第124話、告白
お兄さんは大きな巨体を沈ませるように膝を曲げ、槍を地面に擦る様に構えている。
この構え方を見るのは初めてだけれど、私がやる事は何時もと変わらない。
近付いて、殴る。それだけだ。
「合図が必要だったか?」
「いいえ、要らない、です」
「そうか」
お兄さんがそう口にした瞬間、槍が動いた。
無駄のない軌道で真っ直ぐに私の胴を狙って。
それを体を少し横にずらしつつ躱し、何時も通り踏み込む。
踏み込む速度とほぼ同じ速度で槍が引かれ、今度は横に薙いできた。
槍の下にもぐるように体を沈め、両手足で跳ねてまた一歩踏み込む。
もう、手が届く距離だ。けれど彼はそこで、蹴りを放って来た。
後ろに引いていた足を軸にして、回し蹴りが飛んで来る。
胴狙いの軌道のそれを、ぴょんと飛んで躱してから彼の体に打撃を放つ。
ただし当てずに、彼の胸の手前で手を止めた。
そのまま落下したら、お腹のちょっと下になっちゃったけど。
「何故止めた?」
「一撃目、当てるつもり、無かった、みたいでした、から。止めるの、かと」
最初の一撃目は早かったけど、槍を引いた位置的に私の手前だったはずだ。
危ない攻撃は当てる気が無かった。なら私も当てちゃ駄目だと思う。
横なぎの振りとか、普通の人の蹴りとかは、当たっても少し痛いだけだみたいだし。
「・・・そうか。もう一度、お願い出来ないか」
「はい、わかり、ました」
お兄さんのお願いに応え、トテトテと最初の開始位置に戻る。
すると彼はまた最初と同じ構えを取り、たださっきと少し空気が変わった気がした。
「次は止めない」
「わかり、ました」
彼に応えた瞬間、槍がかなりの速さで迫って来た。
今度の一撃は弾かずには躱せない。そう判断して弾いて一歩踏み込む。
すると彼は少し後ろに引きながら槍を戻し、また突きを放って来た。
それも手で弾いて軌道をずらし、また一歩踏み込む。
彼はまたも後ろに引きながら槍を戻し、けれど今度は攻撃してこない。
こちらは打つには少し距離が足りない。そう思い少し踏み込んで胴を撃ちに行く。
すると私の攻撃に合わせて槍を手元で回す様に使い、打撃を横から弾いた。
そのままの流れで私の頭を狙いに来たけれど、私もそれを弾いて懐に入る。
ただ私が一歩進むごとに、彼も少し下がるので上手く距離が縮まらない。
暫くの間お互いに、弾かれて踏み込み、弾かれては引き、を繰り返す。
ただその途中で突然彼がピタリと動きを止め、なので私も当てる直前の打撃を止めた。
「どうか、しました、か?」
「・・・手加減をしているな、君は」
「はい」
「ふっ、正直だな」
お兄さんの質問に素直に答えると、見ている人達がざわつき始めた。
信じられない。あの人相手に手加減なんて。ハッタリじゃないのか。
そんな風に色んな人が、私の手加減を疑っている。
『まあ、常人には信じられんだろうな。あの戦いが手加減をした結果などとは』
・・・ちゃんと手加減してるつもり、だったんだけどな。槍も壊してないし。
「本気で来てくれないか」
「本気で、打ったら、殺してしまい、ます」
「それは怖いな。けれど俺は君の本気の動きが見たい」
「本気の、動き、ですか・・・」
『グロリア。ならば見せてやれば良い。槍を加減なく受けて粉砕し、全力で踏み込んで奴の横を通り過ぎてしまえ。君の本気の動きを見れば、打撃を当てずとも解るだろう』
そっか。彼に攻撃を当てなければ良い、のか。それなら簡単だ。
「わかり、ました」
「感謝する」
彼はまた最初と同じ様に構え、同じように突きを放って来た。
なのでその槍を全力で打ち払い、粉砕するのを確認しながら踏み込む。
全力で殴る時の踏み込みで、床の石が砕けるのを感じながら。
ただこの速度だと、上手く止まれない。こういう時は殴った勢いで止まるから。
なので彼に当たらない様に気を付けて、横を通り過ぎた所で地面を蹴った。
凄まじい音と共に床が粉砕して、その反動で何とか止まる。
「今のが、本気の、動きです」
振り向いた彼に、そう告げた。その表情は少し驚き、けれどすぐに平静にもどる。
「確かにこれは、まともに受ければ死ぬか」
「えと、これで良い、ですか?」
「ああ、感謝する。無理を言ってすまなかった」
お兄さんはフッと優しい笑みでそう言って、折れた槍を見てまたフッと笑う。
槍を折った事は怒ってない様だ。良かった。ガライドの言う通りだった。
上手くやれた事にホッとしていると、お兄さんは私の前に膝を突いた。
「グロリア嬢。貴女の強さに感服した。強そうに見えない等と言った事を謝罪したい」
「えと、いえ、その、気にしないで、下さい」
私が強そうに見えないのはもう良く解っている。友達にだって言われる。
だから別に謝る事ではないと思うし、そもそも私が全然気にしていない。
自分が強くある必要はあると思ってるけど、強く見えるかどうかに拘りは無いし。
「いいや。君は闘士だと聞いた。ならば君の力を疑うのは侮辱だろう。すまなかった」
「は、はぁ・・・」
『律儀だな、この男』
そう、なのかな。私本当に、全然気にしてないんだけどな。
頭を軽く下げるお兄さんに、困惑しながら曖昧な返事しか返せない。
「そして君の実力を知った今。君に告げたい事が有る」
「? 何でしょうか」
『む? なんだ、コイツも結局グロリアを何かに利用したい口か?』
ただお兄さんは顔をあげると、真剣な表情を私に向けて来た。
そして右手で私の手を取ると、左手をそっと優しく乗せる。
私の手を両手で包み込むようにしながら、彼は口を開いた。
「俺と婚約して頂けないか」
『何を言っているんだコイツは!! する訳無いだろうが!!』
婚約って・・・好きな人とするんじゃ。今日であったばっかり、だよね?
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