第118話、技量の目

「ふん、ふふん~」


 ご機嫌な様子で鼻歌を歌いながら、キャスさんは私の手を引いて進んでいく。

 一体この先に何が有るのだろうかと、少し疑問を持ちながら彼女の横を歩いている。

 さっき索敵していたし、何かがあると思って歩いていると思うんだけど。

 因みにガライドは、繋いでいる手とは反対の腕に抱えている。


 暫くすると固い物を打ち合うような音と、叫ぶ様な声がかすかに聞こえて来た。

 屋敷でも良く聞く声だ。兵士さん達の訓練の音だと思う。

 この先で誰かが鍛錬をしているのかもしれない。


『この先は、兵士の鍛錬所か?』


 ガライドも私と同じ事を思ったらしい。なら間違っていないのかも。

 キャスさんは訓練を見たかったのかな。普段そんな様子はあんまりないんだけど。

 まだ少し疑問を抱えながら、それでも黙って彼女に付いて行く。


「お、居る居るー。やってるねぇー」

『ふむ、どうやらキャスの目当ては彼等のようだな』


 そうして声が段々と近くなって来て、とある扉を開くと一層大きな声が耳に届いた。

 扉をくぐると広場になっていて、沢山の人が剣を打ちあっている。

 キャスさんその様子をくるっと見まわし、少し楽し気に口にしている。


「・・・木剣じゃ、ないん、ですね」


 ただ刃物で打ち合っている様子に、私は少しだけ心配になった。

 私には刃物は通用しないけれど、普通の人にとっては危ないはず。

 見た感じ多分訓練だと思うんだけど、訓練で怪我したら意味が無い様な。


 私に教えてくれる兵士さん前には言っていた。訓練は実戦で怪我をしない為にやるんだと。

 有事に出撃して無事に生き残って帰る為に、その為にやるのが兵士の訓練だと。

 皆が私の様に頑丈でも強くも無い。ならそうなる為の努力が鍛錬だと。


 その考え方からすれば、この人達の訓練は、訓練にしては少々危ないと思う。


「おや、可愛らしいお嬢様方。道に迷ったのですかな? 可憐なお嬢様には少々刺激が強い光景でしょう。それとも何か御用で?」


 キョロキョロするキャスさんと、じーっと見つめる私と、動かないガライド。

 そんな私達に気が付いたオジサンが声をかけて来て、ニッコリと笑顔を向けている。

 ただ笑っているのは口元だけで、目が笑っていない様に見えた。


「あははー。迷子になった訳じゃないからお気になさらずー。この城の兵士さんがどれぐらい強いのかちょっと見てみたいなー、って思ってただけですからー」

「ほう、お嬢さんが見て解るのですかな」

『・・・今明らかに、小娘が見た所で技量など解らんだろう、という意味が含まれていたな』


 オジサンとガライドの言葉に、再度訓練している兵士さん達に目を向ける。

 彼等の様子をじーっと見て、その技量を計れるかを確認する為に。

 とはいえこの訓練を見ただけで解るのは、たった一つだけだけど。


「私に、訓練してくれる、兵士さんよりは、弱い、ですね?」

「ほう、小さなお嬢さん、中々面白い事を言いますね・・・」

『確かにそうなのだが態々言う必要は・・・いや、うん、まあ良いか・・・』


 解るのかと言われたから、素直に答えたら何故かオジサンは笑顔のまま眉間に皴を寄せた。

 ガライドも言わなくて良かったみたいな事を言うけど、じゃあ何で聞いたんだろう。

 良く解らずに首を傾げていると、キャスさんがクスクスと笑っていた。


「お嬢様は訓練を付けて下さるお身内の事が大好きなのでしょう。故にその方が一番強いと思われているらしい。ですが我等は王家の騎士。申し訳ないが負ける事は無いでしょうな」

