閑話、元婚約者の怒り

「ち、父上、今何と仰いましたか」


 ある日父に言われた事が信じられず、答えは変わらぬと解っても問わずにはいられなかった。

 父は質の悪い冗談を言える人間ではなく、ならば発した言葉は真実なのだと解ってはいた。


 当然父の返答は変わる事は無く、そして悔しげな表情は一生忘れられないだろう。

 王女殿下との婚約が破棄された。その短い言葉に、足元が覚束なくなった事も。


 何故。どうしてだと、その疑問もその場で父の口から語られた。

 王女殿下自ら見初めた者が出来たと。そしてそれは陛下の出した条件を満たす者だと。

 父は少々言葉を濁していたが、その男は優秀な魔道具使いなのだと私に告げた。


「・・・そん、な」


 解ってはいた。王女殿下が私の事を好いていない事も、王家の利の為に婚約した事も。

 王女殿下との婚約の条件は、王家に利がある人間である事なのだから。

 そこにあの方の意志や感情は無い。在るのはただ王族としての判断だ。


 それでも私はあの方をお慕いしていた。初めて出会った時からずっと。

 幼き身でありながら凛とした佇まいと、歳に見合わぬ理知的な振る舞い。

 当時は偶然の出会い故に王女殿下だと知らなかったが、それでも彼女に魅力を感じた。


 そうだ。私は王女が欲しいのではない。あの方の隣に立ちたかった。

 幸運だったのは、私に魔道具を使える才能があった事だ。

 魔道具持ちではない。魔道具使いになれる才能が。更に私は魔力も人より多い。


 それからは魔法を鍛える事を完全に諦め、魔道具を使いこなす事だけに集中した。

 今の王家には明確な『力』が無い。故に単純明快な『武力』を求めている。

 対外的には古代魔道具使いが居ると見せているが、扱いきれていないのが実情だからだ。


 勿論魔道具使いが一人居た所で、戦局が全て覆る訳ではない。

 復元魔道具使いは古代魔道具使いと比べて、随分小さな影響にしかならないだろう。

 何せ一度壊れた古代魔道具を、不完全に再現したのが復元魔道具なのだから。


 不完全な魔道具を使える人間が一人いた所で、やはり数には敵わないというのが常識だ。

 特に消耗戦をされると弱い。一瞬の力が強くとも、その分消耗が大き過ぎる。


 それでも魔道具使いは他者と一線を画す。一種の超人の様な扱いを受ける。

 魔道具使いだというだけで、職にありつける国だって有る程だ。


 だが復元魔道具も数は多くない。高値で取引されている時点で持っているのは大概貴族だ。

 そして貴族の大半は、魔道具使いになって鍛える、等という事はしない。

 何せ鍛えなくても強いからだ。魔道具に魔力を通すだけで超人になれるのだ。


 だから私は勝ち取れた。魔道具を持っても慢心せず、自らを鍛えて磨いた。

 その結果が王女殿下との婚約だ。あの方との婚約だったんだ。


「認めん・・・!」


 だがその男は平民。後ろ盾は一切ない上に、素性など知れたものではない。

 魔獣領で傭兵をやっている様だが、その様な男が殿下の隣に立つなどあってはならない。

 そうなれば殿下は最悪王族ではなくなる。あの方にそんな真似をさせて良いはずがない!


 すぐさま城へ使いを出し、王女殿下との面会を望んだ。

 一度目は素直に応じてくれたし、その上謝罪までしようとした。

 自分の都合でこんな事になって申し訳ないと。貴方に非は無いという形をとると。


 当然謝罪は必要無いと告げたし、私の非などどうでも良いとも告げた。

 ただ貴女の伴侶になれる事だけを望んで、今まで鍛えて来たのだから。

 それでも殿下の心は変わらず、その後は使いを出しても拒否されるようになった。


 更に王家から送られた謝礼金。そして私に非は一切無いという謝罪と証明の書面。

 完全に拒絶されている。そんな事は解っている。それでも私は諦められなかったのだ。


「妹が婚約者を城に呼ぶ準備を進めているらしくてね。日程をお教えしようか。件の婚約者が城に到着した時も、君に引き合わせてあげよう。何、君の一途さに心を打たれたのさ」


 だから一も二も無くその言葉に食いついた。王子殿下の誘いに乗った。

 この目でその男を確かめてやろうと。王女殿下の隣に立つに相応しい男かどうか。

 そして何よりも、私との婚約を破棄してまでの強さなのか。


「お断りします」


 だがその男は卑怯にも決闘から逃げた。戦う事を恐れた。

 ふざけるな。ふざけるなよ。貴様はその強さを認められたのであろう。

 ならば力を持って証明しようと何故しない。決闘にて殿下に相応しいと何故見せない!


