第22話、食らう意味

『古代魔道具か。私達の様な端末をそう呼び、保管されていた所を遺跡と。かつての最新鋭兵器が今や古代の遺物か。だが今の世界ではその遺物を超える物は存在していない、という事なのだろうな。これは良い事を聞いた』


 ガライドがクックックと笑っている。なんだかとっても楽しそう。

 古代・・・って何なんだろう。普通の魔道具とどう違うのかな。

 良く解らないけど凄い物なんだろうか。


「グロリア。よく聞いて欲しい。君がどこまで理解しているのかは解らないが、その魔道具はとても貴重で、そして扱える君も貴重な存在だ。きっと様々な人間が君を欲しがるだろう」

『だろうな。話を聞けば予想が付く』


 私を欲しがる。そんな人が本当に居るんだろうか。

 今まで死んでほしい、とまで願われていた私を。

 化け物と言われ、闘技場でも死を願われた私を一体誰が。


「ただ君は子供だ。まだ小さな子供だ。大人達の思惑に踊らされ、望まぬ結果になる事も大いにあり得るだろう。故に私は君に提案をしたい。我が家の食客にならないか」

『ふむ、利点は確かにあるが・・・』


 しょっきゃくって何だろう。どういう物なのかが解らない。

 ガライドも反応が鈍いし、頷かない方が良いのかな。


「勿論これは君だけに利点の有る事ではない。君がこの領地内に留まってくれるのであれば、私は君に助けを求められる。今回の様に魔獣が多く出現した時、君に戦う事を願うだろう」

『・・・それは、多分、グロリアには何の苦も無いだろうな』


 無いと思う。だって魔獣を倒すのは何時もの事。

 魔獣を倒して、勝って、食べる。頼まれなくても私はやる。

 生きる為にはそうしないといけないし、そうして生きて行くと決めた。


「私であれば、君の意思を無視して利用する様な事はない。勿論出会ったばかりの私なぞ信用は出来ないだろう。だが、彼女達の監視が有ると言えば、少しは安心出来ないだろうか」

『成程。それは確かに安心だ』


 領主さんはちらりと視線を変え、女の人達に目を向けた。

 私も釣られて目を向けると、皆優しい笑顔を向けてくれている。

 あの人達が一緒、という事だろうか。それは嬉しいかもしれない。


「それに申し訳ないが、私は君と魔道具の事を国へ報告する義務がある。どうあがいてもこれは避けられない。たとえ彼女達に脅されようともだ。もしこの事を黙っていた後の方が、領民にとって不利益になりかねない。故に君を無所属ではなく、私の身内だと報告したいんだ」

『成程な。私達の存在はすぐに国の中枢に知れ渡るという事か。となれば取り合いが始まるのも考えられる。確かに面倒を避けたいのであれば、提案に頷くが良いが・・・』


 まだガライドは悩んでいる様だ。私は話が難しくて最早何も解らない。

 取り敢えずもうガライドの判断待ちにしよう。私が考えるだけ無駄な気がする。


「ないとは思う・・・いや、思いたいが、勘違いをしたバカも世の中には居る。古代魔道具の力を侮り君を攫おうとする者、君から魔道具を奪おうとする者、君を殺そうと画策する者と。古代魔道具は誰もが使える訳ではないのに、それさえあればと思う馬鹿が居るんだ」

『・・・成程馬鹿だな。私を扱える者などそうおるまい』

「もしそんな事態になった時、君は泣き寝入りをするか、下手をすれば嵌められて犯罪者だ。私はそんな結果を望まない。勿論私にも限界が有るので、期待され過ぎても困るが」

『・・・こいつ、大丈夫か。流石に正直過ぎないか』


 何で心配してるんだろう。正直なのは助かると思うんだけど。

 嘘をつかれても私には見破る事が出来ない。

 ガライドはどうか解らないけど、私はその方が困らなくて良いと思う。


「それに私も君が心配なんだ。君の身の上を聞いてしまうと同情も有る。勿論私の立場から来る打算もある。私は君を利用する気だし、そこを誤魔化す気は無い。だがけして君の意思を無視しない事は誓おう」

