創造錬金術師は自由を謳歌する/千月さかき チラシ限定SS

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第1話

あらすじ

──────────────────


 帝国に住む少年トール・リーガスは、公爵である父の手によって魔王領へと追放される。

 しかし、魔王領に入った瞬間、トールの「錬金術」スキルは超覚醒。

 最強の錬金術スキル『創造錬金術』に変化したのだった。


 エルフ少女メイベルや魔王ルキエの信頼を得て、魔王のお抱え錬金術師となったトールは、

異世界『チキュウ』の勇者が残した「通販カタログ」という本を発見する。

 彼が、その本に載っていたものを再現してみたら、とんでもない効果を発揮して──


・「フットバス」をメイドの冷え性解消のために作ってあげたら、魔力循環が改善して超強力な魔術が使えるように!

・「簡易倉庫」を作ってみたら、なんと異空間に繋がる無限の収納に!



 ──勇者世界とはまるで違う、最強のマジックアイテムが次々に誕生してしまう。


 そしてトールは今日もまた、魔王領のために研究を続けているのだったが──




──────────────────




「トールさま。森林地帯に『魔獣コカトリス』が出現したという報告が入りました」


 俺が魔王領に来て数日後、部屋を訪ねてきたメイベルが言った。

 ここは魔族と亜人の領土にある、魔王城。

 その一角にある工房で、アイテムの研究をしている矢先のできごとだった。


「コカトリスって……石化の息を吐く強力な魔獣だよね」


『魔獣コカトリス』は巨大なニワトリの身体に、蛇の尻尾を持つ魔獣だ。

 性格は凶暴で、近づくものは問答無用で攻撃する。

 なにより恐ろしいのは石化のブレスだ。

 そのブレスを浴びて石になり、数年間元に戻れなかった人間もいる。

 近づくのは危険。遠距離攻撃で倒すにも、素早くて魔術が当たりにくい、厄介な魔獣だ。


「そのコカトリスです。森の中に巣を作ってしまったようですね」

「なるほど。それで魔王陛下は、その情報を俺に伝えるように言ったんだね」

「そうなのです。トールさま」


 メイベルは緊張したように、長いエルフ耳をぴん、と伸ばして、言った。

 彼女が急いで報告に来たということは、『魔獣コカトリス』の出現は魔王領にとって重大事件なのだろう。


「つまり、魔王陛下は──」

「はい。魔王陛下は──」


 俺とメイベルは顔を見合わせて、


「──俺に『魔獣コカトリス』対策のアイテムを作るように命じているわけだね?」

「──トールさまには、なるべく城から出ないようにとおっしゃっています」


 俺とメイベルの声が重なった。

 それから、メイベルは困ったような顔で、


「トールさまってば、本当にマジックアイテム作りがお好きなのですから」

「好きだよ。だって、錬金術師だからね」


 魔王領に来て、やっと自由に錬金術の研究ができるようになったんだ。

 できるだけ機会を見つけて、マジックアイテムを作ろうとするに決まってるじゃないか。


「『魔獣コカトリス』はエルフの魔術兵と、ミノタウロスの歩兵さんたちが討伐に行くことになっています。皆さん強い方たちですから、心配はいりませんよ」

「でもコカトリスって、かなり危険な魔獣だよね」

「それはそうですけど……」

「コカトリスを包囲した部隊が石にされて、回復まで数ヶ月という話も聞くからね。心配だよ」

「確かに石化は、治るまでに時間がかかりますものね」

「治癒術師が数人がかりで1ヶ月以上かかるもんな……」


 状態異常の中でも、石化は治癒しにくい。

 身体が石になると、回復魔術やポーションが浸透しにくくなるからだ。

 そのせいで治癒が難しい。石化スキル持ちの魔獣が恐れられる理由のひとつだ。


「だから、コカトリス対策のアイテムを作るのも、錬金術師の役目だと思うんだ」

「わかりました。トールさまがそこまでおっしゃるなら、お手伝いいたしますね」


 メイベルはうなずいた。


「そういえば、『通販カタログ』の中に、コカトリス対策に使えそうなアイテムがあったな」


 俺はテーブルの上に『通販カタログ』を広げた。

 本をのぞき込むメイベルは、不思議そうに首をかしげている。いつもと同じ反応だ。


