第130話、決闘以外の手段

 決闘。今決闘って言ったよね。決闘ってそれは・・・言葉を変えただけの殺し合いだ。

 闘技場の戦いは決闘だ。アレは命のやり取りの場だ。私はそれを知っている。

 彼はガンさんを殺そうというのだろうか。殺し合いをしようというのだろうか。


「やらせ――――」

「お断りします」

『ほう?』


 一瞬頭が真っ白になり、けれど落ち着いて口にしようとした言葉は遮られた。

 そこまでの困った様な様子とは違う、はっきりとした声音のガンさんの返事に。


 思わず彼を見るも、彼は今私の前に出ているから表情は解らない。

 けれど背筋は伸びていて、顔は青年へとしっかり向いている。

 何よりも今までの様な、気後れした気配を一切感じない。


「なんだと、貴様・・・今断ると言ったか」

「はい、お断りします」

「ふざけるな! 決闘から逃げるつもりか!」

「そう取って頂いても構いません」

「き、貴様・・・!」


 むしろガンさんの声音は何処か冷たい。普段の優しい彼の声音とは大違いだ。

 そんな彼にの返事に対し、青年は怒り心頭という表情を向けている。


「申し訳ないですけど、そんな事の為に魔道具を使う気は有りません」

「そんな事だと!? 言うに事欠いて、貴様は決闘を何だと思っている!」

「申し訳ありませんが、貴族の考え方には疎い身です。俺は平民ですから。ですが決闘とは本気の勝負でしょう。そして貴方と俺が持つ物は魔道具。ならそれは、殺し合いになりかねない」

「はっ、怖気づいたという事か!」

「そう取って頂いても構いません。いえ、事実そうなんでしょう。なのでお断りします」


 青年はわなわなと震え、怒りと同時に困惑した様子も見えた。

 けれどガンさんは答えを変える事無く、きっぱりと断っている。

 その様子を見ているキャスさんとリーディッドさんは何処か楽し気だ。


「やれば出来るのにねー、ガンも」

「全くです。最初からやれば良いだけでしょうに」


 なんて、小声で話している。二人が笑っているなら、心配いらない、のかな?


「・・・殿下、ご覧になられましたね。この男のザマを。この男の情けない答えを!」

「ええ、確かに」


 青年は話にならないと思ったのか、王女様に向き直る。

 王女様は彼に対して頷き、そしてニッコリと笑みを見せた。

 ただしその笑顔はとても冷たい雰囲気を纏っている。


「貴方が見下げ果てた御仁だと、はっきり見せて頂きました」

「なっ・・・!? で、殿下、一体何を!」

「・・・では貴方は、挑んだ決闘に何を賭けるおつもりですか」

「そ、そんな事、貴女との―――――」

「婚約は切れております。貴方が賭けられる物ではありません。それを自分の物の様に賭けたと言うのですか。ふざけないで下さい。もう一度問いますよ。何を賭けて決闘を挑んだのですか」

「っ、わ、私は・・・」

「失う気は無かったのでしょう? 勝つつもりだったのでしょう? 死ぬつもりなど欠片も無かったのでしょう? ですがガン様は死ぬ事を見据えておりました。死の覚悟が常におありのお方です。対して貴方は・・・お話にもなりません。恥を知りなさい」


 王女様は最後に笑みを消して、冷たい声音で青年に告げる。

 私が言われた訳じゃないのに少し怖くて、そっとキャスさんの後ろに隠れた。

 腕にはガライドが居るので、ギュッと抱いて気持ちを誤魔化す。


「何も失うつもりの無い決闘など茶番です。理不尽を理不尽とも思わない高慢な発言です。貴方はただ平民を斬り殺すつもりしかなかった。そう取られても仕方の無い発言だとご自覚なさい」

「ちがっ、わ、私は、ただ―――――」

「ただ、何ですか。もし告げるなら、私が納得出来るお答えなのでしょうね。私が見初めた方を見下し、私が見初めた方を馬鹿にして、殺そうとまで考えた事に足る理由なのでしょうね?」

