第34話、魔道具無し

「確か、そう言い、ました、よね? 魔道具、無しで、戦えって」


 全員が動きを止めてしまい、誰も動き出す様子が無いので確認をとる。

 すると皆がハッとした様子になり、慌てた様に私に詰め寄って来た。


「いや、待て待て待て! 何言ってんだグロリア!」

「そうだよグロリアちゃん! そんな勝負しなくて良いよ!」

「あんな馬鹿の戯言を真に受ける必要はありませんよ。無視して構いません」

『そうだぞグロリア! そもそも私を使わねば両手足が無いだろう!』


 そう言ったガンさん達を筆頭に、受付の人達も同じ事を私に言い出す。

 他の傭兵の人達も頷いていて、どうも私に勝負をさせたくない様だ。

 おそらく手加減が上手くないのが理由じゃないだろうか。


 こちらでの闘技場の戦いは、命を奪う事はしないと、少し前に教えて貰った。

 勿論戦う以上死ぬ可能性は無いとは言えないけど、殺す気では戦わないと。

 死ぬ前に戦いを止めるし、負けた方も勝った方も即座に治療をするらしい。


 つまり私の様な、全力で戦って相手の命を絶つ、という事は許されない。

 でも戦わないとガンさんが悪くなるし、なら私がの状況が悪くなる方が良い。


「はっ、てめぇ、本気で言ってのかよ。そんなひょろい体で」

「・・・本気、です」

「っ、上等じゃねえか、やってやらぁ・・・!」


 少年は私の意思を確かめて来たので、頷いて返すと何故かそんな風に言われた。

 おかしい。別に私がやりたい訳じゃないのに、なぜ私が挑む様な感じになっているんだろう。

 闘おうと言って来たのは少年であって、私はそれに答えたはず・・・だよね?


「・・・そろそろその馬鹿ぶん殴って止めようと思ってたんだが・・・マジでやる気なのか?」


 思わず首を傾げていると、ギルマスが奥の部屋から出て来た。

 そして頭をポリポリとかきながら、私に確かめて来る。

 なので頷いて返すと、はぁ~と大きな溜息を吐かれてしまった。

 駄目だっただろうか。これが一番問題無いと思ったんだけど。


「立会人置いて殺さない勝負をするって言うなら、俺達は止められん。どちらかが問答無用で殴り掛かったならぶん殴って止めるが、お互い同意の上なら俺は好きな様にやらせるしかない」

「ちょっ、ギルマス、本気で言ってんのか!?」

「仕方ないだろ。殺し合いの勝負をするって言うなら絶対止めるが、そうじゃねえんだし」


 ギルマスさんが私に告げると、ガンさんが食って掛かった。

 けれどそれを無理やり払い退け、私の前にしゃがみ込む。


「だが、あいつが出した条件を呑む必要は無い。それでも魔道具無しでやるんだな?」

「それが、望み、みたい、ですから」

「別にアイツの望みを聞く必要なんてないんだぞ。解ってるか?」

「それは、解って、ます」


 ガンさん達がやらなくて良いと言い、ガライドもそれに同意した。

 私に指示を出してくれる人達は、一人も戦う必要は無いと言ってくれている。

 なら必要は無いんだろう。けれど必要は無くても、私が嫌だったんだ。


 別に私が闘わなくても、ガンさんは咎められなかったのかもしれない。

 けれどもし予想通りなら、彼にとって良くない結果は起きて欲しくないと思う。

 ならこれで少年が納得して、ガンさんも落ち着いてくれるなら、それでいい。


「それで、彼が、納得するなら、良い、です」

「そうか・・・はぁ~・・・仕方ねぇ」


 ギルマスは大きな溜息をもう一度吐くと、膝をパンと叩いて立ち上がる。

 そして少年へと体を向けると、少年は若干威圧された様な表情を見せた。


「あんだけ上等こきやがったんだ。嬢ちゃんと勝負したら、二度と絡むんじゃねえぞ」

「わ、わかり、ました・・・」

「ちっ、そこで委縮するなら最初っから喧嘩ふっかけんじゃねえよ。おい、俺はちょっとこいつらの勝負見届けてくるから・・・解ったよ、そんな目で見るなよ。お前らも来たら良いだろ」


 ギルマスの指示に少年が頷き、それを確認してから受付に目を向ける。

 ただ受付の人達には睨み負けて、どうやら皆で戦いを見届ける事になったらしい。

 するとギルド内に居る傭兵の人達もついて来ると言い出し、ギルマスはそれにも頷いた。

 そんな訳で皆でぞろぞろと、この間皆で食事をした部屋に移動する事に。


 あの時は鍋やテーブルや椅子がいっぱいあったから、そんなに広くは見えなかった。

 けれど今は片付けられているせいか、やけに広い空間に感じる。

 人の数も理由かな。あの時はもっと人が多かった気がするし。


「んじゃさっき二人が納得した様に、魔道具は無しだ。後はそうだな・・・くっだらねぇ喧嘩な以上武器も無しだ。お互い素手。参ったと言った方の負け・・・良いんだな、グロリア」

