第82話、お守り

 魔獣退治から数日が経ち、その間特に変わった事は無かった。

 あえて挙げる事が有るとすると、兵士さんと少し訓練をする事になったぐらいだろうか。


 屋敷では良くやっていたから、暫くやらな過ぎて変な感じになっていた。

 なのでその事をリーディドさんに相談して、少し庭を借りて鍛錬をしている。

 相手は一緒に来た兵士さん達だ。彼等にも屋敷で何度か手合わせをして貰った事が有る。


「よろしく、おねがい、します」

「はい、こちらこそ胸を借ります」


 ぺこりと頭を下げると、兵士さんも笑顔で応えてくれた。

 彼が訓練様の槍を構えると、リーディドさんの「はじめ!」という声が響く。

 即座に踏み込んで槍を振るう彼に合わせ、槍を軽く弾きながら懐に踏み込む。


 そのまま掌打を胸に軽く入れ、けれど彼は後ろに飛んで衝撃を逃がした。

 ただ完全には逃がせなかったのか、少し苦しそうな表情をしている。

 それでも彼は前に出て槍を振るい、私は攻撃をいなしつつ再度懐に潜る。


「うぐっ・・・!」


 今度こそ掌打が綺麗に決まり、彼の動きが止まった。

 そこで「そこまで!」という声が響き、二発目の掌打を打つのを止める。


「ありがとう、ござい、ました」

「けほっ、こちらこそ、ありがとうございました」


 終わりもぺこりと頭を下げると、彼は少し咽ながらも応えてくれた。

 苦しいなら無理に答えなくて良いんだけどな。

 私は元気だから、ちゃんと挨拶をしているだけだし。


 そして今度は他の兵士さんと交代して貰い、そのまま全員とやった。

 ただこの人達は屋敷の兵士さんと違って、4,5撃目で大体手合わせが終わる。

 あの人と手合わせをやると、当てるだけでも中々難しいんだよね。

 何となくだけど、あの人には本気で打ち込んでも、躱されそうな予感がある。


「ふわぁ・・・! 華麗! まさに華麗です! 素敵ですグロリア様! 紅蓮になびく髪がその容姿を引き立てていて、本当に素敵です! 紅蓮のグロリアって感じです!」


 そして終わるとエシャルネさんがキラキラした瞳でそんな事を言って来る。

 彼女は私が訓練をすると聞いて、物凄く慌てた様子で見学に来た。

 何かをやる度に褒められるので、私としてはちょっとむず痒い。


 だって屋敷の兵士さんとの手合わせなら、こんなに簡単にはいかない。

 彼等が弱いという気は無いけれど、あの兵士さんの方が遥かに強いんだ。

 そして彼との手合わせで、彼に一撃を真面に入れた事は少ない。


 勿論『加減』をしての事ではあるけど、それでも私にとって加減は大事な事だ。

 なので鈍らせたくないという想いも有り、こうやって訓練を望んだ訳だけど。


「エシャルネ様じゃないけど、確かに華麗って言葉が似合うよね。グロリアちゃんって」

「そうだな。多分グロリアが基本的に後ろに下がらないせいも有るんだろうな。攻撃を躱すか弾いて、足を動かす際はほぼ必ず前に出す。無駄の無さが凄まじいな」

「家の者の教育の成果、と言いたい所ですが、元々グロリアさんは前に出る口でしたからねぇ」

『そうだな。グロリアが覚えたのは加減であって、あの技量は元々持っていた物だ』


 ただガンさん達が褒めてくれると、口の端が少し上がるのを自覚する。

 彼等に褒めて貰えると凄く嬉しい。もっと頑張ろうと思ってしまう。

 と思った翌日には、屋敷に帰る事が決まった。


 突然言われたけれど、驚きよりも帰る事が出来る喜びの方が大きい。

 ただエシャルネさんは凄く残念そうだった。

 でも気持ちは解る。彼女は大好きなリーディッドさんと別れる事になるんだし。


 だからなのか、彼女は夕食後に部屋へと訪ねて来た。

 リーディッドさんに抱き付いて、思っていた通り別れを惜しむ為に。


「ああ、お姉様、とうとう帰ってしまわれるのですね。この数日間私は幸せでした。お姉様と過ごした数日を私は絶対に忘れません。ええ、絶対に。お姉様・・・!」

「何でそこまで私で盛り上がれるのか、私にはさっぱり解りません・・・後まるで今生の別れみたいに言うの止めて頂けませんか。領地に帰るだけですからね?」

『最後まで私はこの娘が掴みきれんかったな・・・』


 彼女とは正反対に、リーディッドさんは遠い目をしていた。

 ガライドも何だか微妙な反応だ。相変らず苦手らしい。

 私は彼女の事結構好きになったんだけどな。


「あ、そうだ、忘れる所でしたわ。訪ねて来た理由はお姉様の事だけではありませんのに」


 首を傾げながら彼女達を見ていると、エシャルネさんが何か思い出した様子を見せる。

 そしてリーディッドさんから離れると、私の傍に寄って何かを取り出した。

 小さな黒い物。なんだろうこれ・・・あ、そうだ、思い出した。


 ガライドが突然私の掌に出した、良く解らない小さな物だ。

 彼女に渡して欲しいって言われたから、兎に角渡したんだっけ。

 結局あれって何だったんだろう。完全に忘れてたから何にも聞いてないや。


「おかげで一人の時も心強く思えました。本当に・・・嬉しかった。私を認めて頂けた事が、心の底から嬉しかった。私は私のままで良いのだと、そう思えました」


 彼女はその黒い物を握りしめ、大事な物を持つように胸に抱えた。

 何時ものような元気な笑顔じゃなくて、何処か悲し気に感じる笑顔で。


「だから、お帰りになる前に返さなければと思いつつ、ずっと返す事が出来ませんでした。遅くなって申し訳ありません。グロリア様の大事な物を、お返し致します」


 彼女は手を開くと、そっとその手を私に向けた。

 掌には黒い物が乗っていて、受け取って良い物か悩む。

 だって渡せって言ったのガライドだし・・・。


『グロリア、それは暫く持っておくように伝えてくれ。それには一度きりだが、彼女の身を守る程度の力を込めてある。お守りだと言っておけば良い』

「ええと・・・それは、お守り、なので、持ってて、下さい」

「お守り・・・解りました。大事に持っています。絶対に手放しません」


 ガライドの言葉を伝えると、彼女はお守りを大事そうに握り込んだ。

 きっと言葉通り大事にしてくれるだろう。彼女を見ているとそう思える。

 ガライドが渡した物だし、大切にしてくれると私も嬉しい。


『私は彼女が少々苦手だが、グロリアは好意を抱いている様だからな。保険をかけておくに越した事は無いだろう。あの女が彼女を絶対に手にかけないとは、断言出来んからな・・・それにしても、何時もこういう態度で有れば私も困惑せんのだがな』

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