第105話、叱り

 ズゴゴゴゴゴゴ、と凄い音が足から鳴っている。

 肉から血を効率よく吸い上げているらしい。

 暫くすると音が小さくなり、肉から足が離れた。


『このぐらいあれば良いだろう』

「わかり、ました。じゃあこれで、最後ですね」


 血の出が悪くなった魔獣を足から離し、割れていた足がバキンと戻る。

 魔獣を何体か倒し、倒す度に足に血を注ぎ込んだ。

 最初に注ぎ込む時は足が割れて驚いたけど、二度目以降はもう慣れた。


「結構、いっぱい、入れたのに、溢れないん、ですね」

『そうならない様に端から加工しているからな。とはいえこれは副産物的効果だが。薬を生成する工程で血液に含まれるエネルギー・・・魔力を抽出して圧縮加工している。細かい工程の説明は省くが、結果として注いだ血液の量とは比べ物にならないぐらい少量になる』

「・・・私が一杯食べても、大丈夫なのと、同じで、しょうか?」

『いや、それとこれは別だ。私はあくまで、魔獣の魔力を抽出加工しているに過ぎない。君の場合は自身の力に変換している。似ているかもしれないが、それは完全に別物だ』

「そう、ですか。難しい、ですね・・」


 私からしたら同じ様に見えるのだけど、ガライドからは違うらしい。

 まあ良いか。取り敢えずこれで、血の確保は終わった。


「もぐもぐ・・・やっぱり、これも、スカスカしてる様に、感じますね」


 残った肉にかぶりつくと、あんまり食べている感覚がしない。

 美味しくも無ければ体を満たす感覚もなく、穴だらけの物を食べている気分だ。

 ガライドが言うには、魔力が抜けているせいだろう、との事らしい。


 それでも魔力が全く残って無い訳ではなく、肉自体も私の体の栄養源になっているそうだ。

 なので食べる分は無駄になってないけど、食べ応えが無くて実は少し辛い。

 けどもったいないので食べている。少しでも回復するなら食べた方が良いし。


「はふ・・・ごちそう、さま、でした・・・ん、お腹、膨れた、みたいですね」

『流石に血抜きした後の魔獣でも、アレだけ食べれば腹も膨れるか。いや、空腹感が薄かったが故に満足した、という所かな。さて、では今日は帰るとするか。遅くなってすまなかった』

「大丈夫、です。ガライドは、私の為に、してくれてるん、ですから」

『そうか。ああ、そうだな。グロリアはそれで良い』

「? はい、わかり、ました」


 ガライドの言い回しに少し首を傾げたけど、言葉通り受け取って頷く。

 持って帰ると喜ばれそうな素材を抱え、一旦ギルドへ向かう為に走る。


「ちょっと、奥まで入り、過ぎました、ね」

『そうだな。私も止めるべきだった。すまない』

「気に、しないで、下さい」


 走っても走っても中々森を抜けられない。かなり移動しているのに未だ森の中だ。

 奥に向かう時は気にしてなかったけど、帰るとなると街がやたら遠く感じる。

 一瞬このまま帰れなかったら、何て怖い考えが浮かんですぐに消した。


「っ!」


 足に込める力をさらに強め、速度を上げて森を駆け抜ける。

 もう魔獣に出会っても仕方ないから、避けて走っているのも時間がかかる理由だろうか。

 いや、この程度は些細なはずだ。心配する程の距離じゃない。


 そうして暫く全力で走り続け、ようやく森を抜ける事が出来た。

 無意識にホッと息を吐いた事に気が付き、不安だった自分を自覚する。


「真っ暗に、なっちゃいました、ね」

『そうだな。帰りが遅くなった事をリーディッドやリズに叱られたら、私の指示で行ったと言ってくれ。君が叱られる必要は無い』

「その時は、私も、叱られ、ます」

『そうか。ああ、そうだな。一緒に叱られるとするか』

「はい」


 ガライドがフッと笑ったのを聞きながら、街に向かいギルドへと向かう。

 門の兵隊さんからは「余り遅くまで出歩くなよ」と軽く叱られてしまった。


「おや、グロリアちゃん・・・その素材って、まさかこんな遅くまで森に入ってたんですか!? もう、駄目ですよ。グロリアちゃんが強いのも、森を抜けて来たのも知ってますけど、それでも危ない事には変わりないんですから。特に夜の森なんて迷子になっちゃいますよ。めっ!」

