第33話、力不足

「グロリア、一つ頼みがあるんだが」

「頼み、です、か?」


 傭兵の仕事が終わりギルドで終了受付を済ませていると、ガンさんが突然そう言って来た。

 一体私なんかに何をと思い、キョトンとしながら首を傾げてしまう。

 キャスさんとリーディッドさんにも目を向けると、二人も不思議そうな顔をしている。

 どうやら二人は関係なく、ガンさんだけの頼みの様だ。


「あ、その前に、明日は森に行くんだよな?」

「その、つもり、です」


 何時の日に森に行く、という定期的な予定は決めていない。

 ただガライドが私の調子を見て『この日に行こう』と指示を出してくれる。

 今回は明日行く予定になっていて、その事を仕事中に話していた。


「なら・・・俺も一緒に、連れてってくれないか」

「ガンさんを、森に、ですか?」


 あの森の中は、ガンさんには危なくないだろうか。

 一応何度か一緒に仕事をして、彼が魔獣を狩った姿は見ている。


 魔獣は別にあの森だけに出てくる訳じゃなく、畑を荒らす小さな魔獣も居た。

 私が出入りしている森とは違う森に向かい、そこで魔獣を狩る仕事も有った。

 ただ彼が狩ったのはあの森に居る様な様な大きな魔獣じゃない。


 森の手前の方に居る魔獣は多分彼でも何とかなるとは思う。

 けれど少し奥に行くと、彼らと初めて会った時に居た魔獣と同じ程度のが居る。

 そうなると彼の手には負えないし、下手をすれば食べられてしまうだろう。


 なら危ないし断った方が良いのかな。でもそれも悪い気がしてしまう。

 私ばかり世話になっていて、なのに頼みを断って良いものだろうか

 そう考えてしまうと自分では判断できず、思わずガライドに目を向けた。


『・・・ガンは『連れて行ってくれ』と言った。つまりグロリアから離れる気は無いのだろう。危険は承知だが、君と共に居れば生きて出られると判断して。きっとガンにも何かしらの目的が有るのだろうが、そうなれば彼を守るのはグロリアだ。私は賛同しかねる』


 ええと・・・私が彼を守らないといけないから、ガライドは反対という事かな。

 反対理由が私の負担という事になると、やっぱり断るのは気が引けてしまう。


『グロリア。自分の負担が原因ならば断る理由にならないのでは。そう思っているだろう。だが君は無敵ではない。君とて森を突き進む中、魔獣の爪にかすり傷を負わされた事が有る』


 かすり傷。魔獣の攻撃を見てから突っ込み、頬を掠めた時の事だろうか。

 実際普通の刃物なら傷がつかないこの体も、魔獣の攻撃で傷つく事は知っている。

 闘技場では何度か怪我をした。食べて休めば治ったけれど、大怪我が治るかは解らない。


 そもそも普通の剣であっても強い人が使えば私を斬れる。

 両手足が無いのがその証拠だ。私は簡単に斬られてしまった。

 ガライドの言う通り、私は別に無敵じゃない。


『つまりそれは、致命傷もありえなくはないという事だ。私は態々その可能性を作る気は無い。人を守りながら戦うのは一人で戦うよりも労力が要る。基本的に守らなくても構わない状況で、危ない時に守るのではない。常に守りを気にしながらの状況だ。万が一が無いとは言えない』


 ガンさんを連れて行けば私が彼を守り、そのせいで私が死ぬかもしれないのか。

 死にたくはない。生きたいから闘っている。食らっている。

 だから流石にそう言われてしまうと、断らなければいけない気がした。


「ガン、グロリアちゃん困ってるじゃん。諦めなよ」

「そうですよ。グロリアさんの性格を考えれば、無理でも断れないに決まっているでしょう」

「っ、ご、ごめん。良いんだぞ、無理なら断って。ごめんな。忘れてくれ」


 ただそれでも少し悩む私を見て、キャスさんとリーディッドさんが咎める。

 するとガンさんはハッとした顔を見せて慌てて謝って来た。

 そんな彼に私も慌ててしまい、ワタワタと口を開く。


「き、気に、しないで、下さい・・・」

「いや、本当にすまん。確かに二人の言う通り、グロリアの性格を考えれば言い淀んだ時点で引くべきだった。元々無理な頼みと思ってたんだし、気が付かなかった俺が悪い。ごめんな」

