第57話、慣れない事

「グロリアお嬢様、どうですか?」


 リズさんにそう問われ、目の前にある大きな鏡を見る。

 鏡には私とリズさんが映っていて、彼女の持つ小さな鏡が私の頭を映していた。

 そこには綺麗に編み込まれた私の髪が映っていて、何時もと違う感じに少し戸惑う。


「え、と・・・上手、です・・・」

「・・・お気に召さなかった様ですね」


 何と答えて良いのか解らず、見たままに褒めたつもりだった。

 するとリズさんは少し残念そうな顔を見せたので、驚いてワタワタと慌ててしまう。


「え、い、いや、そんな事、ないです。良い、ですよ」

「いえ、申し訳ありません。グロリア様が髪を結う事に難色を示している事は解っております。ですが慣れる意味でも、暫くの間はお許し下さい。帰って来たら、また何時も通りですので」

「は、はい・・・」


 謝るリズさんに頷きつつ、慣れない形になった髪を触る。

 普段が特に纏めたりはしていないから、どうしても違和感が。


「同じく衣服に関しても、暫くの間は汚さない様にお願いします。グロリアお嬢様の生き方に反するとは思いますが、帰って来るまでの辛抱ですので。どうか、お願い致します」

「はい、わかって、ます。大丈夫、です」


 髪の事も服の事も、事前にリーディッドさんに言われているから納得している。

 これから大きな貴族の家に行くので、身綺麗にしておかなきゃいけないと。

 だからなのか今日は何時もより、ふわふわな部分が多い服を着ている。


 普段の服は結構頑丈で、少し何処かに当たったぐらいじゃ破れない。

 けど今日の服は下手に動くと破きそうで、今かなり緊張している。

 気を付けないと、あっという間に破いてしまいそうだ。


 最初は直前で着替えるという話もあったらしいけど、慣れる為に今からという事らしい。

 本当に慣れるのかな、という不安はあるけれど、慣れる様に頑張るしかないだろう。


『グロリア、もう少し肩の力を抜かないと、着く頃には疲れ切ってしまうぞ?』


 そうは言われても、緊張するのは緊張するんだから仕方ない。

 むしろ少しは緊張していないと、何時までも出来ないままな気がする。


「ではグロリアお嬢様。参りましょう」

「は、はい」


 促された言葉に頷いて立ち上がり、部屋を出てそのまま庭に向かう。

 庭には車が用意されていて、御者さんが車に大きな犬の魔獣を繋いでいた。

 あの子は魔獣だけど危なくないらしい。偶に私も食事をあげたりしている。


「わふっ」

「今日も、ふわふわ、だね」


 犬が私に気が付いて、私が撫で易い様に地に伏せる。

 なのでその要望通り優しく撫でると、犬は嬉しそうに目を細めた。


「いいこ、いいこ」


 大人しく撫でられる犬が可愛くて、わしゃわしゃ撫でてしまう。

 暫くそうやっていると、ひょいと脇を持たれて持ち上げられた。


「グロリアお嬢様、余り近付くと服にまで毛が付いてしまいます」

「あ、す、すみ、ません」


 顔をわしゃわしゃ撫でてただけのつもりだったけど、気が付いたら一歩踏み出していた。

 危ない。何時もの調子で近付いていた。今日は服を毛だらけには出来ない。

 もっと撫でて欲しそうな犬には悪いけど、暫くの間は離れておこう。


「すみません、グロリアさん。遅くなりました」


 犬から一歩離れると、後ろからリーディッドさんに声をかけられた。

 彼女も今日は何時もと違い、私の様にひらひらした服装になっている。

 でも私と違って動き慣れている様だ。動きに淀みが無い。


「大丈夫、です。私も、さっき、来ました」

「そうですか。後はあの二人が来たら出発ですが・・・来たようですね」


 リーディッドさんが顔を門の方に向け、私も同じ様に顔を向ける。

 そこには笑顔で手を振るキャスさんと、少し焦った顔で走るガンさんの姿があった。

 どうやら今回も三人と一緒らしい。ちょっと嬉しい。


「おはよーグロリアちゃん。リーディッド。護衛のお仕事に参りましたー」

「丁度良い感じの所に来たみたいだな。おはよ、二人共」

「おはよう、ござい、ます」

「おはようございます二人共。貴方達が一番最後ですよ」


 二人は道中の護衛として付いて来る。道中に魔獣が絶対居ないとは限らないからと。

 なら私が戦うと言ったら、その恰好の維持になれる方が優先と言われてしまった。

 なので少し不安だけど、魔獣が出てきたら私はじっと見ている事しか出来ない。


 ・・・とはいえ、多分、危なそうだったら我慢出来ないと思う。


 この事を黙っている私は悪い子だろうか。悪い子、だろうな。

 自分の行動に少し気まずさを覚えていると、何故かキャスさんの目が険しくなった。

 もしかして私の考えに気が付いたんだろうか。怒られる、のかな。


「ねえリーディッド、あの女はあっちの車?」

「ええ。先に押し込んでおきました。今頃怯えているのか苛々しているか・・・まあ興味は有りませんけど。こちらの思い通りにさえ動いて頂ければ構いませんし」

「傭兵に過ぎない私がこんな事言うのって駄目なの解ってるけどさ、あの女って仲の悪い妹が居るんでしょ? あいつ処刑してそっちを魔道具使いにしちゃ駄目なの?」

「最悪の場合はそうなりますが・・・あの女が身近に居たせいか、妹君は少々真っ直ぐすぎる性格をしていましてね。姉を排除した後に自らは魔道具使いにならず、グロリアさんを国の古代魔道具使いとして掲げるべき、とか言い出しかねません。説得が面倒なんですよ」

「あー・・・それは、困るね」


 どうやら私の事じゃなくて、あの車の中に居る女の人の事らしい。

 いや、私の事でもあるみたいだけど、私を掲げてどうするんだろう。

 やっぱり偉い人の考えは解らない。怖いからなるべく近付かないでいたいな。


「色々言いたい事も有ると思いますが、先ずは出発しましょう。何時までも皆を待たせる訳にはいかないでしょうし、面倒は出来るだけ早く終わらせたいので」

「あ、ごめんね。んじゃグロリアお嬢様、お手をどうぞ~」

「え、は、はい・・・宜しく、お願いします」


 キャスさんに手を差し伸ばされ、その手を取って前に進む。

 そのまま車に乗るように促され、中に入ると三人とリズさんも入って来た。

 他の車にも兵士さん達が乗り込むと、「わふっ」という声と共に車が動き始める。


『ここに来てしばらく経つ故に安全な事は解っているのだが・・・やはり魔獣が傍にいるというのは少々気になってしまうな。見た目が犬でも反応がな・・・これこそ慣れるしかないか』


 そういえばガライドは、犬の魔獣が少し苦手らしい。

 魔獣だからどうしても警戒してしまうと言っていた。

 皆大人しくて良い子なんだけどな。この間は背中に乗せてくれたし。

 私もガライドも、今回は慣れなきゃいけない事だらけだね。

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