今日も隣の部屋に住むお姉さんが、お裾分けを持ってきます。
華川とうふ
プロローグ
「あのー、すみません。隣に住んでいる者ですが……」
トントンと扉が叩かれる。
うちにインターホンなんて洒落た者はないし、うちの部屋の入り口にあるのは変な音のなるドアチャイムだけだ。しかも、ビンゴーンとポケモンの鳴き声のような機械の音を組み合わせて作ったような異音を立てる上に、壁が薄いのでアパート中の住人が自分の部屋だと勘違いしてでてきてしまう。
だからこのトントンと扉を叩くのが一番、無難ということをこのアパートの住人ならみんな知っている。
誰が来たかは分かっている。
だけれど、これが彼女のお決まりの挨拶なのだ。
念のためにドアスコープを覗くと、案の定、小さな円い硝子の向こうには一人の女性が立っていた。
ドアスコープで歪んだ世界でも彼女は美しかった。
彼女の名前は西野
七虹さんをみると大抵の男はこう感想を抱く。
『おっぱい大きい』
って。
だけれど七虹さんの魅力はそれだけではない。
艶やかなセミロングの黒髪に、華奢な体つき(胸以外)、顔だって黒目がはっきりとしたアーモンドアイに桜色の唇をもった美人。
どこからどうみても大和撫子。ただし、おっぱいについては通常イメージより増量中という感じだ。
俺が、ガチャリとドアを開けると彼女はタッパーを差し出して微笑む。
「あのー、作り過ぎちゃったんで、良かったら食べませんか?」
これが、俺たちの毎晩のお約束である。
七虹さんは料理がとても上手だ。
今まで何度も食べてきたから分かる。
俺はコクりと頭を縦にふって同意を示す。
「わあ、よかった。じゃあ、ハイ、どうぞ!」
七虹さんはそういって、俺に手にもっていたタッパーを差し出す。
なにやらとてもいい匂いがするし温かい。
すごく食欲がそそられる。
でも、そうじゃない。何をやっているんだ、俺。
今日こそ、彼女、七虹さんに伝えるって決めたんだろう!
俺は心の中で自分を叱責して、なんとか次の言葉を口にする。
「良かったら、その……うちで食べませんか? せっかくですし」
すると七虹さんは驚いたように瞳が大きく見開く。
「えっ、いいのですか? その、本当に?」
「……いいのです」
ロボットみたいな変な敬語で笑ってしまう。
まるで、小学生がバレンタインに告白をして、予想外にオーケーをもらえたときみたいな。お互いにちょっぴり気まずくて、くすぐったいような空気が流れた。
「お邪魔します」
七虹さんはそういって、俺の部屋に入ってきた。
玄関の中と外という関係と違って、甘い香りが強くなった。
これが、俺と彼女の最初の一夜になるのであった。
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