「はい、構い、ません」

「はぁ・・・解った。ああそうだ、俺が危ないと判断したら、降参が無くても止めるからな」

「はい」


 ギルマスさんの確認に頷いて応えると、何故か少年の目つきが鋭くなった。

 鼻に皴が寄っていて、物凄く怒っている様に見える。何で怒ってるのか全く解らない。

 要望を呑んだのに、一体何が気に食わないんだろうか。


「構わねぇって言うなら、早くそれ外せよ。外して勝負が出来るならな。はっ」


 ああ、魔道具をまだ外さないからか。とはいえ流石にそれは許してほしい。

 だって移動前に外してしまったら、ここに来るだけで中々大変だし。

 じゃあ外そ・・・どうすれば外れるんだろう。外し方が解らない。


「ガライド、魔道具を、外して、下さい」

『・・・本当に外すつもりか。グロリア、外せば君はどういう状態か解っているのか。手足が無いのは勿論、君は目だって見えないんだぞ』

「そう、いえば、目も、そう、でしたね。忘れて、ました。お願い、します」


 私には外し方が解らない。ガライドが納得して外してくれないとどうしようもない。

 だからぺこりと頭を下げると、ガライドは溜息を吐いた様な気がした。


『・・・解った。こんな形で君の頑固さを理解する日が来るとはな。一旦座ってくれ。それと外しはするが、元の形には戻さない。こういう形の魔道具と周囲には認識して貰う』

「はい、わかり、ました」


 ガライドの言う通り床に座ると、両手両足の魔道具が外れた。

 けど足の付け根は残っているから、何とか座る事は出来そうだ。


「――――――え、な、何だよ、それ」


 すると少年が驚愕する様に呟き、声音通りの驚きの目で私を見ている。

 何を驚いているんだろう。私に両手両足が無いのは以前ここで説明したはずだけど。

 なんて考えていると、目の前が真っ暗になった。いや、多分目の魔道具が外された。


「・・・おま、お前、な、なんだよ、何なんだよその姿!」


 私の事だろうか。視界が無いと判断し難いけど、少年の声だから多分私の事だろう。

 でも何だと言われても困る。魔道具を外した以上この姿になるしかないのだから。

 まさかこの状態で立てと言うんだろうか。それは流石に無理だ。


「これがお前の要望した姿だ。お前はこの娘に喧嘩を売ったんだ。自分が何を言ったのか、嬢ちゃんがどういうつもりで了承したのか、馬鹿なお前でもようやく解ったか?」

「で、でも、ギルマス、こんな、こんなの、俺、知らなくて・・・」


 ああ、彼は私の手足の事を知らなかったのか。それで驚いていたんだ。

 言われてみれば、斬られた事を話した時彼は居なかった気がする。


「知らない? 周知のはずだがな、嬢ちゃんに手足が無いのは。知らないんじゃねぇ。言ってもてめえが聞こうとしなかっただけだろうが。ふざけんじゃねえぞ」

「い、いや、だって、あいつは、魔道具使いで・・・」

「もう良い。これを見てもまだそんな事を言う時点でお前に話す事は無い。それでグロリア、その状態でも戦えるのか? 本当にやるのか?」

「はい、やれ、ます」


 手足が無いせいで上手くバランスが取れないし、視界が無いから色々と解らない。

 けれど戦えるかと聞かれれば、戦う事は出来るだろう。問題は無い。


「はぁ・・・だとよ。お前の方も準備は良いな」

「なっ、何言ってんだよギルマス! あんな姿の奴が戦えるわけ――――」

「るせぇ! 黙って構えろ! てめえが望んだ喧嘩なんだよ!!」

「―――――っ」


 ギルマスの怒鳴り声に思わずビクッとして、倒れそうになってしまった。

 さっきから少し怒ってる様子だったけど、その怒りをぶちまける様な声音だ。

 少年はそれに竦んでしまったのか、声を発する様子は無い。


「準備は良いな、小僧」

「・・・は・・・はい・・・良い、です」

「うし。じゃあ・・・はじめ!」


 ギルマスのその声が響いた瞬間、体を前に倒した。

 そして地面に倒れ、肩を地面に叩きつけて体を跳ねさせる。

 見えなくなる前に位置は把握している。声で大体の方向は解っている。

 このまま体ごとぶつかりに行く。このぐらいの勢いなら、大怪我はしないはずだ。


「―――――な」


 そんな声が耳に届いた瞬間、私の頭が少年の体のどこかぶつかるのを感じた。

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