第26話、情報共有

『グロリア、あくまで現状で判断出来る材料から、一番可能性の高い事柄を上げたに過ぎない。私達が知らぬ要因が有る可能性も無い訳ではない。確定ではない以上気にし過ぎるな』


 ガライドは何時になく早口で、驚きで目を見開く私に続けた。

 けれどそれは幾ら私であっても、慰める為の言い訳にしか聞こえない。


 私がこっちに向かって移動していたのは確かだ。

 それは単純に、何処に移動すれば良いか解らなかっただけ。

 だからただひたすらに同じ方向に進んで、そして偶々三人に会った。


 つまり私の向かった方向に、魔獣も逃げ出していたのかもしれない。

 ならガライドの言う通り、沢山の魔獣がここに現れておかしくないんだ。

 もしかして、三人と会った時の魔獣も、私が原因で襲われてたんじゃないんだろうか。


「・・・でも」

『リーディッドとてその可能性に至っている。だが口にしないのは、グロリアとの関係の悪化を望んでいないからだ。彼女の為と思って、事実だけを理解し、黙っておいた方が良い』

「・・・わかり、ました」

『納得してくれて何よりだ』


 納得は、正直に言うと余り出来ていない。でもリーディッドさんの事を出されると弱い。

 私にはガライドが言った事が本当か解らないから余計にだ。

 気まずさでガライドごと膝を抱え、丸くなって顔をうずめてしまう。


「グロリアさん、顔を上げて下さい。基本的に暇とはいえ、一応仕事中ですよ」

「は、はい、ご、ごめん、なさい」


 リーディッドさんに注意され、慌てて顔を上げる。

 目の前には相変わらず森が有り、特に何かが出てくる気配はない。

 けれど今は傭兵のお仕事中で、私はそれを忘れてしまっていた。

 わたし、なにやってるんだろう。


「いーんじゃねーのー。ほとんど出て来ねーんだしさぁー」

「そうそう、のんびり行こうよのんびりー」


 その声で横を見ると、寝転がっているガンさんとキャスさんが居た。

 驚いて思わずリーディッドさんに顔を向けると、彼女は半眼で呆れた表情に見える。


「だから嫌いなんですよ、この仕事。この二人何時もこうですから」

「んな事言ったってよ、暇なのは本当だろ?」

「そうそう。私たち担当の時に時季外れの魔獣が出て来たのって、今までで一回だけだよー?」

「一回出てきた以上、また出てくる可能性はあるでしょう。全くこの二人は・・・」

『ガンは常識が有るのか無いのか解らんな。キャスには期待していないが』


 キャ、キャスさんは、良い人、だよ?


