第188話、助け

「ふふっ」


 隣から不意に笑う声が聞こえ、けれど私はそちらを向く事は無い。

 だってもう何度目か解らない事で、ただただ王女様の機嫌が良いだけだと解っているから。

 手を繋ぐ王女様はとてもご機嫌な様子で、私の手をずっとにぎにぎしている。


『全くご機嫌だな。本当にグロリアの事が好きだな、この王女殿下殿は』


 ガライドから見ても、王女様は私の事が好きらしい。嬉しくて私も口の端が上がる。

 因みにメルさんも一緒に居るのだけど、王女様が手を離さないからか後ろに居る。

 私としても嫌じゃない、というか少し嬉しいので、されるがままになっていた。


「さーて、一体何の用でしょうねぇ。謁見ではなく自室に呼ぶなど」

「今回の事ごめんなさーい、って事じゃないの?」

「なあ、俺マジでついてって大丈夫?」


 リーディッドさんが少し楽し気で呟き、それにキャスさんが応えている。

 ガンさんはとても嫌そうだ。さっきも自分は行かないって言ってたし。


 どこに行くかと言えば、今から王様の自室に向かうらしい。

 昼食後に来る様にと、メルさんが伝言を貰っていたそうだ。

 ガンさんは断ると思われていたらしく、彼も来る様にと追加で言われたと。


 なので彼も諦めて同行しており、ただし内容は誰も告げられていない。

 私は予想した所で解る訳も無いので、ただただ手を引かれるままに歩いている。

 とはいえ悪い話ではないだろうと、事前にメルさんが伝えてくれているけれど。


 そうして皆で歩く事暫く、前に来た王様の部屋に着いた。

 今日も部屋は騎士さんに守られていて、彼等の報告が入ってから中に通される。

 王様は前と同じ様な感じで、隣にいるオジサンも前と同じ人だ。


 相変わらずオジサンは私を警戒している気がする。何故なんだろうか。

 少し不思議に思っていると、王様が書類をどけながら口を開いた。


「報告は聞いた。迷惑をかけたな」

「全くです。王室の争いに巻き込まないで頂きたいですね」

「本来は起きるはずの無かった争いだ。そいつらは野心が無いからな。母と同じで」

「まるで私が野心を持たせたような言い草ですね」

「そう言ったつもりだが」

「見当違いも甚だしいですね。責任転嫁をするつもりですか?」


 リーディッドさんはニコニコ笑顔で応え、王様は特に表情を変える様子は無い。

 前の時と同じ様に、とても静かな様子で話している。感情が解り難い。


「迷惑をかけたと、最初に言ったはずだが?」

「では私に責任の所在が有る様な言い草はやめて頂きましょう。私は被害者ですよ」

「被害者になりに行ったんだろうが」

「おや、証拠でもお有りで?」

「貴様が間抜けな罠にかかるはずがない。かかった時点でわざとだ」

「過大な評価痛み入りますが私とて人間です。こういう事もありますよ」

「ふん。まあそういう事にしておいてやろう」


 リーディッドさんが思いっきり嘘をついている。思わず私は彼女を見てしまった。

 王様はそんな私を一瞥してから、ふんと鼻を鳴らして書類を投げる。


「妻は蟄居する事になった。持病が重くなってな。療養が必要だ。第二の騎士団長は妻の為に団長を辞してまで付いて行くそうだ。随分な忠誠心だと思わんか」

「素晴らしい心意気ですね。王妃様に持病があるとは存じませんでしたが」

「次男も持病持ちでな。今まで騙し騙しやってきたが、どうにも症状が重い。母と共に療養に出す事になった。もう復帰する事は無いだろう。のんびりと暮らして貰うつもりだ」

「王族の責務は案外に体を痛めるようですからね。良い事でしょう」


 妻と次男。王様の妻って事は、王妃様だ。次男は王子様。だから、ええと。

 あの時の女性と、第二王子様が、療養に出るって事かな。

 二人は病気を持ってたのか。それならガライドが治せると思うけど。


「・・・あの、多分、ガライドなら、治せ、ますよ?」

『グロリア・・・ああ、そうだな。治せるだろうな。病気ならば』


 そう思い恐る恐る王様に告げると、彼はそこで初めて表情を崩した。

 私の発言がまるで理解出来ないという様な、不可解な者を見る顔だ。

 ただ彼は少し目を逸らして考えるそぶりを見せ、表情を戻してから口を開いた。


「グロリア。お前は恨んでいないのか。敵と思っていないのか。連中はお前の身内に手を出した者達だぞ。殺しても飽き足らない、と考えるのは普通ではないのか」


 二人は私の大事な人に手を出した。確かにその事はとても腹が立ったと思う。

 あんなに胸の内に抑えきれないものが渦巻いたのは、二度目だったのだから。

 けどみんな無事だった。そして私は、皆が無事なのに、人をいっぱい殺した。


 そうだ。殺してしまった。殺してしまったんだ。とうとう、人を。


 メルさんは私を許してくれた。君は何も間違っていないと言ってくれた。

 他の皆も同じだ。私に悪い事は何も無いと言ってくれている。正しい事をしたと。

 けれど本当にそうだろうか。私が殺した人だって、死んでほしくないと思う人が居るのでは。


 色々と落ち着いて、考える余裕が出来たら、私はそう思ってしまった。

 大事な人を奪ったのは、きっと私も同じで、むしろ私だけが奪ったのではと。

 私の大事な人はみんな生きている。けれどあの時死んだ人達は、もう取り返しがつかない。


 怒りより、今は悲しい。自分のした事に後悔をしている。人を殺すとは、こういう事なんだ。


「・・・敵だとは、思います。大事な人達に、手を出すなら、きっと私は、また同じ事を、します。けど、それとこれとは、別です。生きてるなら、生きられるなら、生きるべき、です」


 そうだ。きっと私はまた同じ事をする。敵は殺す。大事な人の敵に容赦はしない。

 死んだらそこまでだ。何も残らない。大事で大好きな人達は殺させない。

 下手に躊躇して無くしてしまうぐらいなら、私は殺した後悔と悲しみを取る。そう、決めた。


「・・・私は、助けられる人は、助け、ます。助けたい、です」


 だから、敵な事と、助けないのは、別の話だ。別の、話なんだ。

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