第146話、挑発

「誠に申し訳ありません!」


 突然そんな謝罪の言葉が聞こえ、ビクッとして声の方向に目を向ける。

 もぐもぐと口の中のお肉を咀嚼して呑み込みつつ、状況が解らずに首を傾げた。


 何か有ったのだろうか、顔色悪く目を伏せている男性がいる。

 食事に夢中で何にも見えておらず、あの人が部屋に入った事解っていなかった。

 魔獣領の料理人さんと服装が似ている。なら彼は料理人さんなんだろうか。


『食材が足りんらしい。予定外の事態に備えた食材には既に手を出し、それでも終わる気配の無い食事に料理人が焦り、報告と謝罪をしに来た、といった所だ。一応最終手段の備蓄も存在するようだが、穀物類や保存食・・・飢饉などに備えた食材だろうし、手は出せんだろう』


 訳が解らずにただ見つめていると、ガライドが説明をしてくれた。

 どうやら私がずっと食べ続けていた事で、食材が無くなってしまったらしい。

 それなら謝る必要が在るのは、その予想外の事態以上に食べてしまった私では・・・。


「・・・無いものは仕方ない。そんな悲壮な顔で謝るな。まるで俺が城の者の食事など顧みずに良いから作れ、等と言う暴君だとでも思われてしまうだろうが。恥は俺がかくだけだ。下がれ」

「あ、ありがとうございます! 失礼致します!」


 第一王子はため息交じりに応え、料理人さんは頭を下げて退室した。

 どうやら特に咎められる事は無かった様だ。良かった。

 こんなに美味しい物を作る人が、私のせいで咎められるとか嫌だったし。


「すまないなグロリア。俺はお前を満足させる事が出来ん様だ」

『ふん、そんな事は最初から解っている』

「え、えと・・・気にしないで、下さい。最初から、解ってる、ので」


 第一王子様が謝って来たので、ガライドの言葉も添えて返した。

 実際私は食べさせて貰えるだけで十分だし、足りない事も解っている。

 ガライドは当然想定済みだろうし、本当に気にするような事でもない。


「・・・そうか」


 けれど彼は私から視線を外すと小さく呟き、けれど口元は笑っている。

 何故か楽しそうに見えるけど、気にしていないならそれで良いかな。

 そう結論付けて食事を再開し、残っている料理を全て食べた。


「美味しかった、です。ありがとう、ござい、ました」

「先程の料理人に伝えておこう」

「はい、お願い、します」


 食事を終えたら礼を言って立ち上がり、すると彼も立ち上がった。

 いや、全員が立ち上がったから、私が食べ終わるのを待っていたのかも。


「なあレヴァレス。先の言葉は挑発だと思うか?」

「いいえ。ただの素直な言葉だと思いますよ。彼女はそんな性格ではありません」

「ははっ、つまりはあの小さな娘にとって、俺は小娘一人碌に満足させられない人間だと、そう心から思われているという訳だ。くくっ」

「楽しそうですね、兄上」

「それはそうだろう。手強い相手なのだからな。俺の常識ではあの娘に通用しない様だ」

「そうですね。兄上達では難しいかと。メルヴェルス兄上以外は」

「変わり者には変わり者が懐く、といった所か」

「否定はしませんよ」


 その際にレヴァレスさんと第一王子様が楽し気で、やっぱりこの二人は仲が良いのかな。

 なら気にするのは第二王子様だけで良いだろう。あの人の事は警戒しておこう。


 後私のお腹を満足させられないのは、殆どの人がそうだと思う。

 魔獣領の食事だって、心は満足してるけど、体は足りないと感じている。

 ただ何時もそれなりの量を食べるから、それでもある程度回復しているだけで。


 別に彼が特別な訳じゃないし、そんなつもりで言った訳じゃないんだけど。

 挑発ととられたのも良く解らない。けど、もしかしたら失礼だったのかな。

 これは謝った方が良いんだろうか。私には判断が付かない。


「リーディッド嬢。グロリア嬢を少々お借りしたい。良いか」

「私ではなく彼女に直接聞いて下さい、メルヴェルス殿下」

「そうか、感謝する」


 ただ悩んでいると反対側でそんな会話が聞こえ、メルさん達へを意識が向く。

 すると彼は私に近付いて来て、傍によると初めて会った時の様に膝をついた。


「グロリア嬢、少々鍛錬に付き合って頂けないか」

「えと、わかり、ました」


 リーディッドさんが直接聞けと言ったなら、多分私の判断で構わないんだろう。

 なら彼のお願いを断る理由も無いし、一瞬思考しつつも頷いて返す。


「あ、でも少し、待って、くれませんか」


 この格好のままはちょっと困る。前回は着替える暇が無かったけど、今は違う。

 やる事が鍛錬なら、何時もの恰好に着替えたい。

 昨日も破くのが怖くて、あんまり大きな動きは出来なかったし。

 靴は、壊してしまった、けど・・・靴ぐらい頑丈で良いと思うんだけどな・・・。


「構わない。いくらでも待とう」

「すみ、ません」

「謝る必要は無い。頼んだのはこちらだ」

「ありがとう、ございます」

『・・・むぅ』


 優しく撫でてくれる彼に礼を告げ、目を細めてその手を受け入れる。

 大きな手だ。ごつごつしている手だ。けどとても優しい。

 ガライドが気に食わなさそうに唸った様な気がしたけど、音が鳴ってないから気のせいかな?


「ふむ、俺も彼女の力を見たいな。鍛錬の場に向かおう。構わんなメルヴェルス」

「・・・兄上、仕事があるのでは」

「お前達の鍛錬を軽く見る程度で滞る様な事でもあるまい。それにもう顔を合わせた以上は、俺が彼女に接触できない理由は無かろう。何より、ここに泊めているのだからな。違うか?」

「彼女が良いと言えば、俺は構いません」

「だそうだ。グロリア、俺も付いて行って構わんか?」

「え、ええと、私は、構いません、けど」

『ちっ、図々しい』


 鍛錬を見るぐらい許可は要らない様な、と思いながら返したつもりだった。

 けどガライドには図々しい様に見えていたらしい。何処が駄目だったんだろうか。

 とはいえ構わないと言った以上、今から駄目だとは言えないだろう。


「ごめん、なさい、ガライド・・・聞いてから、答えた方が、良かった、ですか?」

『あ、いや、気にするなら。グロリアが構わないのであれば構わん。私はグロリアの損になる行動は止めるが、それ以外で君の行動を制限するつもりは無い。好きにしてくれて良いんだ』

「・・・わかり、ました」


 ガライドは第一王子様の事が余り好きじゃないみたいだから、付いて来るのが嫌なのかも。

 でも私にはガライドの方が大事だから、嫌なら嫌で彼を優先したいと思う。

 ただ今回はもう仕方ない。ガライドも構わないと言ってくれたし、早く着替えてしまおう。


「じゃあ、着替えて、きます。リズさん、お願い、します」

「・・・畏まりました」


 リズさんはにっこりと笑いながら答え、けど何故か残念そうな雰囲気が見える。

 多分着替えて欲しくないんだろうな。でも今回は許して欲しい。


「ああ、待ってい・・・着替え?」


 メルさんは私を見送り、ただ最後に不思議そうに呟いた気がした。

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