 この『通販カタログ』に載っている写真と文字を、メイベルは読むことができない。少しずつ教えてはいるんだけど、やっと数字が読めるようになったくらいだ。

 ここに載っている文字が読めるのは、『創造錬金術』によって強力な鑑定能力を手に入れた俺だけだ。

 なぜなら、この『通販カタログ』は、勇者が異世界から持ち込んだ本だからだ。


 数百年前のこの世界では、人間と、魔王率いる魔族や亜人が戦いを繰り広げていた。

 きっかけは異種族同士が領土を広げる中で起こった小競り合いだ。

 それは事故のようなものだったけれど、年を追うごとに規模が拡大して……ついには人間の国と、魔王軍との全面戦争になってしまった。

 その戦いの中で人間たちは、切り札として異世界『チキュウ』から、勇者を召喚したんだ。


 勇者たちは最終的に、魔王軍を人間の領土から追い払った。

 その結果、人間の世界と、魔王領は分かたれた。

 大陸の大部分を占める人間の世界と──北の果ての地にある魔族と亜人の国『魔王領』に。


 その魔王領で、俺はこの『通販カタログ』を見つけた。

 おそらくこれは、勇者が召喚されたときに持ち込んだものだろう。


『通販カタログ』には、勇者の世界のアイテムと、その能力が掲載されている。勇者の世界のものだけあって、桁違いの能力を持つものたちが。

 俺は日々この『通販カタログ』を研究している。

 錬金術師として成長するためと、いつか技を極めて、勇者の世界を超えるために。


 そんなことを考えながら、『通販カタログ』のページをめくっていると──


「コカトリスに対抗できそうなのは……これかな?」


 ──俺は、とあるページで手を止めた。


「『害虫・害鳥対策アイテム特集』か」

「風船のようなものが写っていますね」

「これが鳥に効くみたいだよ。勇者の世界にも『コカトリス』がいるのかもしれないね」

「あちらの世界でも困っているのでしょうね。虫型や鳥型の魔獣は繁殖力が強いですからね」

「勇者でも根絶できないってことは、相当、強力な連中だろうな」

「勇者でも手こずる魔獣ということですからね」

「町や村を作るときには、どうしても虫型や鳥型の魔獣と出くわすからね。それは勇者の世界でも同じなんだろうな」


 魔獣が出没する世界では、田畑を切り開くのにも注意が必要になる。



『森を伐採するときは、樹上に鳥型の魔獣がいないか気をつけろ』

『田畑を切り開くときは、地下に虫型魔獣がひそんでいると思え』



 これらはこの世界でよく聞く、開拓者への警告だ。

『害虫・害鳥対策アイテム特集』なんて項目があるということは、勇者の世界でも同じような悩みを抱えているのかもしれない。


「でも、さすがは勇者世界だ。鳥型の魔獣に有効なマジックアイテムを開発したようだよ」


 俺は『害虫・害鳥対策アイテム特集』のページを指さした。


「この風船──いや、バルーンが『害鳥対策の決定版!』だそうだ」


 これだけ大きな文字で書かれているのだから、よほど強力なアイテムなのだろう。

 見た目はお祭りのおもちゃのようだけど……勇者世界のアイテムだからな。見た目でその能力を判断するのは危険だ。


 アイテムの名前は『害鳥対策の決定版「鳥避けバルーン」』

 黄色を基調とした大型のバルーンで、中央に黒い円形が何層にも渡って描かれている。まるで、巨大な目のようだ。

『魔眼』あるいは『邪眼』を模したものだろうか。


「この図形はもしかして……鳥型魔獣を排除するための魔法陣か?」


 異世界勇者たちは、この世界の者たちが知らない超絶魔術を扱っていた。

 この『鳥避けバルーン』にも、俺たちの知らない魔法陣が描かれていてもおかしくはない。


「しかしトールさま。魔法陣にしては単純すぎます」

「確かに、目を模した図形が描かれているだけのようにも見えるね」

「……はい」

「たぶん、これにも意味はあるんだと思うよ。商品説明を読み上げるから、よく聞いて」


 写真の下に書かれた説明文を、俺は声に出して読んでいく。


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『鳥避けバルーン』



 この『鳥避けバルーン』は、害鳥対策の決定版です!


