第246話、予兆(本兆)

 溢れが起こる予兆が無いと言っていた日から、また数日が経った。

 けれどアレからも変わらず溢れる予兆は無いらしい。

 もしかしたら今年は本当に起きねえのかもな、何てギルマスさんは言っていた。


「安全は、良いと、思うんです、けどね?」

『傭兵達の生活を守る身としては、そうとばかりも言えんのだろうさ』

「ですか・・・」


 世の中はやっぱり難しい。私の様に単純では問題がいっぱいあるのだろうな。

 一番の問題は、そんあ私が何も考えなくて良い生活をさせて貰っている事だと思う。

 ただそういった類の事を口にすると、大体誰かに叱られるのだけど。


 私が何もしてなかったら、大半の人は何もしてない、と。


 これに関してはガライドも注意側だったから、私に味方は一人も居ない。

 私本当に何もしてないのにな。毎日鍛練して、合間に魔獣を食べてるだけだ。

 闘技場という仕事も増えたけど、それこそ殆どやらないしなぁ。


「私が、戦うのも、一番後ろ以外、駄目だって、言うし・・・不安」

『確かにグロリアにとっては厳しい指示かもしれんな。だが私は丁度良い鍛錬になると思っているぞ。むしろグロリアにとっては大分貴重な時間になるだろう』

「そう、なんですか?」

『ああ。グロリアは接近戦に特化しており、人を補助するのに向いていない。その点を考えると後方配置はおかしな話ではない。だが今のグロリアには、後方でも出来る事が有るだろう』

「・・・砲撃、訓練、ですか?」

『その通りだ。全体を見て危険な所だけを判断しての援護射撃。良い訓練になると思うぞ?』


 確かにそれは良い訓練になりそうだ。遠距離攻撃にはまだ不安が有る。

 それに人の補助という点も、確かに私には普段ない仕事だ。

 どちらも出来る様になれば、もっと皆の役に立てるかもしれない。


「でも、誤射が怖い、です」

『させんさ。安心しろ』

「・・・わかり、ました。お願い、します」

『うむ』


 そんな約束をして戦う覚悟を決めた翌日、溢れの予兆らしきものを観測したと報告が入った。

 まだ確定ではないけれど、このままであれば予定通り今年も溢れが有ると。

 その報告がギルド内でされると同時に、今からこのギルドは半分お休みになる。


 溢れの時期は溢れのみに注力する。それがこの傭兵ギルドの何時ものやり方らしい。

 その代わり報酬を多めにしているらしく、だからこそ傭兵達も体を張るのだと。

 相応の報酬を得る為に、相応の危険を冒して、この土地の傭兵は生きて行く。


 そんな彼らがギルドを出て壁に向かうをの見送ると、フランさんがお茶を持って来てくれた。


「グロリアちゃんは伝えてた通り、砦に居る時でも基本は後方待機ですからね?」

「はい・・・フランさんは、どうするん、ですか?」

「私はこっちで寂しく事務仕事でーっす。姐さん方も前線に出る時が有りますから。ふふっ、何ならグロリアちゃんも受付嬢になりましょう・・・大人気美少女受付嬢に・・・!」

『受付嬢グロリアか・・・うむ、良いな』

「だ、だめ、ですよ!?」


 私に事務仕事を期待されても困る。簡単な事しか出来ないもん。

 四則演算だって最近やっと間違いが少なくなってきた程度なのに。

 何より未だ難しい文字は間違えるから、仕事が出来る程じゃないと思う。


「ちぇー、駄目ですかー。良いと思うんですけどねー」


 フランさんはつまらなさそうに唇を尖らせながら、カウンター奥へと引っ込んでいく。

 私にお茶を淹れる為だけに来てくれたらしい。いや、勧誘は本気だったのかも。


「ずず・・・はふぅ」


 今日もフランさんのお茶は美味しい。私の淹れ方と何が違うんだろう。

 なんてポヤッとしていると、もう職員として完全に馴染んだお爺さんが荷物を纏めていた。

 気になって様子を見ていると、彼も軽く武装して出て行こうとし始める。

 一体何をと驚き、けれど言葉より先に体が動いていた。


「―――――っ」

「おぉ!? ど、どうしたのかね、お嬢さん」


 お爺さんの前に立ちふさがると、彼は私の出現に驚き仰け反る。

 けれど驚いたのはこっちだ。武装して一体何をしようというのか。


「お爺さんが、行っても、危ない、だけ、です・・・!」

「・・・ああ、成程。すまない、勘違いさせたかな。私は勉強の為に後方から見学させて貰う予定だ。前線に出て戦う訳じゃない。命を捨てる様な事はせんよ」

「あ・・・そ、そう、でした、か」

「ああ。安心したかい?」

「・・・はい、すみません、でした」

「いいさ。心配してくれてありがとう」


 お爺さんは私の頭を撫でると、その言葉通り砦に向かって行った。

 ただ傭兵さん達と違って、お爺さんなりの少し急ぎ足程度のペースで。

 その様子を見送っていると、ギルマスさんが隣に立って同じ様に見送りに来た。


「・・・あの爺さんも物好きだよな。行かなくても良いのに、前線が見てえなんてよ」

「お爺さんの、要望、なんですか?」

「ああ。溢れってのが、どれだけの物かこの目で見てえってな」

『・・・奴も奴なりに、思う所が在るのだろうな』


 そうか・・・お爺さんが行きたいなら、どう在れ止めるべきではなかったのかもしれない。

 きっと今のお爺さんなら、ただ無駄に危ない事をするつもりはないのだろう。

 もし彼がまた無暗に命を捨てるつもりなら、私よりもガライドが止めていたはずだ。


「私も、行っても、良いですか?」

「ん-・・・いやだが、うーん」

『グロリア、戦いは出ない。前線が崩壊しない限り砦の中に居ると告げると良い』

「前線が、崩壊しない、限り、外に、出ません」

「・・・解った、行ってきな。グロリアの顔を覚えてねぇ兵士なんて居ないだろうし、遊びに来たって理由でも入れてくれるだろ。くれぐれも、あの爺さんの事頼むな」

「はい、ありがとう、ございます!」


 ギルマスさんにお礼を言って、カップをフランさんに返してからギルドを出る。

 お爺さんはまだ見える距離だ。走ればすぐに追いつく。よし。


『・・・グロリアにとっては、祖父の様なものを得た感覚、なのかもしれんな』

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