「―――――っ」


 王女様の声がドンドン低くなっていき、青年はとうとう答えられなくなった。

 答えが無いのか、王女様が怖かったのか、どっちかは解らない。

 すると王女様は青年から視線を切り、ガンさんに向かって深々と腰を折った。


「ガン様。私の不手際で不快にさせてしまった事、深くお詫び致します。この様な事態を招く可能性を理解しておきながら、全てが後手に回った事、本当に申し訳ありません」

「あ、いや、別に不快って訳じゃないので・・・」


 必死な声音で謝る王女様に圧されたのか、ガンさんの返事の様子が元に戻った。

 すると王女様は顔を上げ、不安そうな表情で彼に一歩近づく。

 そして彼の手を取ると両手で包み、瞳に涙を溜めながら小首をかしげて彼を見上げた。


「本当に、今度こそご不快になっておりませんか?」

「だ、大丈夫、です。はい、それは」

「良かった・・・貴方に嫌われたらどうしようかと。本当に、良かった・・・」

「っ!?」


 王女様は心底ほっとした様子で息を吐き、掴んだ彼の手を頬に当てる。

 ガンさんはびっくりして一瞬固まり、そしてそのまま動けなくなった様に見える。

 掴まれてない手が変な動きをしていて、どうしたら良いのか解らなさそうだ。


「ガン、ほんとさぁ・・・」

「・・・何故あの流れからそうなるんですかね」

『もうこれは、どうしようもないんじゃないか?』


 ただそれを見ていたガライド達は、物凄く呆れた様子だけれど。

 私には何が悪いのか良く解らないんだけどな。ガンさんは何も悪くないと思う。

 何故かガンさんを責める皆に少し頬を膨らましていると、青年がゆらりと動いて口を開いた。


「何故だ。何故、貴様は魔道具使いだろう。だからこそ見初められたのだろう。ならば何故証明しようとしない。その力を証明して見せようと思わない!」

「・・・そんな事をする必要も、理由もありませんので」


 魔道具らしき棒をギュッと握りながら、怒っているとも悲しんでいるとも取れない表情だ。

 けれどそんな彼に対しても、ガンさんの答えは変わらない。


「理由ならば有るだろう! 貴様が力を示せは私は黙るしかない! 何よりも貴様は決闘から逃げる事で、自分がその程度だと告げた事になるんだぞ! それで良いのか!」

「別に構いませんよ。逃げるなんて、良くやる事ですし」

「っ、貴様、どこまで・・・!」


 ガンさんの答えに納得できないらしい青年は、歯ぎしりをしながら唸っている。

 ただ一瞬彼の持つ魔道具から嫌な気配を感じ、薄く光ったのが見えた気がした。

 魔道具を使ったのだろうか。けど今は何も感じない。見間違い、かな。


「そこまで。このまま話していても埒があかない。君達の意見は平行線だ」


 そこで王子様が間に割って入り、青年の姿が見えなくなった。

 同時に魔道具も見えず、今どうなっているのか解らない。

 けれど嫌な気配は感じないし、やっぱり気のせいだったのかも。


「だからこうするのはどうだろう」

「却下ですお兄様」

「決闘ではなく、手合わせという形で力量を確かめるのは」

「却下と言っているでしょう。お兄様、人の話を聞いて下さい」

「これなら危険と思えば割って入れるし、止める事も出来る。良い案だとは思わないかな?」

「お、に、い、さ、ま!」

「何だい妹よ。可愛い声を上げて」

「・・・これ以上ガン様を不愉快にさせる真似はお止め下さい」


 本気で怒った様子の王女様に、王子様はふむと少し考えるそぶりを見せる。

 そのまま視線をガンさんに向けると、ニッと笑って口を開いた。


「だがしかし、このまま彼を帰せば余計面倒になりかねんぞ。ガン殿だってそんな面倒が嫌だからこそ、私の言葉に頷いて付いて来たのだろう。違うか?」

「え? ええ、まあ、そうですけど・・・」

「ならば手合わせで力を見せてあげれば良いじゃないか。なに、ここには古代魔道具の使い手が居るんだ。危ないと思ったら割って入るぐらいお手の物だろう?」


 そこで王子様は私に話を振って来たけれど、それに頷く事は出来ない。

 だって魔道具を使ったガンさんの動きは、簡単に捉えられる速さじゃないもん。

 そして青年が魔道具使いと言うなら、彼の事も止められるか自信が無い。


 となれば危ないと思った瞬間には、もう手遅れって可能性がある。

 なら割って入るなんて無理だ。そんな危ない事に私は頷けない。

 すると青年が黙っている私に痺れを切らしたのか、ズンズンとガンさんに近付いて来た。


 ただガンさんの前には王女様が立ち、私も前に出られる様に構える。

 その様子を見た青年は腹立たし気に目を瞑り、けれど目を開くと怒りは消えていた。


「貴様は手合わせまで断るつもりか。そこまでして女子供の陰に隠れるのか」

「隠れてるつもりは無いんですけど・・・本当に手合わせのみで終わらせてくれますか?」

「殿下のお言葉を無為にするような無礼はせん。決闘の様な真似はしないと誓おう」

「それなら・・・まあ・・・解りました」


 本当は嫌だけれど、と言いそうな表情でガンさんは了承を返した。

 彼が受けるというのであれば、私が不安でも止める事は出来ない。


 なら私のやる事は一つだ。いざという時は全力で割って入ろう。

 この体で受け止める気であれば、止める事も出来るかもしれないし。

 魔道具の一撃を受けるのは不安だけど、紅を纏えば生身の部分も大丈夫だと思うし・・・。


『グロリア。いざという時止められる様に対策を取っておきたい。あの男の言葉を全て信用するのは危険だ。事故と見せかけて、何て事は世の常套手段だろう。魔力を使うが構わないか?』

「もちろん、です」


 けれどそんな私の覚悟は、ガライドの提案で必要無くなった。やっぱり頼りになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る