第187話、言い難さ

「あー、あの、ですね、グロリア様・・・」

「あ、はい、なんですか? あ、ごめんなさい、邪魔、でした、ね」


 安心の余りずっと王女様の手を握り、抱きしめて動かずにいた。

 ただ彼女が声をかけて来たので顔を上げると、困った表情が見て取れる。


 良く考えたらここは食堂だ。彼女も食事を取りに来たんじゃないだろうか。

 お待ちしていましたと言っていたし、料理が来るのをここで待っていたのかも。

 なら私がずっと握っていたら、何時までも席に着けない。邪魔をしてしまった。


 使用人さん達も料理を並べ終わっているし、暖かい内に食べるべきだ。

 折角作ってくれた物を、美味しい内に食べないのは良くない事だと思う。


「い、いえ。邪魔などではけして。私の身を案じて下さった事は、とても嬉しく思います」

「そう、ですか。良かった」


 けれど王女様はむしろ嬉しいと言ってくれて、少しだけホッとする。

 とはいえ邪魔した事には変わりない。早く食事にして、話しはその後にしよう。


「じゃあ、暖かいうちに、頂きましょう。美味しいですよ」

「あ、は、はい・・・」

『あー・・・まあ良いか、後でも。グロリアには食事が最優先だろうしな』


 王女様の手を優しく握り、近くに責にトテトテと近づく。

 彼女は何故か少し戸惑い気味だったけれど、素直に付いて来てくれた。

 ガライドは何か言いたげだったけれど、私の食事を優先してくれる様だ。


「メルさんも、一緒に、食べますか?」

「邪魔でなければご一緒しよう」

「邪魔なんて、そんな事、無いです。一緒に、食べましょう」

「ああ」


 メルさんは優しい笑みで頷くと、王女様の隣の席に座った。

 キャスさんやガンさんは既に席に着いていて、リーディッドさんが最後に座る。

 そこで彼女の綺麗な姿で食器を構える様子にハッとなった。そうだ、ちゃんとしないと。


 私も同じ様に背筋を伸ばし、教えられた事を頭で反芻し、料理に手を出して口にする。

 ただその後の記憶が若干怪しい。気が付いたら食べ終わっていた。

 勿論食べた物の記憶はあるし、とても美味しかったけど、私はちゃんとしてたのだろうか。


 今日の料理はホッとする味で、途中から色々吹き飛んでしまった・・・!


