第52話、嬉しい

 ガライドに自分の意思を伝え、けれどガライドの声音は何処か辛そうだ。

 ならきっと私は何かを間違えているのかもしれない。いや、きっと間違えてい居るんだろう。

 それでも無理なんだ。私はこの生き方しか出来ない。変えられない。


「ごめん、なさい、ガライド」

『いや、謝る必要は無い。言っただろう。私は君の幸せを求める為に此処に居ると。ならば妥協点を考えるべきなのだろう。君が君である為の妥協点を。普段の食事と同じ様にな』


 思わず謝ってしまったけれど、ガライドは相変らず必要無いと返して来た。

 それよりも私の為を想った事を言ってくれる。本当に、ガライドは、優しい人だ。


「・・・ありがとう、ござい、ます」

『礼には及ばんさ。むしろ私は君をサポートすると言いながら、何度も失敗しているんでな。そろそろ汚名返上と行きたい所なんだ。全く情けない事この上ない』

「ガライドは、いつも、助けてくれてます、よ?」

『そうか・・・ありがとう、グロリア』


 私がお礼を言っていたはずなのに、何故か逆にお礼を言われてしまった。

 ガライドは時々こういう所が在ると思う。私には彼の考えが難しくてちょっと解らない。


 人の考えが良く解らないなんて事は前からそうだけど、それでもガライドの事は理解したい。

 そう思っていれば、何時か私にも彼の考えを理解出来るのだろうか。


「入りますよー?」

「え、あ、はい」


 そこでコンコンと扉を叩く音がして、リーディッドさんが声をかけて来た。

 慌てて応えると彼女とリズさんが入って来て、その後ろにキャスさんも居た。


「ふむ、顔色は悪くないですね。グロリアさん、何処か不調などは有りませんか?」

「痛い所とかあったらちゃんと言わなきゃ駄目だよー?」


 二人にそう言われ、改めて自分の状態を確認する。

 けれどどこにも居たい所は無くて、むしろぐっすり寝たからか体は軽い。

 いや、ガライドが魔獣の血を飲ませたって言ってたし、それで回復してるのかな?


「だい、じょうぶ、です。元気、です」

「そっかそっか。なら良かったー。グロリアちゃんが倒れるなんて、本当に驚いたよー」

「・・・まあソレの言っていた事が正しいのであれば、きっと今のグロリアさんは健康体なのでしょうね。全く、とんでもない魔道具ですよ、これは」


 リーディッドさんは何故かガライドを見ながら、溜め息を吐く様にそう言った。

 何の事だろうかと首を傾げていると、キャスさんがガライドに近付いて行く。


「ねえねえガライドちゃん。もうお喋りしてくれないの?」

「もう喋らないでしょう。本人が・・・その魔道具が緊急事態故に致し方なく、と言っていたんですから。今までと同じ様に、グロリアさんにだけ聞こえるんでしょう」


 ガライドとキャスさんがお喋り・・・私が気を失っている間に?


『倒れているグロリアに正しい処置をする必要が有った。勿論彼らが間違った処置をした訳ではない事は伝えておこう。だがあれではグロリアの回復には圧倒的に足りない。故に一時的に音声をスピーカーに変え、グロリアの回復の為に彼らと会話をしていた』

「そう、なん、ですか」


 スピーカー、が何か解らないけれど、取り敢えず会話をしていたんだ。

 処置っていうのは、多分私に魔獣の血を飲ませる為、なんだと思う。


『ああ、そうだ。後でガンに礼を言うと良い。きっと喜ぶぞ』

「ガン、さんに?」

『君の為に魔獣を狩って来たのはあの男だ。二人を抱えて凄まじい勢いでな。勿論一緒に行ったという事は、この二人も協力したという事だろうがな』

「ふたり、も」


 ガライドの話を聞いて、思わず二人に視線を向ける。

 二人が私を助けてくれたんだ。ううん、ガンさんも一緒に。


 嬉しいな・・・嬉しい? それは違うんじゃないだろうか。

 だって迷惑をかけて、世話になってしまったんだから。

 なら申し訳ないが先だと思う。思う、のに、やっぱり、嬉しい。


「ん、グロリアちゃん何だか嬉しそうだね。ガライドちゃんから何か良い事でも聞いたの?」

「ふむ。一体何を聞いたのか、教えて頂けるなら聞かせて貰いたいですね」

「お二人と、ガンさんが、助けてくれた、って、聞き、ました。ごめん、なさい。迷惑をかけた、のに、嬉しかったん、です。ごめん・・・なさい」


 謝っている今も、嬉しい気持ちが邪魔をする。ちゃんと謝らないと、いけない、のに。

 けれどそんな私に、二人は笑顔を向けてくれた。


「そっかそっか。嬉しかったかー。じゃあグロリアちゃん、そういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言わなきゃ。ね?」

