君と同じ夢で逢えたら
宇佐野しおり
君と同じ夢で逢えたら
誰もいない、田舎の夕方の駅のホームを優しく照らす3月のお日様の光。少し高い位置にあるこの駅から眺める街の景色やどこまでも続く線路は、その柔らかな光に包み込まれ白く輝やいていた。
いつもの街が、いつもの街じゃないみたいで––––。
私は思わずリュックのポケットからスマートフォンを取り出し、無音カメラのアプリを起動させる。もともとスマホに入っているカメラだと派手にシャッター音がしてしまうので、私はいつもこのアプリを愛用していた。
「逆光かぁ……どこにピント合わせようかな」
ぶつぶつと独り言を呟きながらピント調整に励む。SNSにアップするつもりでいるのでうまく撮りたい所だ。
「よし、これでいくか」
納得がいく位置ににピントを合わせた私は、手がブレないように細心の注意を払いつつ、画面をタップした。
パシャリ
「……⁉︎」
鳴るはずのないシャッター音に、私はハッと視線を上げる。
澄んだ光の中、そこにはひとりの少女が立っていた。
年齢は私と同じくらいか、少し上だろうか。紺色のチェック柄のワンピースがよく似合っている。肩のあたりまである髪はゆるりと巻かれていた。同じようにスマホを持っているところを見ると、どうやら彼女も写真を撮っていたらしい。
「綺麗だね」
振り返って、彼女が微笑む。私は突然のことにうなづくのが精一杯だった。
しばらく彼女は景色に見とれていた。私にとって彼女は景色の一部分のようだった。絵に描いたように美しくて、儚くて。
「懐かしいね、この感じ」
ふと、彼女が呟いた。
「え?」
「君とふたりで、一緒の世界で、一緒のものを見て、一緒に綺麗って思える」
どういうこと……、だろう。
もしかして私と彼女はいつか、どこかで……?
どうしよう。
全く、記憶にない。
記憶にないのに……妙に、懐かしい。
「君はわたしに夢を語ってくれた。君は夢の中にいて、
ふと、彼女が俯いた。寂しげな微笑み。
胸がきゅっと苦しくなる。
「君を夢から醒めさせてしまったのはわたしなのに……今はわたしひとり、君の夢の中にいる。もう君はそこにはいないのに、その先に行ってしまったのに、今でも君の夢の中で、君の姿を探してる」
「ええと……、な、なんかごめん」
「ううん、君はなんにも悪くないの!自然なことなの。それだけ君が大人になったってことなの」
謝る私に彼女は慌てて首を振る。
「でもね、ほんとに辛くなったり、寂しいとき、また戻ってきてほしい。思い出してほしい。君とわたしが見たあの夢のこと––––。
わたしは、ずっと待ってるよ」
ふわり。
晩夏の風が2人の間を通り抜けていく。彼女の髪を、スカートの裾を、揺らしていく。
ああ、そうだった。やっと思い出した。思い出せた。
君は昔も、同じように––––
「最後にひとつだけ。君にどうしても伝えたいこと、あるんだ」
「さ、最後って!ちょっ……」
「わたしに新しい世界をくれて、ありがとう。……大好きだよ」
ふわぁぁぁっ。
私が手を伸ばした先は何に触れるでもなく。
ただ風だけが通り過ぎていった。
思い出したよ。
もう壊れてしまったけれど、
君は、私の……
お馴染みの“夕焼け小焼け”の音楽が5時を告げる。
「まもなく列車が到着します」
誰もいない、まっしろな駅のホームに、アナウンスが響く。
「私の夢……か」
答えはもう決まってる。
君と同じ夢を見たいから。
君と見たあの夢を現実にしたいから。
あの時は、ごめんね。
それから、ありがとう。
きっと逢いに行くから。
あの夢で、あの世界で、待ってて。
わたしはきっと一生君に、君の夢に縛られて生きて行くのだろう。
それでもいい。
君が見た––––否、君と見た夢を叶えること。それはわたしの意思であり、生きる理由であり、今のわたしの夢であるから。
遠くから電車の音が聞こえてきた。
私の声も、
わたしの声も、
すれ違う電車の音に掻き消された。
君と同じ夢で逢えたら 宇佐野しおり @shiori_0314
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