 畑や田んぼ、家までやってくる鳥に悩まされてはいませんか?

 この『鳥避けバルーン』で、安全空間を作りましょう!


 当社は長年の研究により、鳥たちが最も恐れる模様を開発いたしました。

『鳥避けバルーン』に描かれているものがそれです。

 我々が害鳥退散の祈りを込めて、ひとつひとつ、手作業でその模様を描いております。


 効果はすでに実験済み。

 この『鳥避けバルーン』の眼光に射すくめられた鳥たちが、逃げ惑うのが確認されました。

 恐れて二度と近づかない者、おどろきのあまり動けなくなる者さえいたのです。

 立ち会った専門家も、その効果に拍手してくださいました。

(実験は限定的な環境で行われております)

(効果には差があります)

(専門家が効果を保証するものではありません)


 皆さんも『鳥避けバルーン』で、害鳥に悩まされない生活を送りましょう!


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「安全空間──つまり、結界を作るアイテムってことだね」

「目玉型の魔法陣で『畏怖』の状態異常を起こさせるということですね」

「祈りを捧げるのは、バルーンに魔力を込めるためだろうね」

「でも……不思議です」


 メイベルは『通販カタログ』から顔を上げて、俺の方を見た。


「どうして異世界から召喚された勇者は、この世界で『鳥避けバルーン』を使わなかったのでしょうか? これがあれば亜人──ハーピーを無力化できたはずです。魔王軍の戦力を削ぐこともできたと思うのですが……」

「たぶん、戦術的な問題じゃないかな」

「戦術的な?」

「第1の問題として、戦闘中にこのバルーンを掲げてしまったら、敵に自分の居場所を知らせることになる」

「──あ」


 メイベルが目を見開いた。


「た、確かに。これを設置すればハーピーを無力化できるかもしれませんけれど……こちらの居場所や移動経路を教えることになりますね……」

「そうだね。第2に、これを使うということは、空からの攻撃に弱いということを、敵に教えることにもなる。でなければ、使う必要がないわけだから。だとすると──」

「使ってしまったが最後、鳥型以外の亜人や、空を飛ぶ魔獣……たとえばドラゴンなどに空から襲撃される、ということですか?」

「そうだね。だからこのアイテムは、戦闘に使うにはリスクの方が大きいんだ」


 実際に使っているところをイメージすると、わかる。この『鳥避けバルーン』は、大規模戦闘には向かない。空を飛ぶ亜人や魔獣の集団を避けることができるメリットと、自分の居場所と弱点を知らせるデメリットを比較すると、デメリットの方が大きい。