「ええ。謝る必要は有りませんよ。特に今回はグロリアさんが悪い訳ではないですし」

「・・・はい、ありがとう、ござい、ます」


 胸がポカポカと暖かい。美味しい物を食べてる時と同じ気分だ。

 良かった。この人達に嫌われずに済んで。ああ、でもガンさんはどうなんだろう。


「そういえば、ガンさん、は、何処に」

「ああ、アイツなら別室でくたばってますよ」

「相当無茶したからねぇ。自分が倒れちゃ意味無いってのに」

「ガ、ガンさん、倒れたん、ですか!?」

「いえいえ。疲れて寝てるだけです。体に問題は有りませんよ」

「ガライドちゃんもそう言ってたしねー。ね、ガライドちゃん」

『二人の言葉に間違いはない。ガンはただ疲労で寝ているだけだ』


 よ、良かった。びっくりした。そっか、疲れて寝てるだけか。

 私のせいでガンさんが倒れたとか、申し訳ないなんて話じゃない。


「ぶーぶー。ちょっとぐらいお返事してくれてもいいじゃーん。つまんなーい」

「諦めなさい。あの時が特別だっただけですよ」


 今のガライドの声は二人に聞こえてないのか。

 別に喋っても良いと思うんだけどな。もう一度喋ってるんだし。


「ガンさんの、様子、見に行って、良い、ですか?」

「ん-・・・まあ良いか。グロリアちゃんも見ないと安心できないみたいだし、連れて行ってあげましょう! でも様子を見たら、今日の所はグロリアちゃんもちゃんと休みなよ?」

「何でキャスが我が家の様に応えているのか解りませんが・・・まあ行きますか」

「は、はい」


 リーディッドさんに手を引かれ、ベッドを降りて部屋をでる。

 そして普段使っていないと言われた部屋に入ると、ガンさんは椅子で寝ていた。

 近付くと特に具合が悪そうには見えなくて、むしろ気持ち良さそうに眠っている。


「ね、グロリアちゃん。大丈夫そうでしょ?」

「それにしても、何でガンは椅子で寝てるんでしょうね。ベッドが有るのに」

「高そうなベッドだから汚したら怖いとか思ったんじゃない?」

「残念ながら今転がってる椅子の方が高いんですよねぇ」

「それ起きた時に言ったらすっごい慌てそう」


 椅子で眠るガンさんに更に近付き、呼吸の音が聞こえる距離まで近づく。

 胸が規則的に上下している様子に何故か安心して、椅子から落ちている彼の手を握る。

 何時も通り暖かい手。私より大きい手。何時も優しく撫でてくれる優しい手。


「・・・ありがとう、ござい、ます」


 彼の手を両手で優しく握って、起こさない様に小声でお礼を告げる。

 起きた時にまた改めて言う気ではある。でも今、どうしても、伝えたかった。

 そうだ。確か、男の人が喜ぶお礼を、ギルドのお姉さんから聞いた覚えがある。


「・・・ちゅっ」


 ガンさんの頬に唇を付ける。これで男の人は喜ぶって聞いた。

 あ、でも、起きてるときにしないと駄目だったかな。

 彼は寝ているから解らないだろうし、これはお礼にならなかったかも。


「認めないわ! お母さんはガンを伴侶になんて認めませんからね!」

「グロリアお嬢様に相応しい男性でないと認められませんね」

「キャスは兎も角リズまで何を言ってるんですか。全く、どうせギルドの誰かに適当な事でも言われたんでしょう」


 あ、あれ、何だか皆、様子がおかしいんだけど・・・私何か間違ったかな?


『・・・何故だろうな。ガンが悪くないのは解っているんだが・・・複雑な気分だ』

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