第155話、知っている気配。
リズさんと待つ事暫く、それほど時間も経たずにメルさんが戻って来た。
「話を付けて来た。試合前に一応実力を見たいとは言われたが、構わないか?」
「はい、構いません」
頷いて応えると彼はまた私を抱え、客席を去って人気のない方へと進む。
奥へ奥へと進むうちに、さっき闘技場の舞台で見かけた人がいる事に気が付いた。
勝った人が穏やかな様子で会話をしていて、会話している相手は負けた人だ。
彼等はメルさんに気が付くと端に避け、そして腕の中に私を不思議そうに見ている。
後ろを付いて歩くリズさんを見て更に困惑した様子だったけど、一体どうしたのだろうか。
私も彼等の反応に首を傾げていると、メルさんは近くの扉を開いて中に入った。
「待たせた」
「ええ、お待ちしていましたメルヴェルス様。それで出場させたい新人は・・・外ですか?」
「ここに居る」
「・・・ここに? まさか後ろの女性が出られるので?」
部屋の中には目つきの鋭いお爺さんが居て、何故かリズさんが出るのかと言い出した。
「ち、違います、私、です」
彼女にそんな事をさせる訳にはいかない。そう思いワタワタと手を振って告げた。
するとお爺さんは怪訝な目を私に向けてから、メルさんへと険しい顔を向ける。
「メルヴェルス様。期待の新人と聞いたのですが?」
「彼女は俺より強いぞ」
「御冗談を」
「冗談などではない。俺は彼女に手も足も出ん」
メルさんは普通に返し、けれどお爺さんの目の険しさは更に増す。
もしかして私の見た目が弱そうだからだろうか。
一応その自覚は有る。前の闘技場でもそんな風に言われた事はある。
あんな見た目で戦えるのかって、そんな声が客席から聞こえていた。
「メルさん、降ろして、下さい」
「ああ」
取り敢えずメルさんに降ろして貰い、お爺さんの前へと歩いて行く。
「私は、戦え、ます」
「・・・解った。ただ実力を見させて貰う。付いてこい」
お爺さんの言葉に頷いて、彼の後ろを付いて行く。
メルさん達も付いてくる様で、皆で別室の広い場所に向かった。
そこには闘技場の闘士らしき人や、そのお世話の人が沢山休んでいた。
「おい、ちょっと場所開けろ。それと・・・お前で良いか。そこのお前、ちょっとこっち来い」
「え、俺っすか?」
お爺さんはそこに居た人達を動かし、その上で一人の青年に声をかけた。
青年は私達に視線を向けて困惑した様子で、けれど言われた通りこっちにやって来る。
「そこのお嬢さんが闘技場に出たいそうだ。力を試してやれ」
「・・・なんて?」
「二度も言わせる気か」
「いや待って下さいよ。小さな女の子じゃないっすか! しかもあの格好ってどう考えてもいい所のお嬢さんでしょ!? んな事したら俺が破滅しますよ!」
「うるせえ、んな事解ってんだよ。良いから現実を教えてやれ!」
「えぇ・・・まじかよぉ・・・」
どうやら彼が私の力を試してくれるらしい。でも凄く嫌そうにしている。
きっと彼も優しい人なのだろう。私が子供だから手を出したくないんだ。
うん、やっぱり、優しいな。この闘技場の優しさが解る人だ。
ただ嫌がる彼の耳元でお爺さんがボソボソと告げると、彼は嫌そうな顔だが口を閉じた。
『嫌われ役を引き受けるつもりの様だな、あの爺さんは』
「嫌われ役、ですか?」
ガライドの呟きに応えると、何時もの『集音』でお爺さんの声を私に伝えて来る。
『大怪我させない様に心を折ってやれ。小娘が遊びに来る所じゃないと解れば大人しく帰るだろう。ったく、あの男は王子の中じゃ真面だと思ってたのに何考えてやがる・・・ああ、解ってると思うが顔に当てるなよ。女の顔に怪我は取り返しがつかねーからな。責任は俺がとる』
どうやら私が無謀な場所に遊びに来た、と思われているらしい。
けれど怪我はさせない様に諦めさせてやれ、という辺りとても優しいと思う。
私の居た闘技場なら、多分斬り殺されて終わりだ。だって実力が無いのだから。