「だから、これはあくまでも魔獣対策用のアイテムだね。設置型のトラップとしては使えても、人間同士や、魔族や亜人との戦いには向かないと思うよ」

「あくまで害鳥対策用ということですね」

「そうだね。だから気軽に使ってもらえると思うんだ」

「納得しました」


 メイベルはうなずいた。


「では、私もお手伝いします。この『鳥避けバルーン』を作ってみてください。トールさま」

「わかった。それじゃ、始めようか」


 俺はスキル『創造錬金術』を起動した。

『創造錬金術』は魔王領に来たことで覚醒した、究極の錬金術スキルだ。

 素材を組み合わせ、好きな属性を付与してマジックアイテムを作り上げることができる。

 この世界では、相当強力なスキルだけど──


「……それでもまだ、俺は勇者の世界には及ばないんだよな」


 俺に作れるのは、勇者世界のアイテムのコピー品くらいだ。

 今はそれでいい。

 少しずつ勇者世界の技術を学んで、いつか、オリジナルのすごいアイテムを作り上げよう。


「まず、必要な素材は布だな。それと、バルーンをつなぎとめるための紐。それを『創造錬金術』で変化させて、バルーンの原型を作ろう」

「私は素材を用意しますね」

「お願いするよ。あとは魔石も必要だね。このバルーンは空中に浮かせる必要があるから──」


 俺は『通販カタログ』を見ながら、作成手順を考えていく。

 イメージする。

 勇者世界で『鳥避けバルーン』が、すさまじい能力を発揮しているところを。

 それに必要な素材と能力。魔力──魔石──属性は──


「浮遊し続けるためには空気の流れを調整しなければいけないから、『風の魔石』が必要だ。あとは強度アップのために『地属性』を追加して、っと」


 問題は、鳥の魔獣を射すくめるほどの『眼光』をどうやって生み出すかだ。

 そうだな──素材に『光属性』を付与して、さらに『光の魔石』を追加しよう。

 近づくものがいたら、強力な閃光を放つようにすればいい。それで『眼光』と言い張ろう。


「いや、それじゃ足りないか」


 昼間に『コカトリス』に遭遇した場合、太陽光に『鳥避けバルーン』の『眼光』が負ける可能性がある。

『眼光』で確実に鳥の魔獣を畏怖させなければ意味が無いんだ。


 ……光を目立たせるためには──闇が必要だな

『闇属性』と『闇の魔石』を組み込んで、強力な暗黒空間を発生させるようにしよう。


 まずは闇で相手を包み込み、闇に相手の目が慣れた瞬間、強力な光を発生させる。

 その後に強烈な閃光──つまり『眼光』で、鳥の目を射貫く。


 そうすれば商品説明にあるような『「鳥避けバルーン」の眼光に射すくめられた』状態が作り出せるはずだ。

『通販カタログ』にも「実験は限定的な環境で行われております」って書いてあるもんな。それが暗闇だとしたら、『眼光』が威力を発揮するのもわかる。


「メイベル。魔石は風と光と闇のものを用意して」

「は、はい。トールさま」

「バルーンを浮かせるだけだから、『風の魔石』はひとつでいいよ。闇と光は……2つずつ組み込めばいいね。できるだけ強力にしよう」

「わかりました!」

「それと、鳥の羽ってある?」

「あります。倉庫の方に、羽のついた髪飾りがあったはずです」

「じゃあ、それも持って来て。鳥の素材を組み込めば、似たものに反応するようにできる。そうすれば鳥や鳥型の魔物が近づいたときに効果を発揮するはずだ」

「はいっ!」


 メイベルが倉庫の方に駆け出す。

 俺はスキルを使って、布をバルーンの形に整えていく。目の部分は『闇属性』を濃くすることで黒く染めて、『通販カタログ』にのっているような眼球に変えて──っと。


 ……おっと。

 調子に乗って作ったら、大量のバルーンが出来てしまったけど……まぁいいか。

 多い方がその分『魔獣コカトリス』が引っかかりやすくなる。

 余ったら魔王領の田んぼや畑で鳥避けに使ってもらおう。


「それじゃ実行『創造錬金術』!」


 布製のバルーンに、魔石が溶け込んでいく。

 さらに、俺はバルーンに『風属性』『地属性』『光属性』『闇属性』を付与する。

『風属性』は布を空気のように軽く、『光属性』は光を通しやすく、『闇属性』は闇に溶け込むようにしてくれるはずだ。


「すごいです。バルーンが、勝手にふくらんでいきます!」

「『風の魔石』の効果だよ。なにもしなくても空中に浮かび続けるようになってる」


 俺とメイベルのまわりに、8つのバルーンが浮かび上がる。

 色は黄色。表目には巨大な、黒い目玉のような魔法陣。

 これが勇者世界風『鳥避けバルーン』だ。



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『鳥避けバルーン』(レア度:★★★★☆)

(属性:光・闇・地・風)


