1章 1話 1969年 月面にて
人類が初めて空を見上げたのはいつなのだろうか?人類が初めてあの銀色に輝く星に興味を持ったのはいつなのだろうか?
2人乗りの月着陸船『イーグル』の中でニール・アームストロング宇宙飛行士は固い座席に座りながらそのような事を考えていた。自分が今いる地点は月面上高度9000フィートの地点。これからいよいよ今回の計画における最も重要なポイントに差し掛かろうとしていた。
「緊張していますか?ボス?」
アームストロングの横に同じように座りながら月着陸船のパイロットを務めているバズ・オルドリン飛行士が声を掛けてきた。
「いや、何故だかな。さほど緊張していないんだ」
「それは結構。これから高度計をよくチェックしててくださいよ。ここまで来て月面をお預けなんて事になっちまったらたまらない」
着陸船の中で、オルドリンとの冗談交じりの会話を行っているうちにアームストロングはあることに気づいた。
「まずいな」
「どうしました?」
「目標地点を通るのが若干早くなってしまっている」
アームストロングの目線の先にある高度計は予定より早く機体が月面に向かって降下している事を示していた。このままでは当初の着陸地点とは違う場所に不時着してしまう恐れがある。
「ヒューストン、問題発生だ。機体の効果が予想より早い」
アームストロングは慌てることなくここから約38万キロ離れたアメリカ合衆国、ヒューストン宇宙センターに現在の状況を呼び掛けた。それからしばらくしてヒューストンからの返信が返ってくる。
「イーグル、こちらヒューストンだ。恐らく機体の質量ポイントが関係していると思われる。大した問題ではないが、年の為機体の再チェックを行ってくれ」
「ヒューストン、こちらイーグル了解した」
アームストロングがヒューストンとの交信を終えた直後、またしても新たなトラブルが発生した。
「クソ、なんだこの警報は!」
オルドリンの腹立たし気な声が着陸船内に響く。
「落ち着けオルドリン、こいつは何の警報だ?」
「わかりません、ボス。ヒューストンに確認したほうが良さそうです」
ヒューストンからの回答によるとその警報は『予想の範囲内』にある物だったらしく、そのまま着陸を続行せよとの事だった。人類初の月面着陸には困難がつきものとは言え訓練では想定されていなかったトラブルが次々に押し寄せてくるのはあまりいい気持ちではない。
だがその月面はもう少し、今にも手が届きそうな距離にある。まるでタカアシガニの様な細長い着陸脚を持つ『イーグル』の船体は徐々に月面に近づいていく。あと15m……10m……5m……そして、船体をズシンという衝撃が襲った。
「着地灯が点灯した!」
オルドリンが声を上げた。
「エンジン停止。ACA解放」
オルドリンの声を聞いたアームストロングは着陸船のエンジンを停止させ、
ついに自分たちは月面に来たのだ。どこか現実感がなく、まるで夢の中にいる気分だったが、それでもプロの宇宙飛行士としてやるべきことを思い出したアームストロングはヒューストンに向けて交信を開始した。
「ヒューストン、こちら静かの基地、鷲は舞い降りた」
着陸から2時間半ほどが経過しただろうか。アームストロングとオルドリンの2人は
訓練時にはきちんと並べられていた機械類や機材が着陸船の中には乱雑に所せましと並べられていたおかげだ。それらの作業を終え、『イーグル』船内の減圧が始まった。
そして船外活動用のまるで中世の甲冑を思わせるようなEVA用の
その光景は『イーグル』側面に取り付けられていたカメラを通じて全世界にリアルタイムで中継されている。世界中の人間が固唾を呑んで一人の男性を見つめていた。そしてついにアームストロングの足が月面に到達した。
「とても細かい砂だ」
人類が初めて月面に到達した後の第一声だ。アームストロングは奇妙な感動を覚えていた。ついに自分はこの場所に、月面にやってきたのだ。コペルニクスが太陽中心説を唱え始め、ガリレオが望遠鏡を使い宇宙を観測し始めてから約400年。
ガガーリンが人類史上初めて宇宙に到達してから8年。サーベイヤー計画やオービター計画、先代のアポロ計画に参加した人員などを礎とし、ついに人類はここまでやってきた。
ふと空を見上げる。今月面の上空ではアポロ司令船に乗った3人目の飛行士、コリンズ中尉が独りぼっちで月の周回軌道を回っているはずだ。手を伸ばせばすぐ届きそうなところにある月面に、ここまで来て到達出来なかった彼の心境はいかほどの物か。
そう思うと胸の中に熱い物がたぎってくるのが感じられる。アームストロングの口から自然に言葉があふれ出していた。
「これは人間にとっては小さな一歩だが……」
彼は言葉を続けた。
「人類にとっては偉大な跳躍だ」
その言葉は遠く離れたヒューストンのNASA管制センターにも届いていた。管制センターの中は歓声で包まれる。管制センター内だけではない。世界中の家で、広場で、街角で。多くの人がこの言葉に感動し、月面にいる2人の男に賞賛を送っていた。
その一方、月面ではアームストロングに次いで人類で2番目に月の地を踏んだオルドリン飛行士が冷静にミッションを遂行しようとしていた。
「ボス、ではミッションを始めましょう」
オルドリンの一言にプロとしての使命感が頭をよぎった。そうだ、今は感動している場合ではない。自分たちを送りだしてくれた人たちやコリンズ中尉の為にもミッションを遂行せねば。
今回自分たちに与えられた主なミッションは月面の土壌や石などのサンプルを地球に持って帰る事、そして静かの海周辺の地形観測だった。機材が入ったハリバートン製のアタッシュケースはオルドリンの足元に置かれていた。
「ではまずこの周辺をぐるりと見て回ろう。EMUの酸素残量にはくれぐれも注意するんだ」
「了解、ボス」
2人は『イーグル』の周辺から離れ、未知なる大地へ向かい歩き始めた。地球の6分の1の重力とされる月面上では重いEMUも然程気にならない。まるでスキップするかの様に軽快に歩く事が出来る。
前方が丘の様になっており、そこから辺りを見渡す事が出来そうだ。そう考えたアームストロングは後方にいるオルドリンに向かって通信機で話しかける。
「前方の丘に上って周辺の地形を確認しよう」
後方のオルドリンから了解のハンドサインが返ってきた。2人はゆっくりと丘を登っていく。あと5mほどで登りきる事が出来そうだ。そしてついに2人は丘を登り切った。次の瞬間、2人は絶句した。
「なんだあれは……」
オルドリンが驚愕を隠せないような声で呟く。アームストロングは前方に広がる光景を見て衝撃のあまり声も出せずにいた。人類が月面に到着したのは今日が初めてのはずだ。
それに目の前のあれはソ連のボストークなどにも類似していない。つまり考えられることは一つだ。だがそんな事信じられるだろうか?アームストロングは意を決して震える手を抑えながらヒューストンに呼び掛けた。
「……ヒューストン、こちらアームストロングだ。問題発生。どうやら……信じがたい事だが、ここに来たのは我々が最初ではなかったらしい……」
2人の目の前に広がる光景、それは2人が乗ってきた『イーグル』とは比にならない大きさの、巨大な宇宙船らしき物体が横たわっている姿だった……
~続く~
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