「ありゃあ、フランに叱られちゃったねぇ、グロリア」

「まあ仕方ないね。実際危ない事してたんだし。次は気を付けなよ?」


 ギルドに入るとフランさんにそう叱られ、職員のお姉さん達からも少しだけ叱られた。

 でもそのどれもが嫌じゃなくて、むしろ嬉しかったのは変だろうか。

 叱られているはずなのに、美味しい物を食べ問た時と同じ様な気持ちになる。


「ごめん、なさい」

「ん、ちゃんと謝れる子は良い子です。飴ちゃんをあげましょう。どーぞ。あーん」

「あむ・・・ありがとう、ござい、ます」

「いえいえー。むしろこのギルドはグロリアちゃんにお礼を言わなきゃいけない立場ですから。貴女が来てからいっぱい素材を回せてますからねー。でも本当に無理しちゃ駄目ですよ」

「無理は、してない、つもり、です」

「そうなんでしょうねー。グロリアちゃんは強いですから。でもね、皆心配なんですよ。貴方はまだ子供なんですから。大人が子供を心配するのは当たり前なんですよ。ね?」

「っ、はい・・・」


 その言葉が嬉しくて、何故か余りにも優しくて、返事がつっかえてしまった。

 フランさんの優しい笑顔が余りに暖かくて、胸からぐっと熱い物が上がって来た。

 頬に熱い物が垂れて、顎に落ちて行ったのを感じる。


「あ、い、言い過ぎましたか!? な、泣かないで。だ、大丈夫ですよ、怒ってるとかじゃないんですから。皆心配なだけですからね!? ど、どうしましょうギルマス!」

「そう言われてもな。俺も泣いてる女の子を慰めるとか、慣れてねえし・・・どうしたグロリア。叱られて嫌だったのか? 悔しかったとかか? 何か反論があったのか?」

「・・・いいえ、違い、ます」

『グロリア・・・いや、今私が口を出すは無粋か』


 ギルマスがしゃがんで訊ねて来たので、首を振って返す。

 自分でもこんなになるとは思ってなかった。

 けれど叱られた事が何故か嬉しくて、自然と涙が溢れてしまった。

 怒られると思っていたのに心配されたからだろうか。感情の変化が自分でも良く解らない。


「すんっ・・・大丈夫、です。すみ、ません、でした」

「本当? 本当に無理してない? グロリアちゃんみたいなタイプは、我慢して我慢してバーンってなりそうだから心配なんですよ。気にせずちゃんと言っちゃって良いですからね」

「はい、ありがとう、ございます」


 フランさんにぺこりと頭を下げ、すると彼女は複雑そうな表情で立ち上がる。


「んー、まー、あんまり引きとめてたらお屋敷の人達が心配するだろうし、今日の所は素材を置いて帰ると良いよ。後はこっちでやって、書類はお屋敷に送っておくから」

「はい、解り、ました。失礼、します」


 ぺこりともう一度頭を下げてから、皆に別れを告げてギルドを出る。

 そして少し速めに走って帰ると、屋敷の扉の前にリズさんが立っていた。


「お帰りなさいませ、グロリアお嬢様」

「ただいま、帰り、ました・・・リズさん」

「ご夕食の準備は出来ておりますが、先に汗を流されますか?」


 リズさんは何処かホッとした様子で、笑顔で私に問いかけて来た。

 ギルドの人達の様に叱る事は無いけれど、それでも心配してくれていた事は何となく解る。

 だって扉の前に立ってたんだ。何時もの時間じゃないのに。まさかずっと立ってたのかな。


「遅くなって、ごめん、なさい」

「リーディッドお嬢様からは軽くお叱りがあるかも知れませんが、私に謝る必要はありませんよ。グロリア様がご無事ならば構いません。さ、お帰りなさいませ、お嬢様」


 何時も通りの綺麗な笑顔で、屋敷の扉を開けるリズさん。


「はい、ただいま、です・・・」


 それがとても嬉しくて、何時も通りが凄く嬉しくて、自然と笑っていた気がした。

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