、なんか俺悪いことしたのか?

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