 光属性と光の魔石により、強力な発光能力を持つ。

 闇属性に闇の魔石により、周囲に闇に包まれた空間を作り出す。

 地属性により、強度上昇。

 風属性と風の魔石により、永続的な浮遊能力を持つ。


 勇者世界の『鳥避けバルーン』を元に制作されたもの。

 中央に黒い眼球が描かれた風船で、鳥型の魔獣が近づくと反応する。

 対象を闇空間に包み込んだあと、すさまじい発光能力『眼光』で目を射貫く。

 それによって鳥の視力を完全に奪うことができる。

 なお、闇と光は目玉の方向にしか発生しないため、背後にいる者には影響がない。


 物理破壊耐性:★★★(魔術で強化された武器でしか破壊できない)

 耐用年数:6ヶ月(定期的に魔石を交換してください)


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「……できた」

「できましたね」


 とりあえず『鳥避けバルーン』は8個できた。

 次は性能実験だけど……。


「考えてみたら。これって鳥にしか反応しないんだよな」

「そうですね」

「で、俺は今、陛下から城の外に出るなって言われてるんだよね」

「……そうでしたね」

「実験、できないね」

「困りましたね……」

「しょうがないな。現場の兵士さんに渡して、試験的に使ってもらおう。そのあたりを陛下と宰相閣下に話をしてみるよ」

「そうですね。『魔獣コカトリス』がいそうな場所に設置してもらえば、効果もわかると思います」

「それじゃ魔王陛下に謁見するための予約を取ってもらえる?」

「承知しました」


 そうして、俺は魔王陛下に『鳥避けバルーン』のプレゼンテーションをした。

 魔王ルキエは「むむむ」と首をかしげていたけれど、結局、使ってくれることになった。

『魔獣コカトリス』は強力な魔獣だから、できるだけ色々な対策をしておこう、ということみたいだ。


 そうして『鳥避けバルーン』は『魔獣コカトリス』がいる森に設置されることになったのだった。





 ──数日後、『魔獣コカトリス』が棲息する森で──





「ミノタウロス部隊は前に出すぎだ! 石化の息にやられるぞ!!」

「可能な限り犠牲を避けるというのが魔王陛下の命令だ。無茶はするな!」

「「「りょうかい!」」」


 エルフの魔術兵とミノタウロス部隊は森を脱出した。

『魔獣コカトリス』の居場所は突き止めた。だが、討伐することはできなかった。

 今日はまだ様子見だ。それに、戦うには場所が悪すぎた。


 ここは昼間も薄暗い、深い森。

 しかも『魔獣コカトリス』は森を知り尽くしている。

 奴は木々に隠れ、素早い動きで兵士たちを翻弄していた。

 遠距離攻撃をしようにも、木々が邪魔で矢は届かない。魔術も当たりづらい。

 包囲し、犠牲を覚悟で突進するという手もあるが、それは最終手段だ。

 それに魔王ルキエと宰相ケルヴからは、長期戦になってもいいから安全に戦うようにという指示が出ている。現場の兵士たちも、それに賛成していたのだったが──


「エルフの隊長、どの」

「なにかな。ミノタウロス部隊長どの」

「とぉるさまのアイテムを、使うべき」


 真剣な表情で、ミノタウロスの隊長は力説する。


「あれか……」


 対照的に、エルフの隊長は首をかしげている。


「しかしあれはただのバルーンだろう? それも、まだ試験段階と聞いている。効果があるかどうか疑問なのだが……」

「今日の戦いで、こかとりすの通り道が、わかった。ばるーん、使うにはちょうどいい」