『ふむ、そして二度目の遭遇になりそうだな。グロリア、見てみろ』


 目の前に『まっぷ』が現れ、赤い点が近付いて来るのが解る。

 数は一つ。光の大きさはそんなに大きくない。

 多分森で散々倒した魔獣と、さほど変わらない程度の魔獣だと思う。


 私の今の仕事は、森から出て来る魔獣を狩る事。

 餌としてここに居て、街に経して魔獣を通さない事。

 出てきたら、戦って、倒す、事。


「いき、ます・・・!」


 魔獣の鼻先が草むらから見えた瞬間、地面を蹴った。

 一足で目の前まで移動して、踏み留まりながら思い切り下に殴りつける。

 頭は完全に吹き飛び、胴体も衝撃で撥ね飛んでいく。


 ただ何度もやっている事なので、追いかけるのはもう慣れた。

 跳ねる胴体をすぐに捕まえてかぶりつ・・・こうとして留まる。

 そういえば、食べて良いのかな。

 倒すまでは許可を貰ったけど、食べて良いかを聞いていない。


「・・・今は、傭兵の、仕事中。だから・・・うん、持って、行こう」


 魔獣を抱えて壁を見ると、リーディッドさんが土を払っていた。

 踏み込んだ際に地面がはねて、かけてしまったらしい。

 キャスさんは土を食べてしまったのか、気持ち悪そうに舌を出している。

 ガンさんもそうなのか、しきりに唾を吐いている。


「・・・ガ、ガライド、ど、どう、しましょう」

『今更この程度で怒る三人では無かろう。取り敢えず戻るとしよう』

「・・・わ、わかり、ました」


 本当に怒られないんだろうか。不安になりながら足を進める。

 主人相手にこんな気持ちになった事は無い。怒られる事はただ嫌なだけだ。

 けれど三人に怒られるかと思うと、胸に苦しい物が生まれる。


「うへぇー・・・あ、グロリアちゃん、おかえりー。やっぱり強いねぇ」

「ぺっ、ぺっ。まだ口の中に土が残ってる気がする・・・つうか少し飲んじまった・・・」

「寝転がってた罰ですよ。まったくもう、グロリアさんを見習いなさい」

『ほらな、言っただろう?』


 三人とも私を怒るどころか、リーディッドさんは褒めてくれた。

 そういえばさっき、寝転がってる二人を叱っていたっけ。

 ただ彼女は二人を叱ると、私に少し鋭い視線を向けた。


「ただし、グロリアさんにも一つ注意が有ります」

「は、はい、なんで、しょう、か」

「貴女、魔獣が顔を出す前から、接近に気が付いていましたね?」

「は、はい、気が付いて、ました」

『鋭いな。よく見ている。反応出来なかった二人とは大違いだな』


 注意と言われ、思わず背筋を伸ばし、怯えた気分で彼女を見上げる。

 彼女が怖い訳じゃない。けれどなぜか怖い。

 そんな私とはまるで違い、ガライドは感心した様に呟いた。


「グロリアさん、先程の反応と判断はとても素晴らしいと思います。ですが貴女は一つだけミスをしました。それは気が付いている事を私達に伝えなかった事です。今私達は一緒に仕事をしています。仕事仲間です。ならば魔獣に向かう前に、魔獣の接近を伝えるべきだった」

「・・・はい、すみま、せん」


 接近を伝える。そうなのか。一緒に仕事をするのは、そういう事が必要なんだ。

 今までそんな事してなかったから、全く解ってなかった。

 最初にされた指示通り、ただそれだけをやれば良いと思っていた。


「勿論貴女が一方的に悪い訳ではありません。貴女の知識の無さを考え、事前に注意しておかなかった私達にも落ち度があります。そして寝転がっていた二人は論外です」

「私達に飛び火した!」

「でもなんも反論出来ねぇ・・・」

「勿論私達が未熟者、という点も落ち度です。私達は貴女程勘がよくなければ強くもない。戦場では基本的に足手纏いです。けれど情報を頂ければ、何かしらの力になれるかもしれない。貴女は一人でも強い。けれど周りを見る能力は、きっと役に立つ。その事を覚えておいて下さい」

「・・・わかり、ました」


 足手纏い、なんて思わない。思った事は無い。

 けれど彼女の言う様な、周りを見ながら戦うなんて事もしてきてない。

 出来るだろうか。ただ一人で目の前の敵と戦っていただけの私に。


『すまないグロリア。これは私も迂闊だった。次は気を付ける』


 ガライドが私に謝る。謝る必要なんて何も無いのに。

 やってしまったのは私だ。叱られているのは私だ。


『私は悪くないと思っていそうだが、これは私への課題でもある。否定はしないでくれ』


 けれどそう言われてしまっては、もう何も言えない。

 ガライドがそう言うのであれば、私は頷くしか出来ない。


「話は以上です。取り敢えず・・・キャス、魔獣発見と、討伐の報告をお願いします」

「はいはーい」

「ガンは周辺の警戒を」

「へーい」

「グロリアさんは・・・ああ、グローブが破けていますね。あの衝撃であれば当然でしょうか。ふむ・・・そういえばグロリアさんは、手加減をして戦った事はありますか?」

「手加減、ですか? 多分、無いと、思います」


 確か手加減とは大怪我をさせない為の物のはず。その意味であれば私は一度もした事が無い。

 人間と戦った時も、魔獣と戦った時も、基本思い切り殴っていた。

 この手足を手に入れてからの力加減は、手加減というよりもただ力を入れていないだけ。


「成程・・・屋敷に戻ったら、最初の課題はそこにしてみましょうか」

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