第83話、帰還
「わふわふ」
「ん、いいこ、いいこ」
今日はお屋敷に帰る日だ。今回も車を引いてくれる子の頭を撫でてあげている。
行く時は毛が付くからと離されたけど、今日は帰るから良いと許可を貰った。
もふもふで気持ち良い。頭を優しく撫でてあげると、目を細めてとても可愛い。
ぎゅーってしてあげるとスリスリして来る。
「本当にもう行くのかね。まだゆっくりしていってくれても良いのだが」
「いえいえ、そろそろ帰りませんと、兄が心配致しますので」
ニコニコお互い笑顔で、領主さんとリーディッドさんが穏やかに話している。
ただ二人共、笑顔なのに何だか怖いのは気のせいだろうか。
『・・・どっちもどの口が言うのか』
ガライドが何だか呆れている。私もちょっと首を傾げてしまう。
だってリーディッドさん、普段は『兄なんていませんよ』って言ってるし。
とはいえ私が変に口出しても良くないだろうし、静かに黙って話が終わるのを待っている。
「お姉様、道中の魔獣や野盗にお気を付け下さいね・・・!」
「多分三台もある貴族の車を襲う野党はそうそう居ないと思いますし、魔獣ならそれこそグロリアさんが倒してしまいますよ。そもそもこの辺りの魔獣なら兵士達で十分ですし」
「ですがこの間の魔獣の様な例外も有ります。油断は宜しくないかと」
「・・・そうですね。確かにその通りですね。私の失言でした」
確かにエシャルネさんの言う通りだ。街の中にあんな魔獣が出て来たんだから。
普段どれだけ平和だったとしても、絶対に魔獣が出ないとは言えないと思う。
帰り道は少し警戒しておこう。ガライドに『レーダー』をずっと出してて貰おうかな。
「グロリア様も、お気をつけて。またお会い出来る日を楽しみにしています」
ぽけっとそんな事を考えていると、彼女は私にも声をかけて来た。
見ると胸元を抑えながら笑顔を向けていて、その手の中にガライドが居る感覚を感じる。
もしかしてお守りがそこに在るのかな。言ってた通り大事に持ってくれてるんだ。
「はい、また、いつか」
「ええ、またいつか」
その事に気が付いて笑顔で彼女に応えると、彼女も笑顔で返してくれた。
やっぱり私、エシャルネさんの事好きだな。良い人だと思う。
その挨拶を最後に車に乗る様に促され、パタンと扉が閉められた。
「わん!」
元気の良い鳴き声が響くと車が走り出し、城からどんどん離れて行く。
数日しか居なかった所だけど、何だかちょっとだけ寂しい。
エシャルネさんと暫く会えないからだろうか。多分そうなんだろうな。
ただその寂しさも時間が経てば慣れるもので、数日後にはもう気にならなくなっていた。
彼女の手にはガライドが居る。だからまた会える。そう思えるからもあるかな?
なので行きと同じく平穏な時間が流れていく。ちょっと退屈なのは我が儘だろうか。
ただ途中の宿場町で、リーディッドさんが嫌な話を聞いたらしい。
最初はその言葉だけで、誰も彼女にそれ以上の事は聞かなかった。
けれど余りに様子がおかしいと思ったのか、少ししてガンさんとキャスさんが訊ねる。
すると彼女は少し躊躇する様子を見せた後、眉間に皴を寄せながら口を開いた。
「貴族・・・それもかなり上の貴族が、どうも魔獣領に来ている臭いです」
「それって、あのオッサンより上って事か?」
「解りません。ですがその可能性が有りますね」
「あのオジサンより上って・・・ねえ、リーディッド。私物凄く嫌な予感がするんだけど」
「奇遇ですね、私もですよ、キャス」
上の貴族。それはさっきまで居たお城の領主さんより上の人って事だろうか。
今回は偉い人だったけど、嫌な事はされなかった。
けどそれよりもっと偉い嫌な人と聞かされて、反射的に嫌な気分になる。
出来れば会いたくない。けど魔獣領に居るなら会うしかないんだろうか。
屋敷に籠っていれば合わなくて済むかもしれないけど、それだと友達に会えない。
訓練だって出来ないし、何より森に行けない事が一番の問題だ。
「これってどう考えても、今帰ると絶対面倒臭い感じだよねー。やだなー」
「間違い無くとても面倒臭いでしょうね・・・」
「じゃあ帰る日程ずらすとかどうだ。そいつが帰るまでこの辺りで待つとか」
「それはそれで面倒な事になりそうなんですよ。帰りの日程は先に連絡を送っていますから。一日二日程度なら良いですけど、その貴族が帰るまでとなると捜索を出す事態になります」
『リーディッドが帰って来ないとなれば、確実に捜索隊が出るだろうな』
あの領主さんの事を考えれば、絶対心配して捜すと思う。
リーディッドさんの事大好きだもん。
「・・・帰るしか、ないでしょうね」
「だよなぁ」
「まー仕方ないよねぇ」
兵士さんや使用人さんも混ざって話し合った結果、やっぱり予定通り帰る事になった。
捜索騒動で予想外の面倒を起こすより、解っている面倒の方が良いという結論で。
という訳で宿場街を予定通り出て、予定通りの速度で街へと向かう。
街へと着くと車から魔獣を一頭外し、兵士さんが先行して到着の連絡に向かった。
街中で車を早く走らせると危ないから、ゆっくりと走らせて行く。
その途中で街の人が声をかけて来たので、何度か車を止めて挨拶をしていく。
「お帰りグロリア―!」
「グロリアちゃーん、おかえりー」
「やっと帰って来たかね。またお野菜分けてあげるから遊びにおいでね」
皆優しく迎えてくれて、思わず口の端が上がる。
頭を撫でられるのが心地いい。帰って来た実感がわく。
そんな感じでゆっくり屋敷へと進み、門の前まで来ると屋敷の間に人が沢山居た。
「ただの出迎え・・・では無さそうですねぇ」
「あー、リーディッドの嫌な予想大当たりかよ」
「よし、ガン、私達は巻き添え食わない様に車内に居ようね」
『キャスよ・・・いやだが、この場合は面倒を避ける意味でもその方が正しいのか?』
皆の会話を聞きながら並ぶ人を見ると、見覚えの無い人が何人か居た。
数人の兵士さんと、貴族みたいな人と・・・貴族みたいな感じの子供?
「はぁ、仕方ない、降りますか。キャスとガンは乗ったままで良いですよ。降りて来られても実際面倒臭いので。グロリアさんは・・・一緒に降りた方が良いでしょうね、おそらく」
「そう、ですか。わかり、ました」
私は降りないと駄目なのか。出来ればガンさんと一緒に車で待っていたかったな。
と思いつつも彼女の言葉に頷き、車がゆっくりと止まるのを待つ。
そして止まったら言われた通り、彼女の後ろをついて降りて行く。
ただ私だけと言われたはずなのに、リズさんも一緒に降りてるのは大丈夫なのかな?
なんて首を傾げていると、貴族っぽい子供がズンズンと私に近付いて来た。
そして足元から頭まで観察する様に視線を動かし、最後に顔に戻してじっと見つめる。
「良いだろう。合格だ。お前、俺の女になる事を許可してやる」
・・・? 女? どういう意味だろう。許可って、なんの許可なんだろう。
『良し、潰すかこの小僧』
え、が、ガライド、どうしたの。な、何だか力が吸われてる感じがするんだけど。
キィンって鳴ってるけど、本当に潰さない、よね? だ、駄目だよ、人を潰しちゃ。
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