「まぁ、やってみるのは構わぬのだが」

「では?」

「では、全員で『魔獣コカトリス』が通りそうなところに『鳥避けバルーン』を仕掛けるのだ! それが終わり次第、キャンプ地に戻るぞ!」


「「「オオオオオ──っ!!」」」


 エルフの魔術兵と、ミノタウロスの歩兵たちが声をあげた。

 エルフの魔術兵たちは納得いかないような顔で──


「しかし、ただのバルーンですよね?」

「まぁなぁ。でも、あの錬金術師どのは規格外だからなぁ」

「あの錬金術師どのの仕事だ。やってみよう」


 ミノタウロスの歩兵たちはうれしそうに──


「また、あの錬金術師さまの技が、みられる」

「とぉるどのの作ったものだ。まちがいはないはず」

「どうなるのだろう……たのしみ」


 そうして森に『鳥避けバルーン』を仕掛けたあと、彼らはキャンプ地へと戻っていったのだった。





 その数時間後。


『コッコッコッ。コギィエエエエエエ!!』


 木々の間から、巨大なニワトリが姿を現した。

『魔獣コカトリス』だ。

 体表には鱗が生えている。尻尾は蛇の形をしていて、口からは黄色い息を吐いている。

 その息を浴びた虫は石化し、地面に向かって落ちていく。


『コッコッ、ギィエエエ』


『魔獣コカトリス』は赤黒い目で、周囲を見回す。

 兵士たちの姿は見当たらない。

 魔獣といえども知恵はある。周囲にいるのが敵か味方か、脅威か獲物かの区別はつく。

 ここ数日、森のまわりにいた兵士たちは脅威だった。

 だから、その間、獲物を探すことはできなかった。だが、奴らはもういない。


 外に出る時期──コカトリスはそう判断する。

 兵士たちは知らないが、『魔獣コカトリス』は十数日前から、この森をテリトリーにしていた。そのため、森の中の獲物をほぼ、食い尽くしていたのだ。

『魔獣コカトリス』は鱗の生えた、巨大なニワトリだ。その腹を満たすには多くの食料がいる。そのためには、外に出なければいけない。


 街道の近くには村がある。魔獣はそれを、経験的に知っている。

 そこには家畜もいる。十分、腹を満たすこともできるだろう。

 いや、家畜でなくてもいい……魔族でも亜人でもいいのだ。

 口に入れれば腹は満たせる。抵抗するなら石化して砕いて、細かい石にしてから飲み込めばいい。


『…………コココ。ギギギ』


 そうして彼は、森の外へ。

 村があると思われる方向に向かって奔りだしたとき──


〈ギロリ〉


 森の出口にあったバルーンが、魔獣を見た。

『魔獣コカトリス』は反射的に警戒態勢を取る。

 だが、目の前にあるのは風に揺れる、丸いものだ。

 生き物ではない。攻撃もしてこない。

 相手が脅威でも獲物でもないことを確認して、『魔獣コカトリス』はそのまま森の出口へと向かい──


〈──フォン〉


 次の瞬間、周囲が暗闇に包まれた。


『コケーッ!? ギギギギッ!?』


『魔獣コカトリス』が絶叫する。

 時刻は昼間。まだ日は落ちていない。なのに暗闇。

 驚いて目を見開くと──



〈──カッ!!〉



 強烈な光が『魔獣コカトリス』の目を灼いた。



『ギィアアアアアアアアアアア!!』



 予想外の攻撃。近距離からの閃光。

 完全に視界を封じられ、恐怖におびえた『魔獣コカトリス』は──バルーンがあるのとは逆方向に走り出す。

 とにかく、逃げなければ。

 魔獣の本能に任せて『魔獣コカトリス』は必死に足を動かす。目は見えない。木の枝や木の葉──それと、紐のようなもの・・・・・・・が身体に引っかかったけれど気にしない。

