第28話、報酬
「交代に来たぞー」
壁の様な建物で生活する事数日、見た覚えのある人がやって来た。
たしか傭兵ギルドで食事をした時に居た男の人だったと思う。
「ああ、そういやグロリアちゃんも一緒なんだったな。お疲れ」
「ありがとう、ござい、ます。でも、疲れては、ない、です」
「ははっ、そっか。でも退屈だったんじゃないか?」
「そんな事は、ない、ですよ?」
これは本当だ。退屈なんて感じる事は一度も無かった。
魔獣がいつ来るかとずっと警戒していたし、食事も毎日とても美味しかった。
むしろやる事がずっとあったから、キャスさんとガンさんが『暇』と言うのが不思議だ。
単純に私が慣れてなくて、二人が暇を感じるぐらい慣れているだけなのかな。
「そっか。でもまあ、今日は帰ったらゆっくり休みな」
「はい、わかり、ました」
ぺこりと頭を下げて、リーディッドさん達と一緒に建物の中に入る。
すると兵士さんから二枚の板を渡された。
一つは来た時に渡した物。一つは割れ目がそれとピッタリの物だ。
「お疲れさまでした」
「ありがとう、ござい、ます」
また労われてしまい、ぺこりと頭を下げる。
ただし手にさっきの板が有るので、大事に胸に抱えながら。
キャスさんに「しっかり持っててね」と言われたので気を抜けない。
けして握り壊さない様に、慎重に持ちながら傭兵ギルドへと向かう。
その間キャスさんがやけにニコニコしていたけど、何か良い事でもあったのかな。
ギルドに到着して中に入ると、またフランさんが笑顔で出迎えてくれた。
「あ、グロリアちゃん、お帰りなさい。初仕事はどうでした?」
「・・・叱られ、まし、た」
「え!? グロリアちゃんが!? 何で!?」
「・・・私が、失敗したから、です」
『グロリア・・・思った以上に引きずっていたんだな』
初仕事は失敗だった。少なくとも私の中ではそうだ。
三人に迷惑をかけて、リーディッドさんに注意をされた。
ガライドも一切悪くないのに、悪い事になってしまった。
初めての事だから仕方ないのかもしれない。けれど失敗は失敗だと思う。
そう思いながら、何が有ったのか詳しくフランさんに説明した。
「成程成程。相変らずリーディッドさんはリーディッドさんですね」
「フラン、どういう意味ですか」
「いえ、いい意味で相変らず傭兵ぽくないなーと。大体皆いい加減ですからねぇ」
「残り二人がいい加減なのに、私までそうなったら大変でしょう」
「あはは、確かに」
『笑い事ではないと思うが。いや、そうなっていないから笑い事なのか?』
ガンさんとキャスさんがいい加減だ、という事に異論はないらしい。
私はその辺りの加減がまだ良く解らないので何とも言い難い。
でも二人のあの空気は好きだ。ゆったりした時間を感じてとても落ち着く。
「ではではグロリアさん、そちらを頂きますねー」
「はい」
フランさんが手を差し出したので、持っていた木の板を二つとも手渡す。
すると彼女はすすすと部屋の奥に行き「じゃーん」と言って何かを持ってきた。
「グロリアちゃんの、初報酬でーっす!」
「はつ・・・ほう、しゅう」
そう言われて差し出された物を見る。
器の中に硬い石の様な物が沢山入っている。
これが報酬・・・でもこれは一体何なんだろう。
『グロリア、これはおそらくこの時代の貨幣の類なのだろう。昔は武器や日用品の素材になる鉱物を硬貨にして、これらと物品を交換する時代も有った・・・いや、この説明は混乱するな。とりあえず今は、これを持っておけば色々な物と交換出来る、ぐらいに思っておけばいい』
硬貨。それ自体は一応知っている。聞いた事がある。
ガライドの言う通り、硬貨が有れば色んな物と交換出来ると。
ただ初めて見たのでそうと解らなかった。そうか、これが硬貨なんだ。
「・・・貰って、いいん、ですか?」
「そりゃそうですよ。グロリアちゃんがした仕事の報酬なんですから」
「そう、ですか。ありがとう、ございます」
「どういたしまして・・・それも何か変な様な? ま、いっか。グロリアちゃん可愛いし!」
『大概適当だな、この娘も。事務仕事は優秀らしいが』
ギューッとフランさんに抱き付かれながら、渡された報酬を手に持つ。
重くはない。全く重くはない。むしろ軽くて落としそうだ。
なのになぜか、とても重い物の様に感じている自分が居た。とても不思議だ。
