獣人
今、俺が住んでいるこの家。
毎日修行して、メシ食って寝るこの場所。傭兵舎ってみんな呼んでいる。人によってはギルドとか、そのまんま我が家とか言う奴もいる。そしてここから様々な戦場に行かされて、生きて帰れるか……そう、生き延びることができたら金をもらって帰る……正規の兵士じゃない、いわゆる傭兵ってやつだ。
そして、俺がこのギルド一番の働き手。稼ぎ頭の扱いを受けているらしい。受け取るカネがいつも多いのはそういうことみたいだ。
だが俺には関係のないことだ。カネなんかもらったって別に使い道があるわけじゃない、武器や鎧はいつも親方からもらうか、戦ってる最中にで拾ったり奪ったりした物を使うだけだ。寝るところなんてどこだって構わない。親方にしてみれば、安上がりで高い儲けを誇っている存在。それ以上でもそれ以下でもない。今生きてることだけで満足なんだ。
そうそう、俺自身のことだが………
つまり、獣人っていうのは肉体的に秀でた種族だということが分かってきた。
いや、分かってきたというより、今までそんなこと考えてもいなかった。それに、鏡で自分の姿をまじまじと見たことなんてなかったしな。
親方が以前話してくれたんだが、獣人というのは、はるか昔にこの世界を作った神様って偉い人が、四本足で歩いてる獣たちに知恵を授けて、さらに人間と同じ二本足で歩けるようにさせた種族のことらしい。
人間。
この世界に最初に作られた生き物がそれだとか。
考えてみれば確かにそうだ。俺が今まで戦ってきた戦場では、俺と同じ容姿をしたやつなんていなかった。みんな人間だ。
頭にしか毛が生えてなくって、ひょろっとした身体つき。オマケに俺たちにいつも悪態ばかりついてくる、あいつらが人間なんだ。
いつもそうだった。
人間たちは俺を嫌っているような、ゴミ溜めを見るような目つきで、メシ食う時もいつも避けてたり、ツバひっかけようとしていたな。
てっきり、それは俺のことを怖がってるのかなと思ってはいたんだが、嫌っていたんだ。
でもそんなことは関係ない、あいつらは俺らより弱い連中で、群れないと何もできない存在だ。
戦場で俺が食ってたメシをいきなり蹴りあげてひっくり返した人間もいたっけか。「獣人が俺たちと同じメシを食うんじゃねえ!」なんていきなり言うもんだから、俺は思いきりそいつの顔面を殴った。当たりどころが悪かったのか、鼻から血を噴いたそいつはもう二度と動くことはなかった。メシを邪魔した罰だ。って吐き捨てながら俺はそいつの飯を全部もらってやった。
他にもいろいろ人間たちと違うところが分かってきた。
手足の指が人間たちのほうが細くて、しかも1本多いところとか。そして鼻や口が突き出てないし、しかも黒くない。耳も頭の左右に張り付いている感じだ、あれで聞こえるのかな、なんて時折思ったりもした。
身体が毛に包まれてないから、すごく皮膚が柔らかい。だから鎧なんかも俺らより厚そうで、しかも豪勢なものをみんな着ていた。身体じゅうに重くて硬そうなやつを。
あんなモン着てよく動けるな……人間っていうのは。
まぁ俺たち獣人には必要ない、兜とか、靴とか全て戦いの妨げになるもんばかりだ。
これもいつだったけか………森の中を進んでいる時だったか、俺の足を鉄でできた硬い靴で思い切り踏んづけた人間もいたんだ。
「けっ、獣人は靴も履いてねえのか」だなんて周りの人間どもがこぞって笑いやがるから、そいつら全員動かなくなるまで叩きのめしてやった。もうその時は戦いどころじゃなかったな。
案の定、あとでそこの軍団長にはこっぴどく叱られたが、その答えは戦場で全部返してやった。俺一人でだって戦いはどうにでもなる。それを周りの奴らに知らしめてやったワケだ。
そして何年か経ち、いつしか俺には「ラッシュ」って名前が付けられていた。
いや、名前じゃないか、あだ名だな。
思い返してみると、俺には名前というものがなかった。いつも犬野郎だのデカブツだの毛むくじゃらだのと呼ばれていたし、親方にも「おい」としか言われてなかった。
ラッシュって言葉には、向こう見ずとか、突進って意味があるらしい。どうやら俺の戦い方から付けられたようだ。悪くないな、けど名前が付けられたところで、俺のこの生き方が変わったわけでもないが。
だけどそれ以降「鮮血のラッシュ」「鼻白ラッシュ」「戦鬼のラッシュ」とか、いろいろ名前が増えた。
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