 情けない男だ。ふざけた男だ。こんな男に殿下はやれない。絶対に譲れない。

 そう思ったのに、何故か殿下は男の肩を持った。それどころか私に冷たい目を向ける。

 おかしい。何故こんな事になっている。何故私が責められているのだ。


 間違っている。絶対に間違っている。殿下はどう考えてもこの男に騙されている。

 貴方は王族としての職務を果たしていたお方のはずだ。その様な少女の顔はしなかった。


 ――――――ああ、そうか。そうなのか。


 貴様は殿下に王族を捨てさせたのか。王族でなくなった殿下は乱心されているのだ。

 一体どんな手品を使った。どうせ本当は魔道具使いとしても大した事は無いのだろう。

 決闘から逃げる程度の腕だ。その程度の腕を殿下が認めるはずがない・・・!


「そこまで。このまま話していても埒があかない。君達の意見は平行線だ」


 だがどれだけ挑発しても男は乗って来ず、見かねた王子殿下が助け舟を出して下さった。

 決闘ではなく手合わせ。命のやり取りになる様な事はしない様に。

 それならば臆病者のこの男も、戦いに乗って来るであろうと踏んで。


 果たしてその策に嵌った男は、殿下の言葉に頷いて応えた。

 私も当然了承し、殿下の気遣いに心から感謝している。

 貴方のお心は理解しております。貴方の助けは絶対に無為に致しません。


 ――――――殺してやる。


 手合わせでの事故などよくある事だ。そして魔道具使い同士なら余計にあり得るだろう。

 なに、奴とて王女殿下が認めた、という肩書のある魔道具使いだ。

 婚約者殿が強過ぎて加減が利かなかった。そう言ってしまえばそれで終わりだ。

 そう決めて殿下に付いて行くと、第三王子殿下の所属する騎士団の鍛錬場に辿り着いた。


「・・・また来たのか。今度はどうした」

「ちょっとお願いがあってね。兄さんに、と言うよりも団長に」

「ふむ・・・」


 両殿下は一瞬私達を見た後、騎士団長の元へと向かっていく。

 そして何かを離している様だが、周囲の団員の声が大きくて一切聞こえない。

 ここの騎士団は暑苦しい。ただの自己鍛錬にそこまで声を張り上げる意味が何処にあるのか。


 等と思っていると騎士団長の大きな声が響き、その指示で場所が開いた。

 その様子を眺めていると殿下に呼ばれ、男も同じく呼ばれて共に歩を進める。


「騎士団と私達が君達の手合わせを見届ける。危険と思ったら割って入る。良いね?」

「はっ」

「ええと、はい・・・」


 殿下の言葉に胸を張って応え、男は気まずそうに周囲を見回しながら応える。

 情けない。先の態度はどこに行った。この情けない態度も気に食わん。

 殺す前にその性根を殿下に見せつけてやる。多少はいたぶっても構わんだろう。


「二人共間合いはそれでい良いんだね。よし、じゃあ・・・はじめ!」


 男と私はお互いに魔道具を構え、ほぼ同時に魔力を通した。

 ふん、平民にしてはやる。魔力の通し方は悪くないじゃないか。

 流石にそれぐらいできなければ話にならんがな。


 そうして奴の魔道具から青い光の剣が出来、解っていたがやはり『光剣』のようだ。

 現状一番数のある復元魔道具だからな。平民が持つならそれだろう。


「・・・ふん、つまらんな」


 普通にやれば一方的にいたぶる事になりそうだ。私の『炎剣』とは相性が悪いだろうからな。

 奴が光の剣を作り上げるのとほぼ同時に、私も炎の剣を作り上げている。

 それだけに止まらず周囲に炎を舞わせ、防御と攻撃の両方を同時で行える魔道具だ。


 魔法でも炎は出せる。だがそこいらの魔法のつもりで突っ込んで来てみろ。

 格の違う魔道具の炎の威力をその身で味わう事になるだろう。

 それに『光剣』は接近戦しか出来ん。対して『炎剣』は遠距離でも打てる。


「だが、そんなつまらん事はせん。身の程を教えてやる・・・!」


 魔力を魔道具に通し、そのまま循環させ、身体を強化して踏み込む。

 先ずは小手調べだ。流石にこの一撃程度で終わってくれるなよ。

 まあ終わったらそれまでだ。身の程知らずが死ぬだけ―――――。


「っ!?」


 消えた!? 炎の刃を振り下ろした瞬間、奴の姿がぶれて消えた! 馬鹿な!!

 あの魔道具にそんな機能は無いはずだ! それともまさか、新しい魔道具なのか!?

 混乱しながらも慌てて周囲を確認しようとして――――――。


「っ!」


 振り向いた先に、体を覆う炎の射程外から突き出された青い光と、鋭い視線が在った。

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