 とにかくあの目玉から遠くへ逃げなければいけない。

 あれは恐ろしいものだ。

 鳥の本能でわかる。なんとしても、あれの視線が届かないところへ──



『……コケ。コゲェ』



 ──その後、十数分走り続けて、ようやくコカトリスは足を止めた。

 回復した視界で、まわりを見ると。



〈ギロリ〉



 目の前に、黄色い風船の目玉があった。

 周囲が、闇に包まれた。



『ギァ!? コッコギィアアアアア!!』



 絶叫しながら、コカトリスは走り出す。

 自分の首に、別の場所に設置されていたバルーンの紐が絡まっているのも気づかない。

 兵士たちは今日の戦いで、『魔獣コカトリス』の通り道をチェックしていた。

 彼らは最適な場所に、『鳥避けバルーン』を設置したのだ。


 視界を奪われた『魔獣コカトリス』が走るのは、危険の少ない慣れた道。

 そこに設置された『鳥避けバルーン』に引っかかるのは、当然のことだったのだ。

 そして──


〈────カァッ!!〉

『ギィア! コケ────ッ!!』


 再び閃光が、『魔獣コカトリス』の目を灼いた。

『魔獣コカトリス』は走る。パニック状態で、理由のわからない恐怖に駆られて突っ走る。

 その身体に、恐るべきバルーンをくっつけながら。


 光に目を灼かれて、闇に包まれて──終わらないサイクル。

 そうして『鳥避けバルーン』を引っかけたまま、走り続けたコカトリスは──




「「「……死んでる」」」




 翌朝、様子を見に来た兵士たちが見つけたのは、力尽きて息絶えたコカトリスだった。

 呼吸は完全に絶えている。石化の息を吐くことは、もうない。

 特筆すべきは、『魔獣コカトリス』の断末魔の表情だった。

 目を限界まで見開き、舌を突き出して──まるで、とてつもない恐怖に出会ったような顔だった。


「……強力な魔獣が……手を下すまでもなく死んだ、だと……?」

「……これが……『鳥避けバルーン』の効果なのか?」

「……なにが起きたのだ。頼もしいけれど……恐ろしい」


『魔獣コカトリス』の首には紐が巻き付き、身体の上では『鳥避けバルーン』が浮いている。

 数は3つ。

 息絶えた魔獣がどんな目に遭ったのかを想像して、エルフの魔術兵たちは震えるばかりだった。


「……さすがはとぉるどの」

「……バルーンは、魔獣を見つけ出すためのものでも、あった」

「……なんという心配りだ。これが、魔王領の錬金術師……」


 そしてミノタウロスの歩兵たちも、錬金術師トールのアイテムの威力に震えていたのだった。






「──という報告が入っております。魔王陛下」

「また、とんでもないものを作りおったな……トールは」


 ここは魔王城の玉座の間。

 玉座についた魔王ルキエ・エヴァーガルドは、宰相ケルヴの報告を受けていた。


「現地にハーピーは近づかぬように厳命しておったのじゃろうな?」

「もちろんです。トールどののアイテムの威力は、このケルヴもよく知っておりますから」

「余もそれはわかっておった。じゃが、まさか『魔獣コカトリス』を衰弱死させるとは……」


 現地には『魔獣コカトリス』が一晩中走り回った痕跡が残っていた。

 奴は『鳥避けバルーン』の閃光に怯えながら、眠ることもできずに全力疾走を続けたのだろう。

 どれだけ恐ろしい思いをしたのか──思わず魔獣に同情しそうになる。


「それで陛下。『鳥避けバルーン』の扱いですが、今後どういたしましょうか」


 宰相ケルヴはひきつった顔で問いかける。


「トールどのからは『田畑の荒らす鳥を追い払うのに使ってください』と申請が来ておりますが」

「魔獣コカトリスを殺せるアイテムを、そこいらの田畑に設置できるものか」

「なお、追伸で『眼光発生機能を取り外したら使ってくれますか?』とあります」

「……余の心理を読みおったな。あやつめ」


 魔王ルキエは仮面の奥で苦笑い。


「まったく、トールには敵わぬ。そういうことであれば『眼光発生機能』を取り外した試作品を提出せよと伝えよ。安全性が確認されたら、人気の少ない田畑での試用を許すとな」

「承知いたしました」

「それにしても、恐るべきは勇者の世界よ」

「トールどのによれば、『通販カタログ』には、勇者世界の田畑に『鳥避けバルーン』が大量に設置されている写真があったそうです」

「『魔獣コカトリス』を死なせてしまうマジックアイテムを大量に、か。おそらく勇者の世界には、同様の魔獣が大量に生息しておるのじゃろうな。そんなものと戦っていたのなら、召喚された勇者が強かったのもうなずけるというものじゃ」

