異世界の愛を金で買え!
野村里志
第一章 猫の花嫁
第1話 花嫁を探せ!
俺はこの世を理解したと言い切るほど傲慢では無い。しかしある程度理解していたと自負していた。
俺は資本主義というものを比較的良く理解していた。故に資産家の家に生まれたことも相まって、財をさらに増やし、世界で指折りの資産家になるまで時間はかからなかった。
俺は組織というものを比較的良く理解していた。数々の企業を立ち上げ、時には支援し、数々のイノベーションを市場に起こしてきた。気がつけば自分の財閥は世界でも有数のグループへと発展した。
俺は人の欲というものを比較的よく理解していた。それ故に陥れようとする数多の人間の中から信用に足る人間を選別できた。
しかし、俺は親心を理解していなかった。親が求めていたものは、俺が求めていたものとまったく異なっていたのである。親は俺にグループの成長や富、栄華、権力といったものを求めてはいなかった。
親が求めていたもの、それは……
「『花嫁でした』ってか?ふざけてやがる」
「サゾー、何言っているんだ?」
俺は今、異世界にいる。
この世界に来てから二年くらい経った。二年くらいと言ったが断定はできない。何故断定できないかというとこの世界が一体何日で一年なのか分からないからだ。正確に言えることは少なくとも700回日が昇って落ちはしたことである。
言語は死に物狂いで覚えた。はじめ気がついたときには農家の牛小屋にいた。丁度人手が足りなかったみたいなので半年間働きながら住まわせてくれた。
冬を越えて人手が足りるようになってくると俺は村を離れ町へ出た。言語は必死に学んだおかげで話せるようにはなった。
それから一年半なんやかんやあって商人ギルドの一員としての手形を手に入れたのである。
「どうしたサゾー。ぼーっとして」
「いや、昔の苦労を思い出していてな。あとその肉は俺の分だ。勝手に食べるな」
佐三は目の前で肉を頬張る人狼の足に、机の下から蹴りを入れた。
「なんだけちくさい。せっかくギルドの一員になれたんだ。これぐらい許せ」
「これが八皿目じゃなけりゃそうしてた所だよ」
そう言って人狼から一部の肉を奪い返し、腹の中におさめる。彼の食費代が今のところ一番のコストになっている。
(サンクコストと割り切ってさっさと解雇してしまうか?)
佐三はそんなことを考えながら、これまでの道のりを思い出す。
始まりはよく分からない神を名乗る者との出会いであった。神の名を語る不届き者は歴史の中にも珍しくはない。そもそも佐三は神など信じていなかったため、話など聞いていなかった。
しかし気付いた時には見たことも聞いたこともない場所に来てしまっているとなるとその言葉を信じざるを得ない。
その神を名乗る者曰く、信心深い佐三の両親の願いを聞いて顕現したらしく、両親は佐三に生涯を共にする相手を望んだらしい。しかし人格的に問題のある佐三に現世で花嫁を見繕う事は難しいらしくこの世界に飛ばしたらしい。色々失礼な話である。
数多くの疑問や、この場所に関すること、そもそも佐三自体が夢を見ていただけ等色々な事を考えたが、二年の月日の間にどうでも良くなってきてしまっていた。
(人間の慣れというものは恐ろしいな)
佐三はそう思いながら目の前で美味しそうに食事をしている男を見る。男といってもどちらかと言えば雄である。
この男は人狼なのだ。
「あ、すいません。この料理もう二皿お願いします」
人狼は丁寧な口調で酒場の店員に注文を追加する。ここしばらく働かせすぎた代償か、異常な程食べていた。
この世界に来て驚いたことは多々あったが、佐三にとって一番驚いたことはその人間の種類であろう。とりわけ人間の容貌でありながら様々な獣の特徴を併せ持っている人種が多いことには驚いた。
従業員第一号であるこの人狼もそういった人種の一つである。
(こいつとは色々あったな)
佐三は酒を口に含む。かつて飲んでいた酒の方がずっと質が良く美味しかった。
「どうしたサゾー。飲まないのか?」
「ここの酒はどうもまずい。それにお前も飲みすぎて狼の姿になるなよ。あれは無駄にでかいからな」
この人狼は「人狼」だけあって、人間の姿と狼の姿になれる。人間の身体も十分に大きいが狼の姿になると全長は軽く五メートルは超える。
「お前、お前と言うが、サゾーには私の名を教えたであろう」
「わかったよ、ベルフ」
「うむ、それでいい。ところでこれからどうするのだ?当面の目標である商人の肩書きを手に入れたのであろう」
「ああ、それか」
佐三は酒をちびちび飲んで言う。
「そんなものは前提に過ぎん。金がなければ話にならん。しかし労働者などまっぴらごめんだ。だから二年かけてギルドの肩書きを買ったまでだ」
己達の利益のためだろう。商人達はギルドを作って、自分たち以外の商売を制限していた。いつの世も商人達の悪知恵は『独占』という同じ結末にたどり着く。
「じゃあどうするのだ?」
ベルフが尋ねる。佐三は「簡単なことだ」と前置きして答える。
「俺に見合う嫁を見つける」
しばらくの沈黙。その後小さく漏らすように「……それは無理だろう」とベルフが言った。
佐三は机の下でまたベルフに蹴りを入れる。今度は軽く蹴り返され、その痛みに悶絶した。
「待て、人狼の蹴りを洒落にならん」
佐三は悶絶し、足を押さえている。
「いいか、サゾー」
ベルフは優しく語りかけるように言う。
「俺はお前と一緒に行動するようになって日は浅いが分かることがいくつかある。まず第一にお前は致命的なほど人に優しくない。話も長い。自分勝手で他者を思いやらない。それに見た目から分かる悪人顔、俺が捕まっていた奴隷商と同じ顔つきだ。断言しよう女は付いてこない」
「お前助けてもらった身でよくそこまで主人の悪口が言えたな」
「その代わりもう何十回と命を助けてやったろう。護衛やめようか?」
「ぐぬぬ……」
ベルフはサゾーの批判の眼差しにもすまし顔で追加の酒を頼んでいる。
「だが重要なことを見落としているぞ、ベルフ」
「なんだ?」
「女は金に寄ってくるということだ」
ベルフはどこか諦めたようにため息をつく。しかし佐三はそんなこと気にもせずさらに続ける。
「この世に金で買えぬものはない。あるとすれば、それは金の使い方を知らないが故だ」
「そういう所なんじゃないか、問題は」
ベルフはそれ以上言うのを諦め、残りの皿を平らげてしまう。自分の雇用主が如何にダメ人間であっても今この時の空腹が満たされるのであればそれを良しとしよう。ベルフはそう考えることにした。
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