第3話 引越し蕎麦の代わり
ドアをあけると、そこには美人なお姉さんがいた。
俺の姿を見て、ほっとしているみたいだった。
そして、美人なお姉さんの足下はちゃんとストッキングで包まれていた。
『やった!』と心の中でガッツポーズしつつ、何が『やった』なんだろうと自分に自分でツッコミをいれる。
いや、確かに女性の服を脱がすとき、靴下はできるだけ最後までとって起きたい派ではあるのだけれど。(だって、なんかその方がエロい……)
「あの、隣のものですが、もし良かったら……」
お姉さんの頬はすこし紅かった。
やはり、なにかエロいことをしているのだろうか。
たとえば、俺が見えないところであんなことやこんなことを……(?)
お姉さんはもじもじしている。
頬を赤らめた美人が裸エプロン姿で俺の家の前でそんなふうになっているって、俺は一体どうすればいいのだろう。
だけれど、その俺の迷いはお姉さんの一言で一瞬で消えた。
「すみません! 隣に住むものなんですけど、お醤油、貸して下さい!」
「はあ?」
はあ? 醤油?
なんか昔、江戸時代とか長屋とかだとそういう貸し借りもしたと歴史の授業でならったかもしれない。だけれど、この現代で醤油?
醤油なんて、普通にスーパーに行って買えばいいのに。
そう思ったところで気が付く。
最近のスーパーは営業時間を短縮している。
本キャンパスがあった街と比べると、田舎のため二十四時間空いているスーパーがないうえに、数少ないスーパーも営業短縮。
なるほど、だから頬を赤く染めるほど恥ずかしがりながら、醤油を俺に借りにきたのだろう。
というか、冷静になって気づく。
よくよく見ると目の前のお姉さんは裸じゃなかった。
体によく馴染んだベージュのニットワンピースを来ている。
ユニクロのあのメリノウールとかみたいなちょっと細めの糸で編まれて着心地のよさそうなベージュのニットのワンピース。
それが、体をぴったりと覆っているせいで、裸エプロンに見えたのだ。
俺、どんだけ飢えているのだろう。
飢えているつもりなんかない。
いや、もちろんお腹は空いているけれど。
大学一年生という貴重な本キャンパスでの一年間で彼女ができないどころか、ほとんど女友達もできなかったけれど。
俺は、目の前に現れた美人なお隣さんにちょっと申し訳思いながら、台所に向かい醤油をとってきた。
買いだめしておいたやつを引っ越しのときにもってきたため、蓋は履いていない新品だ。
「これ、よかったら。使ってないんで」
「えっ、これ……でも新しいのじゃ……」
醤油を隣人に借りに来ておいて、そこは遠慮するのかと思いながら、一方で醤油を貸してというだけで紅くなる奥ゆかしい美人さんなのだからこの反応も普通かなと不思議な気分になる。
「じゃあ、引っ越してきた挨拶ということで。引っ越し蕎麦の代わり」
「引っ越しそば……?」
美人さんは引っ越しそばという単語を聞いてしばらくきょとんとしたあと、クスッと笑った。
「懐かしい。最近は聞かなくなっちゃいましたよね。子供のころは憧れてたのに」
「そうそう、実際に引っ越しても、蕎麦じゃなくてタオルとかもってくだけだったし」
俺と美人さんは、同じ懐かしさを共有できたのか途端に会話がスムーズになった。
「じゃあ、引っ越しそばの代わりにいただいていきますね。私、隣に住む西野っていいます。何かあれば、言って下さい!」
俺も表札をさして、自己紹介をした。
隣に住む美人なお姉さん。西野さんが部屋に帰って少しすると、なんともいい匂いが漂ってきた。
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