「……あの、陛下」

「なんじゃ、ケルヴよ」

「以前に申し上げた通り、宰相の家系は代々、過去の口伝を受け継いでいるのですが──」


 宰相ケルヴは頭を抱えて、


「勇者と接触したことのある祖先によれば、彼らの世界は食糧が豊富だったそうなのです。『鳥避けバルーン』のような、魔獣を衰弱死させるアイテムが必要だったとは思えないのですが……」

「逆に考えるべきじゃな。ケルヴよ」


 魔王ルキエは重々しい口調で、


「勇者たちだからこそ、魔獣におびやかされることなく田畑を管理できていたのではないか? 強力な勇者たちがいる場所のみが食料豊富で、他の場所ではコカトリスのような魔獣におびやかされていた。それゆえに『鳥避けバルーン』が必要だったとも考えられるであろう」

「……そうでしょうか?」

「いずれにせよ『チキュウ』──勇者の世界は、我らが想像もつかぬ場所だったのだろうよ」

「そうかもしれませんね」

「とにかく『鳥避けバルーン』が『魔獣コカトリス』を倒すほどの力を持っていることは確かじゃ。勇者世界にそのようなアイテムが存在することは、受け入れねばなるまい」


 勇者世界のことを想像したのか、魔王ルキエの声はかすかに震えていた。


 かつて、魔王たちを北の果てに追いやった勇者。

 その勇者たちを異世界から召喚した、この世界の人間たち。

 それらは今でも魔族と亜人にとって、畏怖すべき──あるいは尊敬すべき存在だったのだ。


「やはり魔王領は『人間に学ぶ』ことを続けねばならぬな。再び勇者が召喚されぬとも限らぬし、トールほどの錬金術師が、他にも存在せぬとも限らぬ。我らは人間の文化や技術に学び、成長し続けねばならぬのじゃろうよ」

「同感です。ところで、陛下」

「なんじゃ、ケルヴよ」

「本当にトールどのほどの錬金術師が、他にも存在するとお思いですか?」

「技術だけならおるかもしれぬじゃろ?」

「技術だけなら、ですか」

「トールのすごさは、物事の本質を見抜く力じゃよ。『通販カタログ』などという本一冊から勇者世界について分析し、規格外のアイテムを作ってしまうのじゃからな」

「……確かに、そうですね」


 しばらくの間、玉座の間に沈黙が落ちた。

 魔王ルキエと宰相ケルヴ──魔王領の重要人物2人、同じ人物のことを考えていた。


 宰相ケルヴは、トールが魔王領に来てから作ったアイテムのことを思い浮かべ──頭を抱えた。

 魔王ルキエは、トールが魔王領に来てから──自分との間で起きたことを思い浮かべて──


「では、余はトールと話をしてくるとしよう」


 不意に、玉座から立ち上がった。

 彼女の身を包むローブと仮面に触れ、困ったかのように首をかしげて、


「あの者には、言ってやりたいことが山のようにあるからな。すまぬがケルヴよ、後を頼む」

「お願いいたします。陛下」


 宰相ケルヴは反射的に、床に膝をついた。


「私もトールどのには色々注意したいこともございます。どうか、陛下からもあの方に言ってやってください」

「うむ。改めて言い聞かせてやろう。あやつがこの魔王領に来てからしでかしたことと、それが魔王領と──余をどんなふうに変えたのかをな」

 

 仮面の奥で不敵な笑みを浮かべながら、魔王ルキエはそんなことをつぶやいたのだった。



 こうして、トールが作った『鳥避けバルーン』は、改良後に魔王領で採用されることになり──

 魔王ルキエは、錬金術師トールと、その世話係であるメイベルの元に向かった。


 そうして3人はお茶を飲みながら、今回のアイテムと魔王領での日常について、話をすることになるのだった。


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創造錬金術師は自由を謳歌する

故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました

著:千月さかき イラスト:かぼちゃ 

発売日:5/8(土) レーベル:カドカワBOOKS


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