『・・・本心は計りかねるが、やはり頷くが得策か。よし、受けようグロリア』

「・・・わかり、ました」


 ガライドが納得したらしいので、領主さんに頷いて応える。

 すると何故か彼はホッとした様子を見せ、周囲から歓声が上がった。

 思わずビクッとしていると、キャスさんがダダッと走って抱き付いてきた。


「よかったー! ずっと眉を寄せて黙り込んでるから、断る気なのかと思ったよぉー!」

『ふふ、良かったなグロリア。皆歓迎してくれている様だぞ』


 キャスさんとガライドの言葉に、ふと周囲を見回す。

 皆が私を見ている。優しい目で優しい言葉をかけてくれている。

 これから宜しくと・・・言ってくれている。

 その光景を呆然と見ていたら、ガンさんとリーディッドさんがやって来た。


「グロリア、これから宜しくな。歓迎するぜ」

「胡散臭い事この上ない領主ですが、仕事はしますので安心して下さいね」


 ガンさんは私の頭を優しく撫で、リーディッドさんも何時もの笑みでそう言った。

 そこでやっと、何だか実感が出て来た。ここに居て良いんだという、実感が。

 私は此処を居場所にして良いんだ。闘技場でも、暗い部屋でもなく、ここを。


「よろしく、お願い、します」


 自然と、言葉が出た。口の端が上がっているのが解る。

 胸がポカポカする。本当に、ここに来てから、幸せでいっぱいだ。

 ガライドはきっと全部解ってて、だから受けろと言ってくれたんだろう。

 やっぱり私には彼が必要だ。彼が居ないと困る。


『取り敢えずは、その顔が見れたので良しとしておくか』


 その後フランさん達に揉みくちゃにされていると、ガライドは満足そうに呟いていた。

 ただすぐに何時もの表情に戻ってしまったせいか、少し残念そうだったけど。

 笑顔って難しい。キャスさんに「えがおー」と頬を引っ張られたけど元に戻ってしまうし。


「所で嬢ちゃん。嬢ちゃんは何か要望とか無いのか?」

「要望、ですか?」


 自分で頬をぐにぐにしていると、ギルマスさんがそんな事を聞いてきた。

 と言われても私には特に望みはない。人にして欲しい事は何もない。

 勿論食事を貰えるのは嬉しいけど、私から下さいという気は無い。あえて言うなら――――。


「魔獣と、闘いたい、です」


 私はもっと、もっともっと食べないといけない。

 今は美味しい食事で心が満足している。

 けれどこれで食べるのを止めれば、また力が足りなくなる。


 ガライドは言っていた。あの紅い状態になるにはもっと食べないといけないと。

 ならもっと食べないと。魔獣を食べないと。戦って勝たないと。

 今度こそ、絶対に、負けない様に。


「勝って、食べ、ます」


 ギッっと、拳を握り込む。もう自分の腕ではない拳を。

 何となく自分でも気が付いている。何故こんなにも必死なのか。

 勿論生きる為は当然だ。私は生きる為に戦って食らう。


 けれど違う。違うんだ。どうしても頭から離れない事がある。

 私は覚えているからだ。あの剣閃を。あの煌めきを。あの強さを。


 何も出来なかった。何も見えなかった。殆ど抵抗出来なかった。

 けれどあの赤い光が有れば、あの剣閃相手でも戦える。

 もう一度あの強さの人と出会ったとき、今度こそ自力で生き残る事が出来る。

 確信はない。けれど何もしないよりは良い。


「私は、生きます。その為に戦って、勝って、食らい、ます」


 だからもっと食らう。もっともっと食らう。

 限界まで、何処までも食らう。そうする事で戦えるなら。


「魔獣と、戦わせて、くだ、さい・・・!」


 食って食って、それでもまだ食らおう。

 私は『暴食のグロリア』なのだから。

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