銀色の檻
ぺんぎん
銀色の檻
銀色の髪が揺れる。名前を呼べば、銀色の瞳が自分を映す。
「どうされましか? お兄様」
お兄様。ああ、そうだ。彼女は私の『妹』だ。
「いつ見ても綺麗だと思って」
白銀の髪と瞳を持つ一族。
その血筋を受け継いだ我が家も、例外なく銀色の髪と瞳を持っている。
中でも飛び抜けて美しい容姿を得たのが、私の妹だった。
「もう、お兄様ったら相変わらず私を喜ばせるのがお上手ですね」
妹は嬉しそうに笑う。
「ですが、お兄様こそ綺麗ではありませんか」
「綺麗……かい」
「はい、とても」
「こんなに、薄汚い色なのに?」
自虐的に自身の姿を見下ろした。銀色とは言い難い、どこまでも汚れた灰色の瞳と髪。どんな色の衣服を身に着けたとしても、浮いてしまう容姿。
銀色こそ至高と言われる一族では、私の姿は自信を失うには十分すぎる程だった。
皆美しい姿をしているのに、何故自分だけがと。
そんな容姿のせいか、はたまた自虐的な性格のせいか。
家族はおろか、一族の誰も自分に近づく者は誰もいない。
「私はお兄様が好きですよ」
妹だけが例外だった。一族の誰からも愛される妹は兄を愛していた。
「愛していますよ、お兄様」
妹に劣等感を抱いていない訳ではない。妬みの対象ですらある。
当たり前だ。欲しくて欲しくてたまらない愛情を、妹が独占しているのだから。
「大好きですよ、お兄様」
だが、私を愛してくれるのは妹だけだった。
家族愛に飢えていた私は、妹の愛に支えられて生きてきた。
依存していたのだ、実の妹に。
「それにお兄様が気にする必要はありません」
妹の笑顔はいたって無邪気だった。
「だって、」
両手を広げて、楽しそうに笑う。
「一族全員、もういないのですから」
いつもは着ない漆黒のドレスを身に纏う妹。
その足元では、一族全員、血を吐いて死んでいた。
今日は妹の誕生日であると共に、妹が一族の誰かと婚約を交わす大事な記念日だった。美しい妹が一族の誰かと結ばれ、子をなせば、更に美しい姿を持った子供が生まれると。
皆が口々に噂していた。
銀色に固執するあまり、血縁同士の婚姻は当たり前。
それが我が家の忌まわしき因習でもあった。
妹はこの婚姻を嫌がっていたが、一族の決定には逆らえない。
駄々をこねる妹だったが、前日になって急に従順な態度を示した。
「皆様、どうか私の誕生日には漆黒のお召し物を選んで来てください」
その条件に私を含めた一族は首を傾げたが、妹はにこりと笑って言ったのだ。
「銀色は漆黒の色にこそ映えるものですから」
誕生日の主役に望まれて、一族は皆、思い思いの漆黒の衣服を身に着けていた。
私も、妹も、全てが漆黒の色をしていた。
「皆様、今日は私の誕生日に来て下さり、有難う御座います」
儀礼的な挨拶の後、一族は各々好きなグラスを手に取った。
「お兄様、こちらを」
私は妹に渡されたグラスを手に取った。
「「乾杯!」」
グラスに口づけ中身を飲んだ瞬間、誰も彼もが息絶えた。
次と次と倒れていく中で、私は呆然と立ち尽くしていた。
妹は楽しそうに笑うだけ。
「これで大丈夫ですよ、お兄様」
靴を脱ぎ捨て、小さな足を赤色で汚しながら、妹は私に近づいた。
「お兄様、一族の誰もいません」
「……」
「お兄様が無理をする必要もありません」
「……」
「お兄様がご自身を傷つける必要なんてもうありません。」
「……」
「だから、お兄様は――」
「何故……」
「え?」
「何故、こんな……」
それ以上何も言えなかった。
「お兄様の為です」
妹は小首を傾げて笑う。可愛らしい仕草だった。
「これでお兄様が気兼ねする必要なんてないでしょう?」
そうではないと言えなかった。
美しい銀色の一族。
その銀色が赤に染まっていく様を見て、心のどこかで安堵した。
「お兄様」
「!」
呼ばれたら、我に返る。すると、妹が優しく私の頬を撫でた。
「結婚しましょう?」
妹は優しく微笑んだ。
「……知っているかい? 兄妹は結婚できない」
「ええ、知っています」
「だから、」
「だからお兄様、
妹は私を抱きしめた。壊れ物を扱うように、必要以上にそっと。
「幸い一族の遺産があれば、一生暮らしていけます」
「……」
「お兄様をこれ以上苦しませるものなんてありません」
「……」
「もしもあれば、私が排除します」
「……」
「ですから、私と――」
「ああ、そうだな」
じわりじわりと、何かが込み上げてくる。
一族が死に絶え、確かに安堵した癖に。
後悔なんて生易しい、罪悪感が押し寄せてくる。
妹にここまでさせた責任と、一族が死に絶えた恐怖心。
どこまでも中途半端で、純粋な感情だけではいられない。
そういう意味では自分には灰色がお似合いかもしれない。
「好きになれるかもしれない」
「え?」
「自分の灰色が」
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「……嬉しい」
妹は無邪気に笑う。その銀色の瞳の中に、
「私もお兄様が大好きですよ」
くすんだ灰色の自分が映って見えた。
銀色の檻 ぺんぎん @penguins_going_home
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