第2話 人狼憑き





「起きろバカ犬、仕事に行くぞ……て痛てててて!寝ぼけて俺に噛みつくんじゃない!そいつはマジで洒落にならん!」




 佐三は寝ぼけたベルフに手を噛まれながら必死に起こす。人間の姿で寝てたから良かったものの、狼の姿であれば殺されていた。




「ああ、サゾーおはよう」


「おはようベルフさん。そして、おやすみ!!」




 佐三は一発仕返しにと右のストレートを打ち込む。しかしベルフに遊ばれるようにあしらわれてしまった。




「朝から元気だな。もう少し静かにできないのか」




 ベルフはそう言いながら部屋のカーテンを開ける。いつも寝床にしていたこの安い宿屋も離れるとなると少し寂しくなる。




「それで?今日からどうするんだ?」




 ベルフは佐三に向き直り尋ねる。




「花嫁を探すのはかまわんがギルドに入るのに既にお前はほとんどの金を使ってしまっただろう?流石に一文無しのお前の所に来る女はいないと思うが」


「馬鹿言うな。俺もそんなことはわかっている」




 佐三は噛まれた手に「ふーふー」と息をかけながら答える。




「まずはギルドに申請だ。非合法でやってた商売に肩書きを付けに行く」




 佐三は昨日のうちにまとめていた荷物を手に取り、部屋の戸を開けた。




「もう行くのか。あいつは行動だけは速い」




 そう言ってベルフはいつものようにボロの上着を羽織って、佐三に付いていった。


















「よし、これで申請は終わった」




 サゾーは商会所で商売の許可を取るための手続きをしていた。この世界の商人ギルドはギルドに入るのは非常に苦労するが、入ってしまえば定期的な上納金さえ納めておけば、あまり縛りをかけられることはなかった。




「これで北方でやっている流通事業は正式な商売として認められたわけだ」




 上機嫌に笑う佐三に対してベルフは納得のいって無さそうな顔をしていた。




「どうした?不機嫌そうな顔をして」




 佐三がベルフに尋ねる。




「いや、どうしてそんなものをありがたがっているのかと思ってな」




 ベルフは商会所にいる周りの商人の顔を眺めながら言う。ベルフにとって商人の連中は金に汚く、裏ではどんな非道なことも平気で行う連中である。それ故にその仲間入りをありがたがっている佐三に対してあまり快く思ってはいなかった。




「第一今まで咎められて来ていなかったのにわざわざ許可を取りに来て……。今まで通りギルドなんぞ無視して商売をすればいいのではないか」




 ベルフはふてくされたようにそう言う。気がつくと佐三は商会所にいる別の人間に笑顔で話しかけていた。




(フン。小汚い連中に挨拶回りか)




 ベルフはなるべくそちらには視線を向けないようにしながら商会所の端の方に行く。すると商人の一人がこちらに近づいてきた。




「クセえ。クセえなぁ。なんか獣の臭いがするぞ」




 その男はクスクスと笑いながらベルフに近づいていく。




「なあ、兄ちゃん。ここは小汚え獣人が入っていい所じゃないんだよ」




 男は酒を飲んでいるようで、その悪臭は人狼であるベルフには相当にきつかった。




 ベルフは黙って堪える。すると気に入らなかったのか、その男は今度はベルフの胸ぐらをつかんできた。




「おい、聞いてんのか!」


「………」




 ベルフは何も言わない。ここで何か反論しても自分、ひいては佐三の立場が悪くなるだけであることを知っているためである。




「ふん、腰抜けが。失せろ」




 男はベルフの顔をペチペチと叩く。そしてベルフの足下につばを吐いた。




 それでもベルフは黙ってその男の気が済むのを待っていた。




「待てよ、お前ひょっとして『人狼』だな」




 男がベルフの特徴に気付き、話す。


「そうかじゃあ噂の『人狼憑き』が来ているのか?だとしたら見物だぜ」


「………っ!」


「人間が相手にしてくれないから人狼を頼っている男がいるって……。よりによって一番信用に欠ける『人狼』を頼るとは。まったくこの世には想像もつかないバカがいるもんだ」


「貴様、それ以上馬鹿にすると許さんぞ」




 ベルフが小さく牙を覗かせる。その様子を見て周りの何人かが注目する。




(しまった。事を荒立たせてしまった)




 その時にはもう遅く、男はしたり顔であった。




 この世界において、すくなくとも人間社会においては獣人の立場は低い。その中でも人狼の立場は最も低く、市民権も付与されていない。




(まずい。サゾーに迷惑をかける)




 そう思っていたときだった。




「ウチの従業員に何かご用ですかぁ?」


「ぶべらぁっ!」




 どこからともなく現れた佐三の渾身の右ストレートはその男の顔に突き刺さる。男はよろめき顔を押さえる。




「なっ、な……」


「すいません。手が滑りました」




 サゾーはにこやかな笑顔でそう言う。男は周りの連中に「見たか、この男、俺を……」と訴えかけている。




「挨拶は済んだ。帰るぞ」




 佐三はベルフにそう言って、商会所を後にしようとする。




「いいのか?あんなことをして?」




 ベルフが佐三に尋ねる。




「あんなことをしたら、せっかくのお前の立場が……」


「あーね」




 佐三は「そんなことを考えてたのか」と言いたげに憎たらしい表情をする。




「あいつ、借金で首が回ってないんだってさ」


「どういうことだ?」




 ベルフは一体何のことなのか分からず佐三に聞き返す。




「つまり、だ。商会所にたいした金は入れてないってことさ」




 佐三は男が騒いでいる方を指さす。男は自分の被害を訴えているが誰も手を貸そうとはしていなかった。




「今正式にカネを納めている以上、ギルドに俺を裁くメリットはない。それに他の商人だって同じだ。今から事業を大きくしていこうっていう人間と、既に終わった人間。どちらを取った方がメリットがあるか、すぐに算盤勘定ができちまうのさ」




 佐三は「ニシシ」と笑いながら話す。ベルフが見てみると、佐三の言ったとおり男は誰も話を聞いてくれないので怒って商会所から出て行ってしまった。




「前にお前は商人を汚い連中と言ったな。あれはそんなに間違っていない」




 ベルフは佐三の言葉に少し驚きつつも聞き続ける。




「だが一番カネの前に公平だ。カネがあることが正義。カネを持つものは自分勝手が許される」


「それは……良くないことだ」




 ベルフの言葉に佐三は「さあな」とだけ答える。そんなものは価値観の違いでしかなかった。






「ただな」




 佐三は一言だけ加える。




「ムカつく相手を思いきりぶん殴れるんだ。カネを持つことも悪いことばかりじゃない」




 そう言いながら佐三は手を振って商会所の人々に挨拶する。そしてベルフに「行くぞ」とだけ言って商会所を後にした。




ベルフはその背中をしっかりと見ながら後をついていった。








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