「だってさ。その人がこの人達に負けると思う?」

「負け、ないと、思います」

「はっはっは。まあお嬢様にとってはそうなのでしょうな。さて、貴女方の様な可憐なお嬢様に騎士の訓練は退屈でしょう。人を付けますのでお送りしましょう」

『全く信じていないなこれは。当たり前と言えば当たり前かもしれんが』


 どうやら私の言葉を信じて貰えていないらしい。

 けれど本当に屋敷の兵士さんの方が、ここにいる彼等より強いと思う。

 信じて貰う必要は無いのだと解っているけど、信じて貰えないのが何だか少し嫌だ。


「どう、したら、信じて、もらえます、か?」

「ふむ?」


 首を少し傾げながら問いかけると、兵士のオジサン・・・騎士さんだっけ。

 彼は片手を顎にやって、少し考えるそぶりを見せた。

 そうして少し待っていると、ニコッとまた笑っていない様な笑みを向ける。


「お嬢さんは先程、お強い兵士さんに訓練をして頂いていると仰って居りましたな?」

「はい、お願い、してます」

「では貴女がここに居る者達に敵うのであれば、その言葉も信用できるでしょう。はっはっは」

『・・・敵うだろうなぁ』


 成程。私が彼等を倒す事が出来れば、兵士さんが強いと証明できるのか。

 それはそれで何だか違う気がするんだけど、信じて貰えるならそれで構わない。


「やり、ましょう」

『うん、言うと思った』

「は?」


 ならばと思い応えると、ガライドは予想通りだったらしい。

 けれどおじさんは不思議そうな声を上げたので、もう一度確認を取る。


「この人達、全員、私が倒せば、良いん、ですよね?」

「いや、その、お嬢さん?」

「倒せば、信じて、くれるん、ですよね?」

「いやいやいや、お待ちなさいお嬢さん。私が言い過ぎました。謝りましょう。流石にお嬢さんに怪我をさせる様な事は出来ませんよ。ですから落ち着いて下さい」

「私は、何も、怒ってません、よ。大丈夫、です。やり、ましょう」


 怒ってないし焦ってもいない。ちゃんと落ち着いて応えている。

 すると彼は困った様に頭を抱え、キャスさんへと目を向けた。


「彼女は貴女の妹君、なのですかな。無謀はお止めくださらんか」

「んー、まあ妹分みたいなものですけど、止める必要は無いかなーと。だってここに居る人全居相手にしても、この子が負ける事は無いかなと思いますし」

「・・・冗談にしても度が過ぎますぞ、お嬢さん」

「冗談のつもりは無いですよ?」

「尚の事質が悪いでしょう。はぁ・・・余り手荒な真似はしたくはないのですがな・・・仕方ない。見せる方が早いのでしょうな。何、怪我をさせる気は有りませんが―――――」


 彼はそう言うと腰に下げていた剣を抜き、そのまま私の首筋に当てに来た。

 なので何時もの訓練のつもりで、その剣を掴みに行く。

 彼も当てる気は無かったのか手前で止める感じだったけど、その前に刃の部分を掴んだ。


「なっ!?」

「これぐらいの、早さなら、掴め、ます」

『少々脅かすつもりだったのだろうな。だが残念ながら、その速度では遅すぎる』


 私が掴めると思ってなかたのか、オジサンは驚いた顔を見せている。

 けれど何時もはもっと速い剣を相手にやっている。これぐらい簡単だ。

 剣というか、薪だけど。


「じゃあ、相手を、して貰い、ますね」

「なっ、ま、待ちなさい、待てっ!」


 剣から手を放して、兵士さんの方へと歩いて行く。

 するとオジサンが肩を掴もうとして来たので、反射的に避けてしまった。


「なっ、避けた・・・!?」

『まあ、普通は避けられんだろうな。改めて思うが、物語の様な達人の域だなグロリアは』


 そうかな。今のなら兵士さんも同じ事出来たと思うよ。実際やってたし。

 複数人相手の訓練で、後ろから切りかかれたの見ずに躱してたもん。


「彼らを、倒せば、信じてくれるん、でしょう?」

「いや、た、確かにそう言ったかもしれんが、それは―――――」

「みんなちゅーもーく!!」


 何故止めたのか首を傾げながら、三度目の確認を取った。

 するとオジサンは何故か言い淀み、そこでキャスさんが大きな声を上げる。

 沢山の掛け声の中でも良く通る声だったからか、騎士さん達が皆手を止めてこちらを向いた。

 私もオジサンも何事かと、ここに居る皆の目が彼女に向いている。


「こちらに居る少女が貴方達に挑みますので、お相手をお願いしまーす! 既にこの方に許可も頂いていますし、もし怪我などがあっても何も訴えませんのでご安心を! 何なら訴えないって誓約書でも作って良いですよー! よろしくお願いしまーす!」


 そして彼女が告げた言葉で、騎士さん達は何故か困惑した様子で顔を見あわせていた。


『・・・まさかキャスの目的は、最初からこれか? だが何故』

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