第98話、強者

 ガンさんに訓練の了承を貰った後、全員で屋敷に向かう事になった。

 どうせなら訓練は庭でやれば良いと言われたからだ。

 何時も庭で兵士さんとやっているのだし、終わった後の汗も流しやすいだろうと。


 私は特に拒否する理由もないので、ガンさんが頷いたのを見て私も頷く。

 そこでリーディッドさんは壁の兵士さんに話しかけ、彼は何処かへ走って行った。


「リーディッド、お前なにするつもりだ」


 それを見届けたガンさんは、半眼でリーディッドさんに訊ねた。


「あら、なんて目で私を見るのですか。ただ単に庭を訓練に使わせて頂きたいと、領主様にお願いを申し上げただけですのに。酷いですわ。私を一体何だと思っていますの・・・!」

「嘘をつくな嘘を。後なんだその口調気持ち悪い」

「キャス、この男酷くありませんか。流石に気持ち悪いは無いでしょう」

「え、ごめん、私も気持ち悪いのは事実だと思う」

「グロリアさん。私の味方は貴女だけです。こんな奴ら放置して帰りましょう」

「え、え?」

『お前ら本当に仲が良いな・・・』


 リーディッドさんはプンスカ怒って私を抱きしめ、そのまま抱えて歩き始める。

 そんな彼女に私が焦っていると、その様子を見た二人がクスクスと笑っていた。

 なら何時もの事だ。何も問題は無いだろう。ガライドも仲が良いって言ってるし。


「・・・お二人のどちらが・・・いえ、両方の可能性もある、か」


 ただその更に後ろに居る王女様が、鋭い目つきでガンさんを見つめていたのが少し気になる。

 けれど彼女に問う事が何故かできなくて、抱えられたまま屋敷へとたどり着いた。

 そして庭には何故か屋敷の使用人さん達や兵士さん達が集まっている。


「リーディッド。ナニコレ」

「何でしょうね。見学じゃないですか?」

「やったねガン! 雄姿を見て貰えるよ!」

「欠片も嬉しくない」


 見学。屋敷の皆が私の訓練を見学するのか。それは何だか緊張する。

 今までそんな事無かったし、むしろ私が見学する事の方が多かった。

 使用人の仕事とか、庭師の仕事とか、厨房の仕事とか。


 知らない事を色々知れて、教えて貰えて楽しかった。

 そうか。ならお返しになるのかな。見学で楽しんでもらえれば。

 少なくとも兵士さんは多分楽しいと思う。


「やりま、しょう・・・!」

「ほら、グロリアちゃんはやる気満々だよ!」

「ガン、女に恥をかかせるつもりですか?」

「絶対その言葉選び間違ってると思う。解ったよ。解りました。やるって言ったからな」


 ガンさんは大きな溜息を吐くと、光剣を取り出し庭の中央へと足へ踏み出す。

 そして光剣に魔力を通し、彼の体が薄く光った。


「・・・間違い無く魔道具使い。それも相当な使い手。何が何も無い田舎ですか・・・!」


 唸る様な声で呟いた言葉が耳に届く。今の声は王女様、だよね?

 何となく視線を向けると、ニコッと可愛い笑顔が帰って来た。

 あれ? 今の、聞き間違い、だったのかな。怒ってる感じ、だったんだけど。


「・・・今は、いいか。待たせちゃ、駄目、だし」


 私も準備をしようと、手袋を外し、靴下と靴も脱ぐ。

 今日は突発じゃないし、毎回吹き飛ばしてしまうのを申し訳なく思っていたから。

 脱いだらリズさんに全部預け、トテトテと庭の中央へ。


「宜しく、お願い、します」

「ん、ああ。うん、こちらこそ宜しく。ははっ」


 ぺこりと腰を折って挨拶すると、ガンさんは何故かクスクスと笑った。

 何かおかしかっただろうか。少し首を傾げるも、直ぐにそんな疑問は掻き消えた。

 彼の手の魔道具がまた少し光り、キィンという音と共に光の剣を作り出す。


「っ・・・!」


 怖くて堪らない。この剣の前に立つと恐怖で足が竦みそうになる。

 古代魔道具と戦った時は平気だったのに。あの時はこんなに怖くなかったのに。

 何でだろう。彼女を相手にする時は、頭が怒りでいっぱいだったからだろうか。


『出力は抑えめだな。流石に高出力でグロリアへぶつけには来ないか。これならこちらも出力を上げさえすれば、問題無く防ぐ事が出来るだろう』


 抑えているなんて言葉が信じられない。あの剣は確実に私を殺せる力だ。

 問題無く防げる? そうなんだろう。きっとガライドの言う事は正しい。

 なのに私の頭には何故か、あれで斬り殺される未来がよぎった。


「――――――っ!」


 紅い力が、意識する前に迸った。彼が『光剣』をきちんと構えた瞬間に。

 私に向けて武器を構える彼の姿が、主人の姿と被る。

 全く似ていないのに、何でこんなに、同じに見えるんだろう。


「こっわ・・・えぇ・・・なんか何時もより紅い光強くない? これ本当に近付いて大丈夫?」


 彼は私の力に怯えているのに。あの時の主人の様な笑っていない笑みなんて見せないのに。

 この人の見せる笑みは何時だって優しくて、私はとても幸せな気持ちになる。

 何時も何時も私の事を気遣ってくれる人。だからこんなに怖がる必要は無いはずなのに。


「・・・ああ、そうか。解った」


 恐怖を心で押さえつけ、光を意識して抑えて構えを取る。

 自分の恐怖に呑まれない様に。無駄に力を使わない様に。

 私は思い切り殴るだけじゃきっと駄目だ。もっと上手く力を使わないと。

 でないと勝てない。主人には勝てない。この人には、勝てない。


「光剣、じゃない。ガンさんが、怖いんだ、私」


 今初めて気が付いた。良く考えれば解る事だった。何故今更気が付いたんだろう。

 この人が優し過ぎるからだろうか。普段は魔道具を使わないからだろうか。









 この人、本当は私より、強いかもしれないなんて、今更気が付いた。

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