第180話、隠された場所

『次は左だ』

「次、左、です」

「解った」


 分かれ道の度にガライドの指示が飛び、その言葉を私が伝える。

 そしてメルさんは誘導通りに走って行き、景色が凄い勢いで流れてゆく。

 地竜より早い気がする。魔力で強化しているのかもしれない。


「・・・こっちは、そういう、事か・・・馬鹿が・・・!」

『離宮、か? これは随分と臭いな』


 進むにつれてメルさんの顔が険しくなっていき、何かに気が付いた様に呟くのが聞こえた。

 けれど私はそれを確かめるよりも、ガライドの誘導を伝える事に専念する。

 そうして辿り着いた先は、大きな城の隣に立つ小さな城への通路。

 小さいと言っても、お屋敷よりは大きいけれど。ガライドが言うには離宮らしい。


「殿下、何用ですか」

「これより先に許可なく進む事は許されません」


 その通路には女性の騎士さん達が数人居て、その内二人が槍を交差させて通路を塞ぐ。

 メルさんは仕方なさそうに止まり、それを確認してから騎士さん達がそんな事を言った。

 彼はそんな彼女達をギロリと睨み、大きな溜息を吐いてから口を開いた。


「通せ」

「な、なりません」

「これより先は王妃様の寝所。ご子息でもない殿方を通す訳には――――」

「馬鹿が。国が亡ぶかの瀬戸際だと何故解らん。貴様等が報酬と保身の為に行っている行動は、明日命を散らす行為だぞ。それでも退かぬというのであれば構わん。貴様等を蹴散らして押し通るのみだ。止められると思うなら、その槍を俺に向けると良い」

「「ひっ」」


 メルさんがギッっと険しい顔で彼女達を睨むと、皆怯えた様に後ずさる。

 道を塞いでいる人達は槍を降ろさないのではなく、怖くて動けない様に見えた。

 そんな様子を軽く見まわしてから、メルさんは彼女達を押しのけて先へ進む。


「信念無き愚物共が。槍を降ろす判断も出来ず、かといって俺に決死で挑む事も出来ん。貴様等の様な者達が近衛騎士を名乗るなど、騎士の名は随分と落ちたものだ」


 そして通り過ぎた後にそう告げて、また全力で走り出した。

 なのでまたガライドの誘導を伝え、その間に何人か騎士らしき人とすれ違った。

 けれど殆ど人はメルさんを止める事は出来ず、咎めた人も彼に睨まれると道を開けて行く。


「メルヴェルス!!」


 あと少しでリーディッドさんのいる場所に。ガライドがそう言った所で大きな声が響いた。

 メルさんが足を止めて顔を向け、私も声の主へを目を向けた。

 そこにはメルさんのお兄さん・・・たしか第二王子様が、険しい顔で私達を見ていた。

 急いでここに駆け付けたのか、ぜーぜーと肩で息をしている。


「貴様、何のつもりだ。ここが何処か解っているのか。王妃の寝所だぞ。血を引いた子息でもない貴様が許可なく入って来て良い場所ではない。処罰は後で告げる! 今すぐ去れ!」

