第56話、領主の妹

「はぁ・・・疲れました・・・」


 さっきまでの怖さを感じる様子とは違い、だらーんと椅子に座るリーディッドさん。

 それを見て兵士さんの一人がクスクスと笑い、お茶の用意を外の誰かに告げに行く。

 女性の姿は既にこの部屋には無い。さっき何処かに連れて行かれた。


「流石に魔道具を向けられた時は肝が冷えました・・・あーもう、私もう嫌ですよ。こんなバカみたいな交渉二度とやりませんから。良いですね! りょ・う・しゅ・さ・ま!」

「それは困るなぁ。彼女の家と話を付けに行くんだろう?」

「何で私が行かなきゃいけないんですか! 貴方が行きなさいよ! 貴方が領主でしょう!? 貴方がグロリアさんの後ろ盾でしょう!? 私が行ってどうするんですか!」

「だが彼女は君の機嫌を損ねた事を恐れ、そして君の冷徹さに怯えている。話を付けに行くのであれば、君が行った方が従順だと思うけどね」

「あんな馬鹿女誰が行っても一緒ですよ!」

「じゃあグロリアを一人でいかせるのかい? それとも君の友人二人に?」


 リーディッドさんが何時にない勢いで怒り出し、けれど領主さんは何時もと違って笑顔だ。

 普段なら悲しそうな顔をして落ち込むのに、今日はむしろさっきの怖い雰囲気だ。

 何だか良くない空気にオロオロして、けれど良い言葉が浮かばない。


「・・・私、貴方のそういう所、ほんっっっっっきで嫌いです」

「それは残念だ。私は愛しているよ。愛しの妹、リーディッド」

「気持ち悪い。鳥肌が立つので止めて下さい。冗談抜きに吐き気がする程気持ち悪いです」

「・・・ねえ、流石に傷つくんだよ、俺だって・・・」


 けれど最後は何時も通り、領主さんは悲しそうに項垂れた。

 リーディッドさんはその様子に満足したのか、ため息を吐いて力を抜く。

 私もホッとして・・・ホッとして良いのかな、これって。


「ガライドさん、ご協力感謝します。貴方のおかげで多少溜飲が下がりました」


 少し悩んでいると、リーディッドさんがガライドに話しかけて来た。

 珍しいと思いガライドに目を向けると、ふわーっと私の前に降りて来る。

 そしてガライドから『キィィン』と何か高い音がした気がした。


『構わん。グロリアの利になると判断した。むしろ礼を言おう』

「――――話せたん、ですね。グロリアさんが起きていても」


 どうやらガライドの声が聞こえているらしく、部屋に居る全員が驚く様子を見せる。

 私は何時も聞き慣れている声と少し違う気がして、ちょっと首を傾げているけど。

 今のガライドの声は、薄い壁越しのような、そんな感じに聞こえる。


『グロリアの為にしてくれた事だ。直接礼を言わぬは流石に失礼かと思ってな』

「いえいえ、こちらに利が無いのであれば素直に受け取りますが、しっかり利益を手に入れるつもりの事ですから。それこそ、礼を言われる筋合いはない、ですよ」

『そうか。お前がそう言うならば、それで納得しておこう』

「ええ、納得しておいて下さい」


 二人の話す内容は、私にはいまいち解らない部分が多い。

 ただ一つだけ確実に解っているのは、二人共『私の為』に動いてくれている事だ。

 ならお礼を言うべきはどちらでもなく、私の方じゃないんだろうか。


「あの、ガライド、リーディッドさん、ありがとう、ござい、ます」


 そう思ったら、言おうと思わなくても言葉が出た。口が勝手にお礼を言っていた。

 私の為に何をしてくれているのかはさっぱり解らないまま、なのが申し訳ないけれど。


「お気になさらず。私はただの鬱憤晴らしをしただけですから」

『私もただ自分の信念に従っただけだ。気にするな』


 二人共そんな私に『気にするな』と同じ様に言い、けれど少し嬉しそうな様子に見える。

 私の事だから見当違いかもしれないけど、二人が喜んでくれたなら良かった。


「あー、そうだ。解ってると思いますが先程の話は機密ですからねー。もし漏れたら大変な事になるので、絶対に喋っちゃ駄目ですよー? 喋らない人を選んだつもりですけどー」

「「「「はっ!」」」」


 リーディッドさんが物凄く適当な感じで告げると、兵士さん達が真剣な表情で答えた。

 今更だけど何時も稽古をつけてくれる兵士さんも居る。本当に今更気が付いた。

 女性を警戒してたから、兵士さんの顔をちゃんと見てなかったせいだと思う。


「リーディッド。それは一番最初に言うべき事だと思うんだけどね」

「あ・な・た・が・ね!」


 そんな彼女に領主さんが注意をすると、物凄く腹立たしそうに返すリーディッドさん。

 私としてはどちらが正しいのかは解らず、ただ困った顔で見つめるしか出来ない。


『最近解って来たが、領主は完全にわざとやっているな。嫌われたくないくせに、嫌われる様な事をやる理由か・・・多少予想は付くが、これは流石に野暮か』


 ただガライドは解っている様で、けれどその答えを口にはしなかった。

 でも言い方的に『領主さんが悪い』って感じに聞こえたけど。

 とはいえ私の感覚だから、正しいかどうかは怪しい。


「後は・・・ガライドさんが説明をしているかもしれませんが、一応伝えておきますね。グロリアさん、明日から少し遠出をしますから、そのつもりで居て下さい」

「遠出、です、か」

「ええ。あの馬鹿女の家に一緒に行ってもらいます。甚だ不本意ですが、甚だ、甚だ不本意ですが私が行かねばならないので、出来れば一緒に付いて来て頂けませんか」

「わかり、ました・・・!」


 リーディッドさんにお願いをされた。なら断る訳がない。

 少しの喜びを持ちながら、ふんすと気合を入れて応える。


 多分彼女は怖いんだろう。だって『偉い人』の所に行くんだから。

 正直に言ってしまうと私は行きたくない。だって偉い人には会いたくない。

 けど彼女の危険と私の気持ちであれば、私は迷う事無く前者を取る。


 リーディッドさんは私が守る。絶対に、守る・・・!


「・・・何だか少し勘違いしている気配がしますが・・・気合が入っている様ですし良しとしましょうか。リズー、今の聞こえてましたねー。出かける準備をお願いしますよー」

「畏まりました」

「ああそうだ、貴女も付いて来て貰いますからねー」

「来るなと言われても付いて行きましょう」

「・・・貴女グロリアさんの事になると、前以上に固くなってません?」

「私はグロリア様付きの使用人ですから」


 ・・・え、リズさんも、一緒に、来る、の?

 それは・・・嫌、な訳じゃ、ないけど・・・緊張するなぁ。

 い、いや、良い機会だと思おう。もうちょっと、慣れる機会だ。うん


『・・・さて、次はアレを野放しにした大本とご対面か。確実に愉快な話にはならんだろうな』

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