第35話、元の姿

 そこそこの打撃音を聞きながら、そのまま地面に転がり落ちる。

 手足が無いから上手く止まれなくて、止まるまでゴロゴロ転がった。

 部屋が広くて良かった。狭かったら壁にぶつかっていたと思う。

 いや、体で跳ねないと移動が無理なこの状態だと、壁まで転がった方が楽かな?


「が・・・ぐぁ・・・!」


 呻き声が聞こえる。多分少年の声だろう。方向は大体こっちかな。

 まだ参ったの声は聞こえていない。なら戦いは終わっていない。

 声の聞こえ方から大体の方向と距離を決め、また地面に体を叩きつけて跳ねる。


「ぐっ!」

「っ!?」


 ただ明らかに途中で誰かに当たり、少年以外の呻き声が耳に入った。

 そしてぎゅっと抱きしめられ、動きを止められてしまう。

 今のはガンさんな気がする。もしかして狙いを間違えてしまったんだろうか。

 怪我、してないだろうか。心配だ。どうしよう。


「ギルマス! もう終わりだ! そうだろう!!」


 ただ私の心配とは裏腹に、彼の元気そうな声が響いてほっとする。

 良かった。けれど終わりとはどういう事だろう。

 まだ参ったも聞こえてないし、ギルマスの制止も無かったはず。


「・・・そうだな。それで良いな、小僧」


 ギルマスさんの問いに少年は答えない。

 ただ小さな呻きと共に、誰かが走って行く音が聞こえた。

 足音が軽いから、多分大人ではないと思う。おそらく少年の足音。


「はぁ、ったく・・・グロリアの勝ちだ。だから早く、魔道具を付け直せ」

「グロリア、ギルマスの声が聞こえたな。もう終わりだ。良いな?」

「わかり、ました」


 どうやらさっきの一撃で終わりだったらしい。もしかして加減を間違えただろうか。

 全力でぶつかると危ないと思い、ある程度加減したつもりだったんだけど。

 でも走って去っていったようだし、大怪我はしてないのかな。

 目が見えないから色々と判別がつかない。やっぱり見えないのは不便だ。


「ガライド、つけて貰って、良いですか?」

「ああ、待ってろ。このまま連れていってやるから」

「・・・ありがとう、ござい、ます」


 ガライドに言ったつもりだったけれど、ガンさんが近くまで運んでくれた。

 そしてゆっくりと優しく地面に降ろされ、腕と足の付け根に何かが当たる。

 普段と感触が違うけれど、多分これが手足の魔道具だろう。


『グロリア、そのまま動かない様に』


 ガライドの言葉通りじっとしていると、目の前が紅く光った。

 初めて会った時と同じ様な、見えないはずなのに何故か見える光。

 そのまぶしさを我慢して待っていると、ゆっくりと視界が戻って来る。


『適合係数は問題無し。一時接続解除による異常も無いな。よし、立って大丈夫だぞ』

「はい」


 ガライドの指示に頷き、両手両足が繋がっているのを確認して立ち上がる。

 うん、やっぱりこの状態の方が便利だ。手足が有ると全然違う。

 両手足が無い状態で戦うのは初めてだったけど、やっぱり色々と難しいな。


 特に手加減をしないといけないとなると、噛みつけないのが一番困った。

 アレが魔獣相手なら、どこかに噛みついて倒せると思う。

 でも人間にそんな事をしたら確実に大怪我をさせてしまうから無理だ。


「グロリアちゃん」

「・・・はい、なんで、しょうか」


 手足の状態を確かめていると、キャスさんに呼ばれたので顔を上げる。

 ただ何故か彼女は泣きそうな顔をしていて、驚いて一瞬返事に詰まってしまった。

 そして彼女は私の問いに応えず、唐突にぎゅっと抱きしめて来た。


「グロリアちゃん。お願いだから、さっきみたいな姿に簡単になるの、止めてくれないかな」

「さっき・・・魔道具を外した姿、ですか?」


 キャスさんの声が震えている。私を抱きしめる腕も体も。

 何故かとても辛そうで、そう感じる私の胸も痛い気がする。

 あの姿の私はそんなに見苦しかったのだろうか。


「すまん、グロリア。俺も・・・頼むよ。あんなにあっさり手放されると、心配になる」


 困惑していると声を掛けられ、顔を上げるとガンさんが私を見下ろしていた。