「・・・従うと思うのか?」

「っ、貴様、それでも王族か! 王侯貴族として従うべき法も無視するつもりか!」

「国が亡ぶのであれば法も何も無いだろう」

「・・・なに?」


 メルさんが静かに告げた言葉に、第二王子様は怪訝な顔をする。

 その様子を見たメルさんは大きな溜息を吐き、つまらなそうな表情で口を開いた。


「処罰は後でと言ったな。処罰を受けるのは貴様だ。俺は金輪際貴様を兄とは思わん。あの父がこんな馬鹿を許すと思うなよ。愚物が」

「な、なにを言っている。これは父も許可の上だ。逆賊共を捕らえる事に同意して下さった!」

「・・・父はやれるならやってみろ、と言わなかったか」

「っ、なにを」

「やはり言ったのだな。最後通告だと何故気が付かなかった」

「だ、黙れ黙れ! たわごとだ! そんな言葉で俺を退かせられると思うのか!」


 メルさんがまるで汚い物を見る目で告げると、第二王子様は慌てた様子で叫ぶ。

 けれどそんな王子様の事を意に介さず、メルさんは彼から視線を外した。


「まっ、まて!」

「待つ義理など無い」


 王子様が止まれと叫ぶも、メルさんは最早完全に無視して走り出した。

 そうして少し走った先の部屋を開けようとして、けれど鍵がかかっているのか開かない。

 すると彼は扉に耳を当てて中の様子を探ってから、扉からずれて壁に手を当てる。


「この位置ならば、おそらく中に被害は無いだろう。ふぅ・・・ぬうっ!」


 そして私を支えていない方の腕を振るい、壁をぶち抜いて穴をあけた。

 穴の向こうに驚いた顔で立つ人達が見え、そしてベッドに転がされている二人が見える。

 リーディッドさんと王女様が、苦しそうに胸を上下させながら、寝ている。


「リーディッドさん! 王女様!」

『間に合ったな。あれなら十分助けられる』


 思わずメルさんの腕から飛び降りると、部屋に居た騎士らしき人達に前を塞がれた。

 そしてその後ろにとても綺麗なドレスを着たおばさんが立っている。


「退いて、下さい…!」


 私の言葉を聞いた彼女は私の事を冷たい目で見下し、手に持った扇を開いて口元を隠す。


「なりません。お下がりなさい。ここをどこと心得ますか。平民の小娘が入れる場所ではありませんよ。それにメルヴェルス。貴方の行いが貴方のみならず、弟と母に咎を与える事を理解しているのでしょうね。この件は―――――」

「煩い。黙れ。何も理解出来ていない大馬鹿者が。咎を背負うは貴様等だ・・・!」

「―――――っ」


 怒っている。私にもそう解るほどに、彼は歯を見せて唸った。

 その迫力に怯えたのか、騎士さん達も、私達に語り掛けていた人も固まってしまう。


「メルヴェルス! 母に手を出せば貴様とてただではすまんぞ!」


 ただそこで第二王子様が追い付いて来たのか、息を荒げながら穴の向こうで叫んだ。

 けど、もう、どうもでいい。知った事じゃない。どかないなら、邪魔するなら、知らない。

 二人が、恩人が、友達が、大事な人が、苦しんでいる。早く、助けないと。


「退け・・・!」


 拳を握りながら歩を進める。紅く、紅く、全身が光るのが解る。

 両手足は勿論、私の体からも紅い光が漏れている。私の怒りに呼応する様に。

 目の前も真っ赤だ。こんなに、こんなに、お腹の下がぐつぐつ燃える様な感覚は二度目だ。


「な、なにをしているのお前達、小娘を止めなさい!」

「「「「「はっ!」」」」」


 けれど彼女は退いてくれず、そして騎士らしき人達は私の前に立ちふさがった。

 退いてくれないらしい。二人が苦しんでいるのに、早く助けたいのに、邪魔するんだ。

 そっか。じゃあ、この人達は、私の敵だ。彼女達を殺す、敵だ。もう、良い。


『・・・グロリア。どうなろうと、私は最後まで付き合おう』


 ガライドのやけに静かな呟きと共に、私の前が消し飛んだ。

 私が腕を振るうと赤が弾け、赤に呑まれた物は床も壁も天井も何もかもが消え去った。

 赤に呑まれなかった部分がボトボトと床に落ちる。指先や、腕の先、頭の欠片が。


「・・・は?」


 誰が発した言葉かは解らない呆けた声。けれど確認なんてどうでも良い。

 崩れた床を飛び越えて、二人の傍へと寄る。二人とも苦しそうだ。

 早く回復魔法をかけてあげないと。そう思った所で腕が止まった。


『グロリア。普通に回復をかけては不味い。自身の浄化能力を強化したのでは逆効果だ。植物の魔獣の毒素を抜いた時と同じ様に、二人の体内の毒素を分解するんだ。出来るか?』

「毒・・・わかり、ました・・・!」


 未だ体は紅い光が覆っている。けれどこんな物じゃ足りない。

 あの時はもっと強かった、もっと優しかった。もっと、もっと。

 もっと紅く、もっと強く、二人を絶対に助ける為に・・・!

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