第1話 引っ越し

 引っ越しを終えた俺は、冷たい木の床(不動産屋曰く、フローリング)に寝転がる。


 むなしい。


 こんな大学生活になるはずじゃなかった。

 俺には薔薇色のキャンパスライフがまっているはずだった。


 なのに実際の俺の大学生活はこの時代のせいで、全然想像と違うものになってしまった。


 薔薇色になるはずのキャンパスライフはよく分からないまま、ほとんどをオンラインで授業を受けることになった。同じ敷地内に放送大学のキャンパスもあって単位互換制度もあるからそれを利用して人より楽して単位を取ろうとしていたのにそれどころじゃない。

 何が何だかよく分からないまま物事が進んでいった。


 本当は大学生活にもっと出会いがあるはずだった。


 特に俺の入ったのは工学部。

 一年生のうちは本キャンパスで共通科目なんかを履修するけれど、二年生からは別キャンパスになってしまう。


 つまり、彼女をゲットするならば一年生のうちにというのがセオリーだ。彼女とまではいかなくても、女の子を紹介してくれる女友達とかそういうのを一年生のうちに作っておく必要があった。


 なのに、大学といえばコロナのせいで前期の授業はほとんどがオンライン。

 サークル活動もほとんど制限されている。新入生歓迎の飲み会なんてまた夢の夢。

 アルバイトもかなり数が減っているらしく、特に一年で違うキャンパスに移動してしまう工学部の学生は断られることが多かった。


 大学の授業で偶然隣同士になった文学部の女の子との出会いも。

 サークルでであったちょっとお堅い法律専攻の女の子との出会いも。

 アルバイト先で面倒見がよくてギャルっぽい教育学部の女の子との出会いも。


 すべてのチャンスがなくなってしまった。


 そして、今日、俺は工学部生にとって唯一彼女ができる可能性のある一年を終えて、本キャンパスから一時間近く離れた別キャンパスにあわせて引っ越しをした。


 一年で引っ越しというのは金がかかる。

 しかも、まともにアルバイトもできなかったので、住む場所はかなり限られていた。

 大学の近くというのは大抵どこもぼろいけれど、値段が著しく下がることはない。

 毎年、必ず借り手がつくから。

 やっとのことで見つけたのがこのボロアパートだった。

 ドアベルの音はさび付いているし、築年数もかなりいっている。

 しかも、住んでいるのは学生だけじゃないみたいだ。


 それに……ここはもしかしたら事故物件ってやつかもしれない。

 他の似たような物件よりもちょっとだけ安かった。

 破格とはいわないけれど。

 そして、不動産屋もすこし言葉を濁していたのだ。


 たぶん、何かある。

 事故物件は間に誰か住めば説明しなくていいというから、たぶんこの部屋も仮で誰かが短い期間住んだのだろう。形だけ。


 この俺が寝転がるフローリングだけ妙に新しいのだ。


 トントン、トントン


 さっきから、風の音なのか心霊現象なのか分からないけれど、ドアが叩かれている音が聞こえる。

 こんな時間にだれが?


 そもそも、俺は今日引っ越したばかりでまだ誰にも家を教えていないというのに。


 怖いし、面倒くさいので無視しようとしたとき、外から声が聞こえた。


「すみませーん。隣に住んでいる者ですが……」


 鈴を転がすような綺麗な女性の声だった。

 俺は思わず耳を疑う。

 そして、ドアスコープを除くとそこにはすごく綺麗な女の人がいた。

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