 その表情はとても悲し気で、私とキャスさんの頭を優しく撫でる。

 表情とは裏腹なとても優しく温かい手で。


「・・・わかり、ました」


 どういう理由にせよ、二人が言うなら頷こう。心配はさせたくない。

 それで嫌な気持ちにならないでくれるなら構わない。

 今度から『外せ』と言われても外さない様に気を付けたいと思う。


「ギルマス、一つ聞きますが、あのクソガキには何の咎めも無しですか?」

「流石にあの馬鹿も今回の件は堪えただろうよ。これで何も変わらない様だったら、そん時は俺も面倒見切れねぇ。もう除名するか、それが嫌なら街を出て行くしかねえだろうな」

「・・・ま、良いでしょう。今はそれで納得してあげます」


 リーディッドさんはギルマスさんと何かを話していて、その表情は少し険しい。

 そこで今更周囲を見回してみると、皆何故か辛そうな顔をしている。

 フランさんに限っては私を見てない。俯いて目を瞑っている。

 そこまで私の姿は見苦しいのか。今度から絶対外さない様にしよう。


「・・・グロリア、さっきの俺の頼み、覚えているか?」


 そう決心していると、ガンさんが確かめる様に訊ねて来た。

 流石についさっき言われた事を忘れる程、私は物覚えが悪いつもりは無い。


「魔道具は、もう、外しません。約束、します」

「あ、いや、えっと、ごめん。そっちじゃなくてだな」

「・・・?」


 じゃあ何の事だろう。さっき頼まれた事はそれだけだったはずだけど。

 他に何か頼まれていただろうか・・・あ、森について来るって話の事かな。


「森の、事、ですか?」

「ああ」


 合ってたみたいだ。確かに時間的にはさっきか。すぐには気が付けなかった。

 こういう時碌に会話をしてこなかった経験の浅さが出る気がする。

 いやでも今回の場合は仕方ない様な。本当についさっき頼まれ事があった訳だし。


「俺の実力不足を理解して難色を示していたのは解ってる。付いて行けばグロリアの負担になるのも解ってる。だからもし危なかったら見捨てて良い。その上で頼む。付いて行かせてくれ」

「・・・え、えと」


 どうしよう。さっきガライドが嫌がったし、ガンさんも納得したと思ってたんだけど。

 何で急に考えを変えたのかな。いや、それよりもどうしよう。どう答えたら良いんだろう。


『見捨てて良い、か。先程とは様子が違うな』


 ガライドの呟きを聞いて、ガンさんの様子を改めて見る。

 確かに言われてみるとさっきとは全然様子が違う。

 とても真剣な、何か覚悟を決めた様な、そんな表情に見えた。


『グロリア。本音を言えば私は反対だ。きっと君は彼を見捨てられない。どれだけ自分が傷つこうが助けるだろう。だが・・・君が望むなら、彼を連れて行く事に反対はしない』


 ガライドの反対が無くなってしまった。でも・・・私の、望み・・・。


「仕方ないですねぇ。私も行きましょう」

「あ、私も私もー」

「は!? お前等何言ってんだよ! どこに行くのか解ってんの!?」


 何が正解なのか解らずに悩んでいると、リーディッドさんとキャスさんが手を上げた。

 それに私だけでなく、ガンさんも驚いた様子で二人を見る。


「解ってるから言ってるんですよ。一人で全部背負うみたいな顔が似合わない男に」

「そんな様子で付いて行ったって、助ける所か迷惑かけるだけだよ?」

「・・・はぁ。はいはい、どうせ似合いませんよ。すみませんねぇ、馬鹿な男で」

「本当に」

「ねー?」

「ちょっとは否定しろ!」

『・・・成程、そういう事か。確かに、馬鹿な男だ』


 三人の会話を聞いて、ガライドが何かを納得したように呟いた。

 けれど私の方は相変らず解らず、首を傾げて彼を見る。


『・・・彼はおそらく、グロリアを助けたいと思ったんだろう。きっと手を貸す必要などない。自分より強いのも解っている。けれど万が一、森で魔道具が動かなくなったらどうする。その時グロリアは自分で何とか出来るのか。先の君の姿を見て、そう考えたのではないかな』


 ・・・私を、助ける為、に?

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