決断

家に着いた時は、辺りはもうすでに暗闇に包まれていた。

 当然のことながらトガリの奴も驚いてた。俺を見るなり、まるでルースと申し合わせたかのように「ラッシュ、いいいつここここどもなんかつつつつくったの!?」ってな。

 いつも通り殴って黙らせようかと思ったが、腹が減ってたからやめにした。たまにはこういうこともある。


 古びたランプがともる食堂。数年前まではそれこそ何十人もの傭兵仲間でごった返していたっけな。毎晩飲めや歌えやの大騒ぎ。しかし今じゃもう片手で数えられるほどにまで減っちまった。部屋の端に置いてある大きなテーブルには、うっすら埃も積もっている。


 さてさて、厨房からはふかしたジャガイモと貝を茹ででいるような匂いが漂ってきた。

 貝は美味いけど面倒なんだよ。殻をいちいち取らないと食えねえし。だからいつもバリバリ殻ごと俺は食っている。トガリはお腹壊すよといつも注意されているが、しかし俺の腹のなかはいたって健康そのものだ。


「待っててねチビちゃん。今あたしが特製のご飯作ってあげるからね」トガリの横にはなぜかジールがいた。

 ……ってなんであいつが料理を⁉︎ おまけにもうエプロンまで付けてやがるし。

「ああ、残念だけどあたしはあんたたちの食事作ってるんじゃないからね。この子のご飯だから」 

 なんでこいつに別のもの食わせるんだ? 俺らと一緒じゃダメなのか?

「この子の身体をよく見なさい。かなり痩せてるでしょ。かなり長い間ロクなもの食べてないと思うわ」 

 ジールの言葉に、俺はチビの身体を観察してみた……が、そんなこと言われても俺には全く分からない。

「まあ、ラッシュには無理かな」なんてジールは笑ってやがった。妙に腹が立つ……けど、いいか。腹が減るととにかくやる気が失せちまうんだ。 


 煮込みだなんだで少し時間がかかるらしいんで、 俺はとりあえず、みんなにこのチビの経緯を話した。小屋にいたもう一人の亡くなっていたやつのことも含めて。


「要は、あの村の唯一の生き残りってわけか……しかしこの子の親がもうこの世にいない以上、何にも聞き出せないな。まあ、あの村がどうかなろうと、我々には一切関係ないことだが」 

 ゲイルがランプに油を足しつつつぶやく。 

 そうだよな、こんなこと今の荒れた世の中じゃ大した事件にすらならない。村が一つ略奪で灰になることなんて日常茶飯事だ。 


 だけど、問題はこのチビ……望まず手に入れちまったこの子供だ。

「さて、まずはこの子をどうするか……ね」厨房から出てきたジールが俺に聞いてきた。しかしいきなりどうするかと聞かれてもな、俺には全く分からん。

「大きく分けて二つあるの。一つ目は、この町にある教会か孤児院に預け渡すこと。幸いにここは両方を兼ねた施設があるしね」 

 なるほど。孤児院か。

 確かにこの戦争で、子供たちがたくさん来ていたのは見たことがある。それにならってあそこに預けるのが一番いいだろうな。同じ人間がたくさんいるんだし。


「二つ目は……う~ん。これはちょっと難度高いかもしれないんだけど」

「つまり私の毒で……ってぐはぁ!」

 ジールの握りこぶしがルースの顔面を直撃した。まだ言い終えてもいないのに⁉︎

「この子に罪は無いんだからね、ルース。あたしその手の冗談は大っっ嫌いなんだから、あんた分かって言ってんの!?」

 鼻面を押さえたルースの口から、はいともひゃいとも言えない情けない言葉が聞こえた。こいつ冗談だったのか本気だったのかは分からないが、意外と過激なこと言うんだな。


「ンで、もう一つはなんだ?」俺のその言葉に、ジールは軽く深呼吸をした後、俺に向かって話した。

 ゲイルでもルースでもなく、俺に。真剣なまなざしで。


「ラッシュ、あなたがチビちゃんを育てること」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る