「グロリアお嬢様。お水をどうぞ」

「あ、ありがとう、ございます、リズさん」


 食べ終わってから焦ったものの、過ぎ去ってしまった事は変えられない。

 少し落ち着こうと思い、リズさんが手渡してくれたお水を飲む。

 チラチラと周囲を見ながら水を飲んでいると、王女様の手が止まっている様に見えた。


 食べていない訳ではないのだけど、まだ料理が残っている。

 お腹いっぱいなのかな。それとも、まさか・・・。


「王女様、やっぱり、まだどこか、辛いんですか?」

「え、い、いえ、そういう訳ではありませんよ。すみません、きちんと頂きます」

「そう、ですか」


 声をかけると彼女はビクッとして、慌てた様に残りの料理を口にし始めた。

 どうしたんだろう。あんまり美味しくなかったのかな。もしそうなら少し寂しい。

 私はとても美味しかったから、彼女もそうあってくれると嬉しかったんだけど。


「早めに言わないから余計に言い難くなるんだ」

「うっ・・・お兄様、今日は意地悪ですね。まるでレヴァレスお兄様の様です」

「俺は揶揄っていない。至極当たり前の事を言っただけだ。そもそも今回の件は、どういう反応を返されようと自業自得だ。その覚悟でやったのではないのか」

「・・・解っています・・・解っていますよ」

『解ってはいるが言えないか。案外可愛い所もあるじゃないか。リーディッドと違って』


 私の心配はどうも見当違いかもしれない。王女様は何か言いたい事が有る様だ。

 ただそれが言い難いのか、メルさんに促されてもまだ何も言わない。

 そもそも誰に対しての事かも解らず、下手に聞いて良いのかも私には解らない。

 ガライドは何か解っている様だけど、その内容を告げるつもりは無い感じだ。


 なので私は彼女の様子を少し心配しつつ、ちびちびと水を飲む。


 暫くして王女様は食事を終え、食後のお茶をちびちびと飲み始める。

 気が付くと隣り合ってちびちびと水分を取り、無言になる私達が居た。

 彼女はチラチラと私を見ていて、私も彼女をチラチラと伺う。


 何をしているのか自分でも良く解らない。でも何だか口を開けない緊張感がある。


「はぁ・・・お前は大胆なのか、臆病なのか・・・いや、それだけ大事な存在が出来たという事なのだろうな。なれば尚の事、きちんと話して謝罪をしておけ。後になればなる程、お前のその罪悪感は膨れて行くし、後で知った彼女も辛い思いをしかねないんだぞ」

「っ・・・はい、すみません、お兄様」


 ただそこでメルさんが再度彼女に声をかけ、それは少し咎める様な気配が有る。

 王女様はそんな彼に小さく謝ると、体ごと顔を私に向けた。

 思わずビクッと背筋を伸ばし、両手を胸で抱える。


「すみません、グロリア様。私は毒を自ら飲みました。貴女が助けて下さると、そう判断して。誠に申し訳ありません。本来は無用な心配を、貴女にかけてしまいました」

「・・・え?」


 毒を自ら飲んだ? リーディッドさんと同じ様に? 何で?

 いや、理由なんてどうでも良い。助かるつもりだったとしても嫌だ。

 苦しんでいる時の王女様を思い出すと、未だに胸が締め付けられそうになる。


 私の様に毒が効かないなら構わない。けど二人は私みたいにはいかない。

 毒を飲めば苦しむ。昨日の様に。酷ければ、あの植物の魔獣にやられた人の様に。

 そうだ。毒は危ない物なんだ。私以外には、本当に、危ない物なんだ。死ぬんだ。


「・・・何で、は、良いです。きっと、難しい事を、考えて、たんだと、思います、から」

「は、はい」


 喉の奥が少し苦しい。目元が潤んでいる気がする。声が少し出し難い。

 けれどしっかりと彼女に告げ、彼女の目を見て続ける。


「でも、もう、止めて下さい。死んだら、何も、残らないです。死んじゃ、嫌です・・・・!」


 死ねば生き物は終わりだ。何も残らない。後は食べられるだけだ。

 王女様は友達だ。だから、ただ単純に、生きていて欲しい。


 私だって解ってる。一応は理解している。二人が色々考えてる事は。

 二人と違って私は頭が良くないから、難しい事は全然解らない。

 だからリーディッドさんに言った事だって、我が儘かもしれないと少し思った。


 けどそれでも、我が儘でも、自ら死ぬような事はしないで欲しい。


「・・・はい。すみません。ごめんなさい、グロリア様・・・ありがとうございます」


 すると彼女は私の手を取って、何故か泣きながら謝って、最後にお礼を言った。

 その事に少し驚いていると、彼女はギュッと私に抱き付いて来た。


「ああ、もう、大好きです。本当に、ありがとうございます、グロリア様。貴方に会えた事が、貴方の友になれた事が、きっと私の生涯で一番の幸運でしょう。幾年月が経とうと、きっと」

「おうじょ、さま」


 生涯。私も彼女も、そんな言葉を口にするには、まだ全然生きてない。

 けど泣きながら、強く私を抱きしめながらの言葉は、とても素直に受け入れられた。

 私なんかが彼女にとって幸運なら、それはきっと私にとっても幸運だと思う。


 友達が大好きだと言ってくれる事を喜びながら、私も彼女の事を抱きしめた。

 彼女の向こうで優しい笑みを浮かべるメルさんを視界に入れながら。


「・・・私の時と随分対応が違う気がするんですが」

「だって王女様すっごい素直じゃん。ひねくれ者の女とはそりゃ対応も違うよ。ねえガン」

「まあリーディッドとグロリアじゃ、あの会話には絶対ならないだろうな。見てないけど」

『そもそもお前、最初の時点ではグロリアの要望を拒否しただろうが』


 リーディッドさんがちょっと不服そうだけど、こればっかりは私も絶対に擁護しない。

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