「・・・はい」


 ガンさんは言葉通り嫌そうな表情は無く、むしろ笑って私の頭を撫でてくれた。

 本当に優しい人だと思う。この人の温かい手はとても優しい。


「はっ、仲間に見捨てられたのか。ざまぁねえな。魔道具使いなんてそんなもんかよ」


 するとそんな声がギルド内に響き、見るとこの間私に怒鳴った少年が立っていた。

 いや、ガンさんにだったっけ。結局何がしたかったのか解らなかった人だ。


 別に私は彼を見捨てたつもりはない。むしろ見捨てたくないから悩んだ。

 見捨てて構わないと思っていたら、一緒に行く事に悩みはしなかったと思う。

 ガンさんの無事を願うからこそ、私は断るべきかと思ったのだから。

 なんて思っていると、ガンさんが溜息を吐いて少年に近付いていく。


「はぁ・・・お前なぁ。今のどう見たらそう見えるんだよ」

「どう見たってそうだろう。お前が役に立たねぇから連れて行きたくねえんだろうが」

「当り前だろ。役に立たねえのが解ってて頼んだんだから、断られるのが普通だろう」

「なっ・・・!」


 ガンさんが当然だと言い返すと、少年は驚いて言葉を無くす。

 その様子にガンさんはまた溜息を吐き、つまらなさそうな表情になった。


「お前さぁ。挑発するにしても悪態つくにしても、もうちょっと考えろよ。グロリアと比べたら俺が劣るなんて、誰が見ても解る事だろうが。当たり前の事が挑発になるかよ」

「て、てめえにはプライドがねえのかよ!」

「有るよ? お前の言う物とは違うだけで。俺はお前みたいな現実を見れない、つまらない矜持なんて無いんだよ。んで、魔道具使いがどうとか言ってたな。それこそ関係ねえよ」

「関係あるだろうが! てめえの魔道具がアイツに劣るからだろうが!」

「いやー・・・流石にお前、それは本気で呆れるわ。どういう思考回路してたらそうなるの?」


 怒鳴り散らす少年に対し、ガンさんは凄く不思議そうに首を傾げる。

 その態度が気に食わなかったのか、少年は更に怒りの表情を見せた。


「大体そこの紅い奴! てめえもだ! 仲間の頼みを力が足りないからって断んのかよ! てめえは強いんだろうが! 連れていけば良いじゃねえか! 魔道具使いのくせに!!」


 状況に付いて行けないでいると、その表情が私に向いてちょっと驚く。

 魔道具使いのくせにと言われても困る。魔道具が有っても何でもできる訳じゃない。

 それは日々の訓練で思い知った。私は出来ない事の方が多いと。

 何よりもその魔道具の力を貸してくれるガライドが嫌がってるし。


「おい、言い返せねえからって標的を変えんな。逃げてんじゃねえぞ。今お前が絡んでるのは俺だろうが。そうやって都合の悪い事から目を背けてんじゃねえ」

「うるせえ! 俺にはどっちも同じだ! お前等魔道具使いは!!」

「はぁ・・・最近絡んでこなくなったから治ったかと思ったら、悪化してんじゃねえかよ」


 ガンさんが何を言っても、少年は私とガンさんへ怒鳴りつける。

 思わずキャスさんとリーディッドさんに目を向け・・・ビクッとしてしまった。


 何時からか解らないけれど、二人の目がとても鋭くて冷たい。

 こんな顔してるの初めて見た。ちょっと怖い。

 オロオロして周りを見ると、数人同じ様な人が居る。

 特に受付の人達はみな険しい顔だ。


「てめえなんか魔道具がなかったら何にもできねえだろうが! てめぇみてえなガキが、女が、魔道具なしで戦える訳がねぇ! もし違うって言うなら魔道具なしで俺と勝負してみろ!」

『いい度胸だ、このクソガキめ・・・』


 少年が私に怒鳴り散らすと、何故か周囲の目が一瞬私に向いた。

 ただガライドは物凄く低い声を出し、私の前に移動する。

 それは私を守ってくれている様に見え・・・キィィンって音が鳴ってる?


「はっ、何だよ。出来ねえから魔道具で俺をぶちのめすってか? やれよ! やればいいじゃねえか! 俺の言った事を否定できねえからそうするんだろうしな!」

「・・・おいクソガキ、てめぇ自分が何言ったのか解ってんのか」

「解ってるに決まってんだろうが! 俺だっててめえらみてえに魔道具を持ってれば、持ってたらこんな扱いじゃなかった! 魔道具を持ってるだけで何でてめえらが認められる!」

「・・・久々に本気で頭に来た。流石に今のはねぇぞ」


 ガンさんから戦闘に備える気配を感じた。魔獣を狩る時と同じ気配だ。

 意識は少年に向けられていて、けれど少年はそれに気が付いてない。


 それは駄目だ。人を怪我させるのは駄目だと聞いた。特に大怪我をさせるのは。

 向こうから攻撃してきて、身を守る為なら仕方なないとは言われている。

 けれど今の様子だとガンさんは先に攻撃する。しかも魔獣相手と同じ気配で。


 それはガンさんにとって良くない事だ。止めないと。でもどうすれば止まってくれる。

 何故ガンさんはあんなに怒っているんだろう。そこが少し分からない。

 解っているのは少年が怒る理由だけだ。いや、それも詳しい事は解っていない。


 けれど一つ、彼が私に望んだ事が一つある。それを受ければ良いんじゃないだろうか。


「魔道具無しで、戦えば良いん、ですか?」

「「「「「―――――!?」」」」」

『グロリア!?』


 それでガンさんにとって悪い事が無くなるなら、別に構わないと思った。

 だからこそ出た言葉は、ギルドに居た人全員の動きを止められた。

 ・・・全員、止めるつもりは、無かったけど。

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