「はいはい、私の分も貰いますよっと」
「俺も俺もー」
「私も貰うねー」
『まあ、四人で仕事をしたのだから当然か』
ただその手に会った硬貨は、ひょいひょいと皆に持って行かれた。
それでもまだ沢山ある。いや、有り過ぎる気がする様な。
掌に一杯残ってるけど、今持ってる量が正しいのかどうか解らない。
「グロリアさん、これをあげましょう」
「これは・・・」
首を傾げているとリーディッドさんに声を掛けられ、手渡された物をじっと見る。
袋・・・とはまた違う。これは何かの皮だろうか。
上の端は固い物で出来ていて、変に力を入れると壊れそうで怖い。
リーディッドさんがその固い所に手を当て、軽く動かすと「パチン」と音がなる。
すると固い部分が開き、中が見えるようになった。
けれどもう一度「パチン」と音がすると、また最初の状態に戻った。
「こうやって開け閉めします。お金は此処に入れておくと良いですよ」
『がま口か。グロリアにはちょうどいい財布かもしれないな』
入れ物だったのか。袋に見えたのはそこまで間違いじゃなかったかも。
リーディッドさんの真似をして、けれど恐る恐る力を入れて開けてみる。
すると同じ様に「パチン」と音がして、袋の口が開いた。
何だか少し感動しながら、硬貨を中に入れて「パチン」としめる。
「ここに紐を通せるので、首からかけておくと良いですよ」
「でもグロリアの場合それは邪魔になんねえか?」
「服の中に入れておいたら良いんじゃないかな。どう、グロリアちゃん」
『ふふっ、嬉しそうだな、グロリア』
リーディッドさんが用意していたらしい紐を通し、私の首にかけてくれた。
ただガンさんの言う通り、戦う時に邪魔になるかもしれない。
いや、邪魔というよりも、壊してしまいそうで怖いと思う。
なんて考えていたら、キャスさんが服の中に入れてくれた。
確かにこれなら少しぐらい動いても大丈夫そう。
ガライドの言う通り色んな事が嬉しくて、お腹辺りにある『財布』を握って笑みが漏れる。
「じゃ、今日は帰りますかね。リズが今か今かと待ってそうですし」
「おう、じゃーなー」
「またね、グロリアちゃん」
ただリーディッドさんの言葉で正気に戻り、ちょっと緊張が戻って来た。
そうだ、領主館に帰らないといけないんだった。そしてリズさんに会うんだ。
思わず財布を握りながら、うーんと重い気分に小さく唸る。
「ふふっ、本当にリズの事が苦手ですねぇ」
「苦手、なんで、しょうか」
「誰がどう見てもそう見えますよ。まあ悪い人ではないので、ゆっくり慣れて下さい」
「はい。わかり、ました」
領主館に着くと、門の前でリズさんが待っていた。
思わず背筋を伸ばしながら、クスクスと笑うリーディッドさんと一緒に近付く。
「お帰りなさいませ、お嬢様方」
「ただいまリズ」
「た、だい、ま、です」
ただいま、で良いのだろうか。少し自信が無くて声が小さくなってしまった。
「ええ、グロリアお嬢様。お帰りなさい」
「・・・はい」
けれどリズさんは私の顔を見て、優しく笑ってそう言ってくれた。
それが何だか嬉しくて、彼女に対する緊張が少し和らいだ気がする。
「お風呂の用意はどういたしますか」
「あー、じゃあ、お願いしましょうか、グロリアさん」
「はい、わかり、ました」
「では、すぐに」
リズさんは小さく頭を下げると、お屋敷の方へと歩いて行った。
動きはゆったり見えるのに、結構早い様にも見える。
「グロリアさん、汗を流す前に、一つ訓練をしましょうか」
「訓練、です、か?」
「ええ、グロリアさんの今後を考え、必要な事かなと」
「今後、必要。わかり、ました」
「では、そうですね・・・あちらに行きましょうか」
彼女の言葉に頷き、庭の広い方へと足を進める。
訓練。一体何をするんだろう。私に必要な事って何だろう。
それが出来れば、主人を倒す事も出来るんだろうか。
「・・・それなら、絶対、覚え、なきゃ」
ぐっとこぶしを握り、覚悟を決めて訓練に臨む。
絶対に、生き残る為に・・・!
『・・・多分グロリアが想定している訓練とは違うと思うが、言った方が良いか、言わない方が良いかは悩むところだな・・・・がっかりしないと良いが』
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