「おら、良いから行け! ガキに現実を見せてやれ!」
「うわっ・・・しかたねえなぁ。お嬢ちゃん、恨まないでくれよ、頼むから」
「はい。恨んだり、しません」
お爺さんは青年の尻を蹴って押し出し、青年は何とかこけずに踏み止まる。
そして青年は私の傍に寄って来ると、頭をポリポリかきながら頼んで来た。
当然だ。むしろ私がお願いしているのだから。恨みなんてある訳無い。
ガライドをリズさんに預け、彼の前へと立つ。
「・・・まあ出来る限り手加減はするけど・・・終わったらちゃんと治療しなよ」
「大丈夫です」
青年はそんな私を最後まで心配しながら構えを取り、その立ち姿は隙だらけに見えた。
私が子供だと思っているからだろうか。だとしても私のやる事は変わらないけれど。
彼をじっと観察していると、お爺さんが少し離れた場所から声をかけて来る。
「じゃあ嬢ちゃん、良いか。始めるぞ」
「はい」
「・・・はじめ!」
お爺さんの声が響き、けれど青年は構えたまま動かない。
来ないのだろうか。じゃあこちらから行かせて貰おう。
「がっ!?」
一歩踏み込み彼の腹部へ一撃打ち込む。隙だらけだったので簡単に打ち込めた。
拳を引くと同時に彼は崩れ落ち、気を失っていたので抱き留める。
頭は打ってないから大丈夫だと思うけど、無事かどうかガライドに目を向ける。
『問題無い。ただ気絶しているだけだ。その辺に転がしておけば良い』
「そう、ですか」
上手く手加減できたようだ。気絶したからちょっと焦ったけど。
けれど彼の言う通り転がすのも気が引けるし、彼を横に抱えてお爺さんへと近づく。
「どこに、寝かせて、あげれば、良いですか?」
「・・・マジかよ」
「あの・・・」
「っ、あ、ああ、あの辺に転がしといて、くれ・・・」
「はい、解り、ました」
お爺さんの指さす方向を見ると、他にも転がっている人達が居る場所があった。
床に寝転んでいる人も居るけれど、敷物の上で転がっている人も居る。
空いている敷物の上に青年を乗せ、リズさんからガライドを受け取りに戻った。
「これで信じたか。彼女の実力を」
「・・・信じるしかありませんわな。今のを見てしまうと」
メルさんの問いかけにお爺さんが肯定で返し、どうやら信じて貰えた事にホッとする。
これで試合に出れるんだろうか。そんな風に思っていると扉が開いた。
静かだったせいか皆の目が扉に向き、入ってきた男性がその視線に対し険しい表情を見せた。
「あ? んだよ、何か俺に文句でも在んのか? ああ?」
「・・・丁度良い。ちょっとこっちに来い」
「んだよジジィ。説教なら聞く気はねーぞ」
「お前の対戦相手が変更になった」
「・・・あ? んだよ、あの野郎まさか直前になって逃げやがったのか? ぎゃはははは!!」
大笑いする男性に部屋の人達はそれぞれの反応を見せる。
嫌そうな顔をする人。呆れる人。視線を外してみない様にする人。
中には好意的な視線を向ける人も居るけど、半分以上は嫌悪の視線な気がする。
ただこの人、なんだろう、この人は他の人と、少し気配が違う。
「そこの小娘が、お前の今日の対戦相手だ」
「・・・はあ?」
よく覚えている気配を放つ男性は、お爺さんの言葉を聞いて私に目を向けた。
その一瞬は眉に目を顰め、けれどお爺さんに目を再度向けると大笑いを始める。
「ぎゃははははは! マジかよジジィ! 権力にでも屈したのか!? いいぜぇ、今日は最高のショーを舞台で見せてやるよ! この小娘を存分にいたぶってやるさ!!」
『わかり易く小物だな・・・』
いたぶる。私を。対戦相手を。いたぶる。ああ、そうか、知ってる気配な訳だ。
こんなに優しい国なのに。こんなに優しい人が沢山居るのに。やっぱり居るんだ。
「―――――この人は、殺す人、ですか?」
殺し合いになる、相手が。
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