第231話、試合開始

 外の歓声が凄い。お客さんが沢山居るのが、ここまで良く解る。

 むしろ解るようにしているのかもしれない。選手に向けてこれだけの人が来ていると。

 その声が大きくなったり、静かになったり、殊更大きくなったりを繰り返している。


『どうやら今の試合は、良い勝負をしている様だな』

「そうなん、ですか?」

『一進一退、という所の様だ。長くなりそうだな。見に行くか?』

「・・・いえ、行かない、です」

『そうか、解った』


 ガライドは素直に受け入れてくれて、けれどこれが私の我が儘なのは解っている。

 彼は事前に私へ対策を告げていた。事前に選手を調べておこうと。

 けれど私はそれを拒否して、事前の情報を一切なしに挑む気でいる。


「そうでないと、主人に、あの人に、勝てない・・・!」


 それが私の結論だ。事前に出来る事を増やす事も、力を付ける事もやる。

 けれど戦う相手の事を調べ上げていては、あの人には絶対に勝てない。

 予備知識なしでの対応能力。あの人に勝つには、そちらの方が大事だ。


 ならこの闘技場の戦いは、その為の良い予行練習になる。

 ガンさんの様な人が一人でも居れば、それだけで私はきっともっと強くなれる。

 だから試合は見に行かない。この事はリーディッドさん達にも伝えていた。


「ひゃー、これからグロリアちゃんがこの歓声の舞台に上がると思うと、楽しみだねぇー」

「キャスは本人以上に楽しそうですね」

「いやー、初めて会った時の事思い出してさ。あの頃のグロリアちゃんって、何て言うか、何考えてるのか良く解んなかったじゃん。でも今は楽しそうで、それが私も嬉しくて」

「確かに、あの頃に比べれば随分表情豊かになりましたね」


 二人に言われて、思わず口元を手で確認してしてしまった。

 今笑っていただろうか。そんなつもりは無かったのだけど。

 でも楽しみなのは、確かにそうかもしれない。今私は楽しみにしている。


 この拳を振るえる人と戦える。そう思うと、更に拳に力が入る。

 うん、確かに、楽しみだ。ガンさんと試合をするのも、とても。

 そう思っていると、歓声が大きく上がった。どうも決着がついたらしい。


 歓声が落ち着くと暫くして、男性の職員の人が控室を訪ねて来た。

 次が私の試合だと言われ、頷いて職員さんに付いて行く。

 舞台の前の出入り口までは、リーディッドさん達も一緒の様だ。


「小休憩を挟んでの試合になりますので、もう少々お待ち下さい。試合開始の時間になったら、入場のうたい文句が会場に流れます。舞台入場は職員が扉を開けますので、その後舞台に上がって行って下さい。その際のパフォーマンスの類はお任せします」

「はい、わかり、ました。ありがとう、ござい、ます」


 職員さんがあらためてしてくれた説明に、ぺこりと頭を下げてお礼を告げる。

 すると彼は私に不思議な表情を向け、ご無事で帰って来て下さいと言った。

 それは私が帝国の闘技場でかけられた物とは、まるで違う暖かい言葉と眼差し。


『死にたくなければ勝って来い。勝てぬならば精々観客を楽しませて死ね』


 ああ、やっぱり、闘技場に来ると、以前の事を思い出してしまう。

 体に変に力が籠る。私が今の私でなくなる様な感覚を覚える。

 生きなければ。勝たなければ。殺さなければ。でなければ生き残れない。


「ふぅぅぅぅぅーーーー」


 深く息を吐いて、高ぶる気持ちを抑え込む。今のは私は、この国の闘士だ。

 勝って生き残るのは当たり前だけど、相手を殺してしまってはいけない。

 私はちゃんとルールの中で勝って、ここに戻って来る。


「――――――――グロリア選手、入場です!」


 舞台の方から大きな声と歓声が聞こえ、同時に扉が開かれる。

 けれど私はその前に、リズさんにギュッと抱き付いた。


「お嬢様?」

「・・・リズさん、行って、来ます。勝って、来ます」

「はい。グロリアお嬢様。貴女の活躍を、見守っております」

「はい・・・!」


 リズさんが優しく頭を撫でてくれて、心がとても静かに落ち着くのを感じた。

 その気持ちのまま扉へと振り返り、外に出て舞台の上と登る。

 歓声が凄い。以前の試合の事を覚えている人が居るらしい。応援を、して貰えている。


 舞台の上には既に相手選手の男性が立っていて、手には大きな槍が握られていた。


『ふむ・・・一応私の知っている類の物に近いが、アレも光剣と同じ様な反応があるな。私が知る魔道具とは別物、と思っていた方がよさそうだ。一応汎用の近接武器のはずだ』

「わかり、ました」


 舞台の上で相手選手と向かい合い、試合開始位置に立つ。

 そこでペコリと頭を下げると、男性は少し驚きつつもペコリと頭を下げた。


「可愛いぞー!」

「頑張れグロリアちゃーん!」

「そんなかわいい子に傷なんかつけんじゃねーぞー!」


 するとそれだけで、何故か声援が大きくなった。思わずキョトンとしてしまう。


「うぇえ・・・何で一試合目からこんなアウェーなの・・?」

「ご、ごめん、なさい」

「ああいや、別に君が悪い訳じゃないから。俺に花が無いだけなんだと思うし・・・悲しい」

『悪い奴ではないが、ガンと同じタイプの気配を感じるな』


 ガンさんと同じ気配・・・ならきっと良い人なのだろう。強い人でも、有るかも知れない。


「んじゃま、挨拶も済んだし、準備は良いかな」

「はい、いつでも、どうぞ」


 彼はゆるっと槍を構え、私もすっと構えを取る。

 審判の人がそれを確認して、試合開始が告げられた。


「げふっ!?」

「・・・あ、あれ?」


 開始と同時に踏み込み打った拳が、綺麗に彼の胴を捉えて吹き飛んで行った。

 今魔力の流れあったから、魔道具は発動してた、よね?


『・・・そんな気はしていたが、やはりガンは魔道具使いの中でも上位だったか』

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