第147話、グロリアの普通

 部屋に戻ってドレスを脱ぎ、けれどまたドレスを着る。

 ただし今度は普段着の方だから、こっちなら余程の事が無い限り破れない。

 昨日みたいに燃えた場合は流石に無理だろうけど、ひっかけた程度なら大丈夫だ。


 それにどうもこのドレス、最近何時の間にか新調されているみたいだし。

 見た目はは殆ど同じなんだけど、生地がより頑丈になってるっぽい。

 子供達と遊んでいても、ひっかけて破れる自体がほぼ無かった。


 むしろ木の枝に引っかかって宙吊りになった。あれはちょっとびっくりした。

 服を動きの考慮に入れてないのはまだまだだな、って言われたっけ。

 言った本人は服をビリビリに破いてた事有るけど。その後親に怒られたらしい。


「やっぱり、これが、おちつき、ます」


 着替え終わって状態を確認し、髪飾りも外して貰ってホッと息を吐く。


「・・・誠に残念でなりません」

『グロリアが可愛らしい格好に目覚めるのはもう少し成長してからだろうな・・・』


 後ろと腕の中から物凄く残念そうな声が漏れるけど、そんな事言われても困る。

 可愛い恰好かぁ。うーん。そもそも私は、今のこの格好にも拘りが無いんだけどな。

 闘う時に着ていた色の服、って事もあって慣れが在るだけだ。


 いや、もう一つ、理由は有るけど。

 そう思いながらチラッとリズさんを見る。


「どうされました、グロリア様」

「・・・いえ、何でも、ないです」


 彼女が私に言った。私にとって紅いドレスは戦闘服なのだと。戦う時に着る服なのだと。

 そして私はきっとそうなのだろうと思ったし、だから私にとって大事な事なんだと思う。

 自分でも良く解らない事を考えていると思うし、多分リズさんは気にしていない。


 けど、これは必要なんだ。私が私である為に。私が『紅蓮の暴食』である為に。


「・・・行き、ましょう。メルさんが、待って、ます」

「はい、お供いたします」

『多少待たせても気にせんと思うがな、あの男なら』


 確かにガライドの言う通り、メルさんなら何時までも待ってくれそうな気がする。

 けどそんな訳にもいかない。着替え終わったのだから早く合流しよう。

 そう思い部屋を出て、使用人部屋も通り過ぎて、広い廊下に出た。


「グロリア嬢、思ったより早かった――――」


 メルさんはそのすぐ傍で待っていたらしく、出て来た私に声をかけて来た。

 ただその途中で固まってしまい、私をじっと見つめて動かない。

 何か変な所でもあっただろうか。気になって自分の状態を確かめる。


「・・・着替えてきた意味が解った。その格好だと、雰囲気が違うな」

「そう、ですか?」

「ああ」


 自分ではあまり自覚は無いけれど、そんなに変わるものだろうか。

 勿論あのレースとフリフリで薄い布の服とは印象変わるとは思うけど。


「・・・そんなに違うか?」

「メルヴェルス兄上にしか解らない類の事でしょう」

「・・・成程」


 でも第一王子様とレヴァレスさんからは、特に変わった様には見えないらしい。


「ガン、解る?」

「いや解らん。何時もと一緒に見える。リーディッドは?」

「貴方が解らないのに私に解る訳無いでしょう」


 キャスさん達も特に変化を感じてはいないらしい。

 でもメルさんが嘘つく理由も無いし、多分彼にだけ解る事なんだろう。

 私自身が解らない事は少し気になるけど、そこまで気にする事でもないし良いかな。


『この格好のグロリアと先程まででは動き方が違う。それを察知したのだろう』

「そうなん、ですか?」

『今のグロリアは自然に動けている。そしてグロリアの自然とは、何時でも戦える体勢だ。だが先程までのグロリアは、衣服を気にして普段の動きが出来ていない。おそらくその差だ』

「なる、ほど・・・!」


 確かに戦う意識よりも、服の方を気にしていた所は有る。

 靴も踵が高いし、足運びが普段と変わってしまう。

 それをパッと見ただけでメルさんは気が付いたのか。


「では行こうか。団長に許可は取ってある。むしろ他の団員のいい刺激になるとの事だ」

「わかり、ました」


 メルさんが手を差し出して来たので、反射的に彼の手を取った。

 すると軽く引かれた後、反対の腕でふわっと抱えられてしまう。

 前に送って貰った時と同じ状態だ。今日は靴が有るから自分で歩くんだけどな。


「何だアレは。メルヴェルスはあんな奴だったか?」

「兄上は昔から子供には優しいですよ。ただ近寄ると泣かれるから近寄らないだけで」

「あの険しい顔を止めればいいだけだろう、そんなもの」

「本人は自覚が無いので。笑顔を作ると余計酷い事はご存じでしょう?」


 後ろをついて来ながら話す第一王子様とレヴァレスさんの言葉に、何となくメルさんを見る。

 確かに険しい顔と言えば険しいのだろうか。でもこれ多分何も考えてない気がする。

 そんな私の視線に気が付いた彼は、私に目を向けるとフッと笑った。


「どうした、グロリア嬢」

「えっと、何でも、ないです」

「そうか」


 短いやり取り。けど声はとても優しい。少し低めだけど、優しい声だと思う。

 笑顔だって優しい笑顔だし、怖がられるのは少し不思議だ。


「・・・おい、やっぱりアイツ、何かおかしくないか」

「さて、どうでしょうね」


 今度はおかしいとまで言われてる。何だかメルさんが少し可哀そうだ。

 でも全然気にする様子無く歩みを進め、昨日メルさんと会った鍛錬場に着いた。

 ただ出入り口に差し掛かる前から、何だかとても騒がしい気がする。


「ええい、殿下はまだか!」

「もうすぐ来ると使いが来た。騒がずとも待てば来る」

「煩い! そんな事は解っている!!」

「・・・煩いのは貴公であろう」


 なんか、昨日のオジサンと、団長さんが、揉めている様に見えた。

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